17. 動画の反響?

「あ、ダーリン。お帰りなのです」

「へへ、やっときたね、お兄さん!」


 次の日、アルセイにログインすると、当然の顔をしてリリィとウェルンが挨拶してきた。


 ここはオリジスの宿の一室。昨日ログアウトしたときには部屋の鍵を閉め、ひとりでログアウトしたはずだ。なのに何故……と問うまでもないか。どうせ、リリィがワープ能力で入ったに決まってる。


「ん? 名前は正式にそれにしたのか?」

「うん。もういいかなと思って」


 ウェルンの頭上の名前表示が“元・ショウ”ではなくなっている。正式に改名したようだ。しかも、リリィに頼らず、リネームカードを使ったのだとか。どうもそれすら、ネタにして配信したみたいだ。


 配信ネタといえば、ゾンビ騒動のあと、決闘とやらは一応やった。結果は俺の圧勝。といっても実力差というよりは相性の問題だ。ウェルンは魔術スタイルで、接近戦に弱い。近距離から始まる一対一の決闘モードでは圧倒的に不利だ。ネタにさえなれば、勝敗なんてどうでもよかったのだろう。


 さて、ウェルンだが、ここにいる理由はわからないでもない。実は昨日のうちにパーティを組む約束をしていたのだ。もちろん、一般的な社会人である俺と専業配信者らしきウェルンでは活動時間が異なるので時間が合うときだけだが。


 本来なら、俺は他のプレイヤーとパーティを組む予定はなかった。不本意ながら、俺は謎の不具合に遭遇する確率が高すぎる。まともなプレイヤーを巻き込むのは忍びない。せっかくのゲーム体験が台無しになってしまうからな。


 その点、ウェルンなら気にならない。コイツの場合、ゲームを楽しむことより、配信を盛り上げることに重きを置いているのは明らかだ。俺の体質によって不可解な現象に遭遇しても、不満を覚えるどころか喜ぶんじゃないだろうか。


 しかも、戦力面についても相性が良い。俺とリリィでは近接物理攻撃に特化しすぎている。だが、ウェルンと組めば、魔法と遠隔攻撃をカバーできるわけだ。


 そんなわけで俺たちはパーティを組むことになった。ログイン時間は予め伝えておいたので、ここで待っていること自体は不思議ではないが……さすがに暇すぎないか?



「パーティを組むからって、わざわざ待ってたのか?」

「ふっふっふ……!」

「ウェルンはリリィが育てたのです! ダーリンにはその成果を披露するです!」

「はぁ?」


 突然、笑い出すウェルンと、腕組みして胸を反らすリリィ。何かと思えばウェルンの配信動画の話らしい。


 俺がログアウトしたあと、リリィとウェルンで動画の編集方針で打ち合わせをしたんだとか。タイトルの付け方なんかで初動の再生数がかなり違うそうだ。適当に聞き流したので詳しくは知らないが。


「それでさあ、昨日の動画、再生数が凄いんだよ!」


 ウェルンがテンション高めで燥いでいるので相当良い結果だったのだろう。渋々ながら茶番に付き合った甲斐もあったというものだ。ほらと見せられた動画は、ショウという名前を巡る決闘ではなくて、墓地で巻き込まれたホラーパニック映像だったが。


