26. 邪教徒の館
気がつけば、そこは黒いローブを身に纏った人物たちが集う部屋の中だった。何を言っているのか自分でもさっぱりわからないが、事実そうなのだから仕方がない。
状況はよくわからないが、ちょっとヤバい雰囲気だ。目の前のヤツらはどう見てもまともじゃない。ローブだけならともかく、意味ありげな模様が描かれた目出し帽を被っているところが怪しいことこの上なかった。絶対、ろくなことをやっていない。
部屋は少し広めの会議室といったサイズだ。その中に30人くらい怪しげな目出し帽集団がひしめいている。まだ気づかれていないのは、ヤツらが項垂れるような形で頭を少しさげているからだ。まるで祈るように。
ついでに言えば、ヤツらは呪文のようなものを呟いている。祈りの言葉だろうか。
だとしたらきっと邪神だな。少なくともプレイヤーにとって敵対的な何かだ。何も無根拠にいっているわけではない。ヤツらの頭上には敵対的な存在を示す赤いアイコンが浮かんでいる。
「何でこうなったんだ?」
俺とリリィは直前まで森にいたはずだ。死霊騎士とか言う強敵をようやく倒したかと思えば、この状況である。全く意味がわからない。
「さっきのはイベントボスだったのです。たぶん、イベント処理中に転移処理が挟まってたと思うのです」
「おおう……そんなところに罠が」
体質的にうまく転移できない俺にとって、強制転移は罠と同義だ。特に、イベント中の転移は不意打ちでくることも多く、心の準備さえさせてもらえない。困ったものである。
幸いなことに、祈りに夢中でヤツらは俺たちの存在に気づいていない。今のうちにそっと抜け出そうかと思ったところで、そのうちの一人が頭を上げた。
「は?」
ばっちりと目が合い、ソイツは間の抜けた声を上げた。大きな声ではなかったが、周囲の耳に届くには十分だったらしい。他のヤツらも次々と頭を上げる。
「な、何だ!? 貴様らどこから現れた!」
「祭壇を踏みつけるとは、なんと不届きな!」
「死の神の災いあれ!」
祭壇やら死の神やら、不穏な言葉が耳に入る。やっぱり邪教徒じゃないか。
「死の神……? もしかして、ヴィーゲル召喚儀式の現場なのです!?」
騒ぐ邪教徒たちに対抗してというわけでもないだろうが、リリィが叫ぶ。どうやら、この集団が何者か知っているらしい。ヴィーゲルってのが邪神の名前か。きっと、何かのイベントなのだろうな。
だが、このまま進めていいものか。俺たちは正規の方法でここに来たわけではない。である以上、何か重要な手順をすっとばしている可能性がある。その結果、他のイベントの進行に影響がないとは言えない。なるべく穏便に済ませたいところだ。
襲いかかってくる邪教徒を殴りつけながらリリィに問う。
「元の場所へ戻せないのか」
「戦いが始まったら無理なのです!」
そんなものか。厄介な制約があるんだな。いつでも戦闘から逃げ出せるなら、悪用できそうだから仕方がないか。俺はあくまでも不具合からの復帰のために使っているだけだから、悪用する気はないが。
「というか、コイツら倒してしまって良いのか?」
別に戦闘のプロってわけでもないらしく、正直言って大して強くない。邪教を崇めている一般人……というのもおかしいが、ただの平信者のようだ。さっきの死霊騎士に比べれば雑魚も同然だった。
倒すのは簡単だ。とはいえ、不具合が起きては困る。影国とやらでは、うっかりイベントボスっぽいヤツの武器を壊してしまったが、あれだって本意ではなかった。できれば、ゲームは正しい手順で楽しみたい。
「問題ないのです! むしろ、今のうちに壊滅させておいた方がいいのです!」
「そうなのか?」
「そうなのです! ヴィーゲルは魂を吸うのですよ。吸われたら死んじゃうのです。召喚されたら大変なのです!」
