25. 巻き込まれたプレイヤー

「げぇ、なんでコイツが!? 廃墟から出られるのかよ!」


 黒マントに黒眼帯の男が喚き散らす。そんな格好で名前は[抹茶プリン]だ。何でそんな名前にしたのか。


 ちなみに、ついさっき知り合ったばかりだ。と言っても親しくなったわけでもない。むしろ非友好的と言っていいだろう。何せ、開口一番の台詞が“このチート野郎が!”だったからな。


 抹茶プリンが喚く原因となったのは禍々しいオーラを纏った騎士のモンスター。名前の表示では[死霊騎士ローバル]となっている。ソイツが、突然、森の奥から現れたのだ。


「廃墟?」

「知らねえのかよ? このエリアの西の端に廃墟があんだよ! そこだけモンスターが妙に強いんだ!」


 俺たちがいるのは、オリジス北の森。グレートコッコとの激闘があった場所だ。今日はウェルンもユーリも用事があるというので、リリィと二人でここのエリアボスにでも挑んでみようかと訪れたのだが……変なことに巻き込まれてしまった。


――オオオオォォォ!


 死霊騎士が駆ける。全身鎧を纏っているというのに、金属音のひとつも聞こえない。滑るように近づいてくる。ビュンと大型の両手剣が何もない空間を裂いた。そこは、一瞬前まで俺がいた場所。バックステップで大きく飛び退いたが、少しでも遅れていたら真っ二つだったに違いない。重装備とは思えない素早さだ。


「あれを避けるのかよ!」


 抹茶プリンが仰け反るようにして大袈裟に驚く。それを視界の隅で捉えつつも、死霊騎士からは目を離さない。いや、離せない。


――アアアァァァ!


 まるで怨嗟の叫びだ。死霊騎士が声を発したかと思えば、ヤツの体から闇の塊が生まれた。それは弧を描くような軌道で俺へと迫る。


 完全には避けきれず、闇が体を掠めた。それだけでライフが二割ほど削られたようだ。


「ダーリン!」

「大丈夫だ! 下がってろ!」


 駆け寄ろうとするリリィを止める。コイツはかなりの強敵だ。プレイヤーよりも弱めに設定されているリリィのステータスで太刀打ちするのは難しい。


「弱点はないのか?」

「勝つ気なのかよ! コイツ、エリアボスなんかより全然強いんだぞ!」


 リリィに聞いたつもりだったが、答えたのは抹茶プリンだった。いや、答えにもなってないが。


 どうやらヤツは勝つことを諦めているらしい。道理でさっきから喚くばかりで戦おうともしないわけだ。それなら逃げればいいと思うんだが。


「逃げてもいいんだぞ?」

「に、逃げねえよ! お前のチートを見極めてやるんだからな!」


 上擦った声で叫ぶ抹茶プリン。動揺のせいか、やけに声が甲高い。


 そこまでしてチートを暴きたいものかね。もちろん、俺はチートなんてやってないが。


――オオォォォ!


 両手剣の横薙ぎを躱す。勢いのまま、死霊騎士の体が左方へと僅かに流れた。


「らっ!」

 

 ならばと逆側から死霊騎士に迫る。その側面に拳をぶつけた。ガツンと重たい衝撃が拳から伝わってくる。亡霊のようなヤツだが、殴れはするらしいが……。


「これ、ダメージ入ってるのか?」


 死霊騎士から少し距離をとり、呟く。


 モンスターのHP残量は、ゲージとして表示される。手応えはあったと思うが、そのゲージに変化は見られなかった。


「ほんの少しですけど、ダメージはあるのです!」


 リリィが叫ぶ。どうやら、見た目ではほとんどわからないが、僅かに削れているらしい。コンマ以下の割合ってところか。


 ダメージを与えられるなら勝機はある。それなら逃げるのも癪だな。せっかく遭遇したのだし。


「弱点は?」

「聖なる属性なのです!」


 改めて聞くと、今度こそリリィから答えがあった。問題はその内容だ。困ったことに聖属性の攻撃手段は持っていなかった。倒すとしたら、地道に削っていくしかない。おそらく数百殴っても足りないだろうな。


「っち、仕方がねえな! 使え!」


 抹茶プリンが何かを投げ寄越す。できるだけ死霊騎士からは目は逸らさず、それを受け取った。飛んできたのは見たことのある小瓶だ。聖水らしい。


「助かる!」


 返答しながら、それを自分の右腕に振りかける。何故か抹茶プリンが戸惑うような声を上げた。もしかして、使い方を間違ったか。だが、気にしている余裕はない。


 死霊騎士の剣が頭上から迫る。最低限の動きでそれを避け、〈剛炎撃〉を叩き込む。紅蓮の炎が白い輝きを纏い、騎士を覆う黒い闇が一部とはいえ晴れた。


――アアアァァアア!!


 絶叫が鼓膜を揺らす。アバターの体なのにと思うとおかしくなった。


「お、今度は効いたみたいだな」


 割合としては1パーセントにも満たないかもしれない。削れたHPゲージはほんの少しだけ。大したダメージとは言えないが、それでも目に見える形でHPが削れた。


 1%削れるなら100発殴れば倒せる。もちろん、向こうの攻撃さえ食らわなければの話だが。


 油断はできない。僅かなチャンスを逃さず、確実に攻撃を当てていく。


「マ、マジで? マジで倒しちゃうの? やっぱりチート? でも、そんな素振りは……」


 背後からやけに甲高い声が聞こえる。リリィではないので、抹茶プリンか?


 鋭い斬撃と軌道の読みにくい闇の魔法。どちらも直撃を食らえば一気にHPが削られるだろう。だが、それらをどうにか掻い潜り、ひたすらに拳を叩き込む。


 残り二割と言ったところで死霊騎士の攻撃が激しくなった。その分、こちらの攻撃機会は失われる。だが、焦りは禁物だ。無理な攻撃はしない。避けて、避けて、チャンスを待つ。


「ダーリン、がんばるのです!」

「が、がんばれー!!」


 いつの間にか、リリィだけでなく抹茶プリンまでが声援を送ってくる。いったい、どういう心変わりだ? まあ、チート云々と因縁をつけられるよりはマシだが。


 二人の応援を受けながら激闘を続け、ついにそのときがやってきた。光を纏った炎の拳が死霊騎士の鎧を叩く。ヤツのHPを削りきった。


「まさか、本当に――」


 驚く抹茶プリンの声が唐突に途切れた。何故なのか。原因は明らかだ。気がつけば、俺は見知らぬ場所に転移していた。


 強制転移かよ!

 これだから、イベントっぽいボスは!



■□■



(まさか本当に勝っちゃうなんて……)


 そのプレイヤーを見かけたのは偶然だった。トークルームでよく話題にあがる何かと目立つショウという人物。抹茶プリンは彼がチートプレイヤーだと思い込んでいた。彼の周りではありえない発見が立て続けに起こっている。普通ならあり得ないことだ。


 だから、因縁をつけて非難した。そうすることでボロを出すだろうと考えたのだ。だが、それは想像もしない形で裏切られた。本来なら廃墟エリアにしか出現しないフィールドボスの乱入という形で。


 ひょっとしたら、このボスも不正な手段で倒すつもりなのかもしれない。抹茶プリンはそう思った。だが、始まったのはまさしく死闘。ひとつのミスがあれば、終わってしまうというギリギリの戦い。


 そばで見ていればわかる。ショウというキャラクターのレベルはさほどでもない。あれなら抹茶プリンの方が強いだろう。ステータスの上では。


 だが、彼の強さはそんなものでは計れない。身のこなし、格闘センス、気迫。それらはデータでは計れないプレイヤーの強さ。それはおそらくチートでは身につけられないものだ。


 気がつけば、彼を応援していた。激闘の最中、うっかり素の声を出してしまったが、きっと気づかれてはいないはずだ。それはそれで寂しい気もするが。乙女心は複雑である。


 そして、ついにショウは死霊騎士を下したのだ。


 倒されたモンスターは黒い煙となって消える。だが、死霊騎士は消えなかった。漆黒の兜が輝く光となって散っていき、死霊騎士の素顔が露わになる。銀に近い金髪。見目の良い青年騎士が儚げな笑みを浮かべている。


「あなたが僕を解放してくれたんだね」


 青年騎士が澄んだ声で語りかけてきた。そのときになって抹茶プリンは気がつく。騎士の視線が自分に向いていることを。慌てて周囲を見るが、ショウというプレイヤーもリリィというサポートAIの姿もない。


(え? なんで? ええ?)


 混乱している間にも青年騎士の語りは続く。どうやら彼の背景について語っているようだ。かつて邪神を倒した勇者がどうのと聞こえたが、抹茶プリンはそれどころではなかった。これではまるで、自分がボスを撃破したような扱いではないか。


「君にならこれをたくせる」


 青年騎士が何かを差し出してきた。戸惑いつつも受け取ると、青年騎士は僅かに微笑んだ。そして、溶けるように消えていく。光り輝く首飾りだけを残して。


[プレイヤー:抹茶プリンが死霊騎士ローバルを撃破しました]


 ワールドアナウンスが流れる。これはアルカディアで起きた大きな出来事をプレイヤー全体に通知するメッセージだ。つまり、やってもない功績が全プレイヤーに通知されてしまったことになる。


「ちょ、なんで!? 違う、違うんだけど~!!」


 抹茶プリンの叫びが森に響いた。


■□■

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