「再生数5000回か。そんなに凄い回数か?」


 俺だって動画を見たことくらいある。本当だ。調子が良いときにはちゃんと最後まで見ることができる。


 その経験から言えば、ほとんどの動画が数万もしくは数十万回は再生されていた。再生数5000という数字が興奮するほどのものとも思えず首を捻る。


「何を言ってるんだよ! 投稿してからまだ一日も経ってないんだからね!」

「お、おう。そうか。すまん」

「最初はそんなものなのですよ。むしろ登録者数一桁だったのに、かなり善戦してるのです。きっとまだまだ伸びるのですよ」


 俺の態度が微妙なのを見てか、リリィからフォローが入った。


 なるほどそういうものか。確かに、俺が見た動画は、すでに大量のファンがついたような有名配信者の動画だ。それと比べるのも酷だろう。まあ、順調ならば何よりだ。


「それでさ。動画を見たプレイヤーからコンタクトがあったんだよね」

「お、なんだ? 自慢か」

「違うよ! 俺じゃなくて、お兄さんと連絡を取りたいって」

「俺?」

「そう。知り合いだって言ってたよ。ユーリってプレイヤー」


 その名前には覚えがあった。プレイ開始直後に噴水広場で偶然出会ったプレイヤーだ。かつての友人と同じ名前なので印象に残っている。


「あ、ああ。そういえば話があるって言ってたか……」


 ヤバい初期装備のことを問い詰められるかと思って逃げたんだった。まさか、アレについて何か物申したいってことか? 意外としつこいなぁ。


「どうする? 会うつもりがあるなら連絡するけど」

「そうだな……まあ会ってみるか」


 正直に言えば、会いたくない。だが、あまり袖にしていると、あの装備のことを吹聴されるリスクもある。どんな用件なのかきっちりと確認しておく方がいいだろう。


 折良く向こうもログイン中で、ウェルンが連絡をとるとすぐに返事が来たらしい。今から会おうという話になった。


「相手は女性プレイヤーなのです? むむぅ……リリィも行くのです。ちゃんと見極めてやるのです!」

「噴水広場……は人が多いから、別の場所がいいかな。仲介役として俺も行くからね」


 というわけで、全員で向かう。集合場所はウェルンが提案したカフェだ。アルセイではプレイヤーでも店を出せるが、それにはかなりの資金が必要になる。サービス開始三日目でそこまで貯めたプレイヤーはいないらしい。だから、そのカフェもアルカディアの民が経営する店だ。

 

 目的の店は大通りから外れた少し奥まった場所にあった。出入りするのはほとんどアルカディアの民のようだ。ここなら、人の目を気にしなくていいな。


「あ、こっちです!」


 店内に入ると、見覚えのある女性が手を振り、俺たちに声を掛けてきた。ユーリというプレイヤーだ。短期間に結構やりこんでいるのか、初期装備はすでに脱している。格好からして剣士スタイルみたいだな。


「ユーリさんも久しぶりですね」

「はい、その……久しぶり」


 再会の挨拶をし、リリィやウェルンを紹介したのだが……ユーリさんの様子は少しおかしかった。先日の快活さはなりを潜めている。人見知りという風でもない。何というか、俺の様子を窺っているように思えた。


「あの……どうかしました?」


 尋ねると、ユーリさんは意を決した様子で口を開く。


「ウェルンさんの動画、見たよ。チートだと疑ってるわけじゃないんだけど……やっぱりあれって普通じゃないよね? あなた、ショウなんでしょ!」

「は、はあ。そうですけど」


 一体何を言っているんだ。名前ならすでに知っているだろうに。


「そうじゃなくって。ほら、私だよ! 私! ユーリだよ」

「ええ」


 それは知っている。何せ、今も頭上に表示されているからな。改めて自己紹介という感じでもないし、意図がわからない。


 戸惑っていると、だんだんイライラしてきたのかユーリが大きな声を上げた。


「だから、ユーリだよ! 一緒にアルサーやったでしょ!」


 アルサーか。たしかにやった。当時友人だった双海悠里と一緒に。


 ……って、もしかして!


「お、お前、ユーリか? あのユーリなのか!」

「そうだよ! 私だよ! やっぱり、ショウだった!」

「ははは、マジか、久しぶりだな」

「そうだよね」


 まさかの再会に驚いていると、リリィとウェルンが揃って首を傾げていた。


「当たり前のことを言い合って驚いているのです。人間って不思議なのです」

「いや、リリィ師匠。俺にも意味がわかってないからね」


 おっと、いかんな。二人を置き去りにしてしまったようだ。

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