23. デジタル機器は気まぐれ

「ええと、じゃあ俺はペロリさんを監視して……ええと、見張っておくね」


 さすがのウェルンも不安げだ。失言を訂正しようとして、迷って、結局似たような言葉選びになってしまっている。


 一方で、ユーリは落ち着いている……というか、これは諦めてるのかもな。視線を向けると、少し眉を下げて首を振った。


「ペロリさんの行動を気にしても仕方がないって。それよりも、この間にリリィちゃんのための料理を作ろうよ」

「ま、そうするか」

「わーい、なのです!」


 気を揉んでいても、結果は変わらない。ペロリが料理を作っている間はやることがないので、俺たちはリリィとの約束を果たすことにした。


「料理スキルは持ってるんだっけ?」

「一度も使ってないけどな」

「じゃあレシピは初期のままかな?」

「そうだな」


 基本的に作成可能な料理は所持しているレシピで決まる。料理スキルが低いうちは、素材の組み合わせが正しくても、レシピを知らなければます成功しないらしい。


 レシピはスキルレベルを上げるか、関連する書物を読むなどして増やす。アルカディアの民から教わることもあるそうだが、プレイヤー同士で教え合うことはできない。つまり、ユーリからレシピを聞いたとしても、レシピを習得したことにはならないわけだ。必然的に俺が作れるのは初期レシピの料理のみとなる。


「じゃあ、サンドイッチにするか」

「それが無難だね」

「わくわく、なんです!」


 サンドイッチには[パン]、[野菜]、[肉類]カテゴリーの素材が必要だ。あとはアレンジでプラスアルファといったところ。素材提供はユーリ。パンはユーリが作ったという食パン。野菜はレタスで、肉類はハムだ。


「パンを切るならこれを使って」


 ユーリが手渡してくれたのは、パン切り包丁だ。こんなものまであるのか。


「ちゃんと手作業で切るんだな」

「自動でも作れるよ。でも、品質が落ちるね。よほど不器用でなければ、ちゃんと作った方が良いよ。オート作成するのは、品質に妥協しても数が欲しいときくらいかな」


 ペロリも言っていたが、良い効果を発現させるには品質が重要となる。なので、基本的には手間を掛けて作った方が良いらしい。とはいえ、多少品質が下がっても最低限の回復効果はあるので、自動で作って数で補うなんてことも出来そうだ。


「ま、やってみるか」


 長々喋っていても仕方がないので、早速調理に取りかかる。まずは、パンを切る。これが意外と難しい。変に力を入れると潰れてしまうので、適度に力を抜くのがポイントか。慎重にやれば、それなりに形状を保ったまま切れた。


 あとの作業は簡単だ。二枚のパンの間にレタスとハムを挟み半分に切るだけ。


「調味料とかないんだな」

「追加で入れることもできるよ。そのままでも味はついてるけど」


 その辺りはゲーム的だ。煮込み料理とかも、後々覚える時短アーツを使えばすぐにできるらしい。まあ、現実と同じくらい時間がかかるのではさすがにやっていられないか。


「じゃあ、これで完成だな」

「はい、お疲れ様」


 できあがったアイテムを見ると、確かにサンドイッチとなっている。品質は並。素材が全てノーマルランクでスキルレベルは1だからな。現状だと、ベストに近い出来だろう。


「食べていいのです?」

「ああ、食え食え」

「では、いただきます、なのです! ふひひ……ダーリンの手料理なのです」


 律儀に手を合わせ、不気味な笑い声を上げながらリリィがもしゃもしゃと食べはじめた。少し行儀が悪いが、ニコニコの笑顔を見れば文句を言う気も失せる。


「ふへ……おいしいのです」


 だらしない顔でリリィが呟く。その隣でユーリがニヤリと笑う。まるで獲物を狙う猛禽類のように、素早い動きでサンドイッチの片割れをかすめ取る。


「私もひとつも~らおう」

「ああ! リリィの! リリィのなのです!」

「まあまあ、いいじゃない。ひとつくらい」

「二切れしかないのです! 半分なのです!」


 うーん、出たな。ユーリの傍若無人っぷり。こういうところは子供の頃のままだ。ペロリを同僚って言ってたから仕事はしてるんだろうが、ちゃんとやれてるんだろうか。


「ぐぬぬ……ユーリ、許さないのです!」

「ごめんごめん。代わりに私も何か作ってあげるから。ある程度レシピも集めてるから、ショウよりは色々作れるよ。何がいい?」

「え? ユーリも作ってくれるですか! ええっと、ええっと」


 サンドイッチを奪われて怒りに震えていたリリィだが、代わりに料理を作ってもらえると聞いてあっさりと懐柔された。今はうんうんと唸って、食べたい物を考えている。ユーリがその様子を見てニコニコ微笑んでいた。気持ちはわかる。なんとなく小動物に餌付けしている気分だ。


「そういえば、ショウは結構、手慣れてるね?」


 リリィが長考モードに入ったので、ユーリが話を振ってきた。さっきの料理の話だろうか。

「手慣れてるも何もパンを切っただけだろ。まあ、一応、自炊はしてるぞ」

「へえ、珍しいね。男性の一人暮らしだと、クッキングマシンで自動調理ってイメージだった」


 クッキングマシンは食材さえを用意すれば自動で調理してくれるので便利……らしい。メニューは限られるので、それだけを利用していると飽きが来ると聞くが、忙しいときにだけ利用するなんて使い方もできる。ユーリはああ言っているが、ファミリー向けなんかもあって男女限らず利用されているそうだ。


「アイツらは気まぐれだからな」

「気まぐれって……ああ。ショウだものね」


 何も言わずともユーリは察したらしい。


 そう、俺が使うとクッキングマシンも挙動が怪しくなる。普通ならば同じ設定で作れば同じ味になるはずなのに、何故か味がばらつくのだ。妙に美味いときもあれば、酷い味のときもある。どころか、指定したメニューとは別のものができたりと、全く安定しなかった。完全にカレーを食べる気満々だったのに、やたらと甘いクレープが出てきたとき、俺はマシンをぶち壊しそうになった。材料はカレーだったはずなのに、いったいどうなってんだ。


 そんなわけで俺はクッキングマシンに頼らず、自炊能力が上がったというわけだ。

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