意外なことにリリィは積極的にイベントを進めろと言ってきた。基本的に、こういうときには俺の判断をゆだねることが多いんだが。
魂を吸う死の神か。そう言えば、リリィは影人の王の持っていた捧魂の剣についても極端に恐れていた。魂関連のイベントには何かあるのか? キャラメイクのときにリリィの言っていた“デスゲーム”という言葉が頭をよぎるが……いやまさかな。
ま、リリィが壊滅させた方がいいと言うくらいだし、イベント進行に問題はないのだろう。そういうことなら遠慮は必要ないな。
「おらぁ!」
アーツ〈剛炎撃〉を発動させ、ラリアットで近づいてきた邪教徒をぶちのめす。転んだところをかかとで踏み抜くと、そいつは煙になって消えた。完全にモンスターと同じ扱いだ。
「もういっちょ!」
ナイフのようなものを振り上げ襲ってきた邪教徒には、距離を詰めて顎に強打をお見舞いする。
武器の扱いがなっちゃいないな。これなら脅威でも何でもない。それ以前に動きが緩慢すぎる。
「ほら、次はどいつだ。かかってこい!」
「ひぃ!」
手近なところを片付けて、次に向かおうとすると、何故か怯えられてしまった。なんて根性のない邪教徒なんだ。これじゃ、どっちが悪人かわからないじゃないか。
まあ、アイコンが赤い以上、アイツらが敵対勢力なのは間違いないのだ。遠慮なく次々と薙ぎ倒していく。強敵と戦うのはまた別の爽快感があるな。
「……これで終わりか?」
大勢の邪教徒たちはあっけなく消えてしまった。死の神がどうとか言っていたわりにずいぶんあっけない。
「ヴィーゲルが出なければこんなものなのです。それより、封印石を探すのです。たしか黒い色ころだったはずですよ」
「封印石なぁ。まあ、大体当たりはつくけどな」
封印石というからには、きっと死の神を封じた石だろう。つまり、邪教徒たちにとって祈りを捧げる対象だ。ならば祭壇の上にあるはず。薄暗いのでわかりにくかったが、睨んだとおり、それらしき黒い石が見つけた。
「そうそう、これなのです。じゃあ、ダーリンひと思いにスパンと必殺技を使うのです!」
「いや、ただのチョップだからな」
爺さん直伝ではあるが、秘技なんてのはただの冗談だ。捧魂の剣が砕けたのもたまたまに決まっている。
ま、それはともかく。
「封印石って、要は邪神を封じ込めてる石だろ? 攻撃しても大丈夫なのか?」
「ダーリンのアレならきっと大丈夫なのです!」
全く根拠の提示がないが、リリィは何故か結果を確信しているようだ。説得する気があるならもうちょっと詳しく説明して欲しいものだが……まあ、根拠なんてないだろうな。たぶん。
「まあいいか」
邪神が復活したとしても、そういうイベントなのだと思えば問題はない気がする。リリィがそういうのであれば試してみよう。
「いくぞ!」
祭壇の他には何もない部屋だ。長々と居座っても仕方がない。さっさとイベントを終わらせようと、45度斜め上からチョップを放つ。パァンとやけに大きな音が響いたがそれだけだ。封印石とやらには何の変化もなかった。
「特に何も起こら――」
言いかけたところで、パキリと音が鳴った。見れば、真っ黒の石がガラス細工のように粉々に砕けてしまっている。ここで黒い煙でも出てくるなら警戒もするのだが、石が砕けた以外には何の変化もない。個人的な所感を述べるとすれば、ただ壊れているだけに見える。
いやいやいや。それでいいのか、封印石! 何か重要なアイテムじゃないのか? それがチョップ一発で壊れるなんて。故郷のお母さん……じゃなくて、アイテムデザインしたスタッフが泣いてるぞ。もっと頑張れよ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます