15. 新仕様の開発……?

 このまま拒否を続けても無駄に時間を浪費することになりそうだ。それよりは、さっさとすませた方いいかもしれない。動画撮影は面倒だが、どうしても受け入れられないってほどじゃないからな。


「まあ、いいか。決闘とやらに付き合えばいいんだな?」

「え、いいの? やった!」


 ウェルンが無邪気に喜ぶ。腹黒いところはあるが、感情表現が素直なので不思議と悪い印象は抱かないんだよな。得な性格かもしれない。


「リリィのためにありがとうなのです、ダーリン!」

「別にお前のためじゃない。気にするな」


 どちらかと言えば自分の都合だ。だというのにリリィは感極まった様子で抱きついてくる。


「ダーリン! 一生ついていくです!」

「ええい、縋り付いてくるな」

「君たちも面白い関係性だよね。どうやったら、こうなるんだろう? これは配信ネタになりそうな予感!」

「何でも配信しようとするな!」


 リリィはリリィで面倒だが、ウェルンも油断ならない。まあ、リリィがこうなった理由は俺を含めて誰にも説明できないと思うので、ネタにはならないと思うが。


「で、決闘だったな。そういうモードがあるんだったか?」

「決闘モードだね。でも、その前にちょっと待って。ちゃんと前フリを撮りたい」

「前振り?」

「そうそう。決闘前の前口上って言うのかな。そう言うの」


 配信者としてはできるだけ盛り上げたいということだろうか。まあ、付き合うと決めたからにはそれはいいのだが。


「俺はお前に勝つ。そして、名前を取り戻してやる!」

「はははー。お前には無理だー。諦めろー」

「……ねえ、もうちょっとやる気出せない?」

「注文が多いヤツだな!」


 エンターテイナーとしての拘りか、ウェルンの要求が細かい。さすがに付き合いきれないと思ったときに有能さを発揮したのはリリィだった。


「ダーリンの華麗なデビューはリリィがサポートするのです! 細かいところはあとでリリィが編集しておくので、サクサク勧めるのです!」

「おお。さすがサポートAI! 優秀だね!」

「えへん、なのです!」


 ウェルンにおだてられ、リリィがドヤ顔で胸を張る。確かに俺としてはありがたいのだが、普通のサポートAIってそこまでやってくれるものか? やっぱり普通じゃないんだろうな。


「よし、これでOK! じゃあ、次は決闘だ」

「ようやくか――いや、待て。何か匂わないか」


 いよいよ決闘というところで、俺は不快な匂いに気がついた。墓地という場所を考えれば、匂いのもとを想像するのは難しくない。


「ぎゃあ! ゾンビなのです!」


 リリィが叫ぶ。その視線の先にはわらわらとうごめく影があった。ひとつやふたつじゃない。近くの墓全てから這い出てきたのではないかという数だ。


「な、なんで? ここまでは来ないはずなのに! み、みなさん、俺は今、墓地にいます! 不思議な現象に遭遇しています!」


 本来とは異なる挙動なのか、ウェルンが驚いている。そう言いつつも配信を始めるのはさすがの配信者魂だ。


 だが、まともに戦おうなんて考えない方がいい。俺とリリィは格闘スタイルだ。ゾンビと戦うには最も適していない戦闘スタイルに違いない。腐肉を殴り飛ばすなんて冗談じゃないぞ。


 ウェルンは魔法で遠距離から攻撃できるが、それも敵を引きつける前衛がいてこそだ。いくらゾンビが鈍いと言っても、あの数なら殲滅する前に距離を詰められてしまうだろう。


「おい、馬鹿、逃げるぞ!」

「ダメなのです。何故かイベント戦扱いなのです!」


 唯一の選択肢だったはずの逃亡は、リリィに否定されてしまった。イベント戦の仕様はよくわからんが、とにかく逃げられないらしい。


「なんでこうなった!」

「理由はわからないのです。でも、たぶんダーリンの特異体質――……」


 おっと、リリィ、その先はいけない。空気を読むんだ。お前は高度なAIのはずだろう? やればできる!


「あっ!? リ、リリィにはさっぱりなのです! 皆目見当もつかないのです!」


 無言の圧を感じ取ったのか、リリィがはっと何かに気がついた素振りを見せたあと、意見を翻した。よし、ナイスだ。


「おい、ウェルン。お前の魔法で焼き払えるか?」

「あの数を? 全部は無理だよ!」

「待つのです! 様子がおかしいのです!」

「何が……って、なんだあれ!? 融合している?」


 ゆらゆらと体を揺らし歩くゾンビたち。その体が時折、別のゾンビへとぶつかる。その瞬間、二体のゾンビが溶けるように混ざり合い、一回り大きなゾンビへと生まれ変わった。


「う、嘘!? ゾンビって合体するの?」

「知らないのです、リリィは知らないのです! 絶対、ダーリンのせいなのです!」

「あ、お前、それは言わない約束だろ!」

「ちょっと、漫才やってる場合じゃないって!」


 気がつけば、ゾンビは一カ所に集まっているようだ。繰り返し融合が行われ、徐々に巨大化していく。


「や、やばいよ。やばいって!」

「は、はは……数が多くて困ってたから、ちょうど良かったじゃないか」

「そういう問題じゃないって、わかるよね!?」


 ついには全てのゾンビが融合し、一体の巨大ゾンビが誕生した。そびえ立つと形容してもおかしくないほどに大きい。


「と、とりあえず、魔法を撃ってみろ!」

「そうなのです! 試してみるです!」

「絶対に無理! 絶対に無理ぃ!」


 と言いつつウェルンが炎の魔法を放つ。ソフトボールほどの火球はなかなかのスピードで飛んでいったが――……


「え? 着弾したのか?」

「したよ! やっぱり無理だったよ!」

「あわわわわ! ゾンビ強すぎなのです!」


 何の痛痒も与えなかったらしい。巨大ゾンビは平然と佇んでいる。


「ほ、ほかに攻撃手段はないのか!」

「無理言わないでよ」

「あ! リリィ、さっきの神殿で聖水もらってたです!」

「ナイス!」


 有能なリリィは、こんなこともあろうかと秘密兵器を用意していたらしい。聖水と言えばゾンビなんかのアンデッドモンスターには有効な攻撃手段だ。きっとあの巨大ゾンビにも効くはず!


 だが、リリィの取りだした聖水は小瓶ひとつきりだった。


「たったこれっぽっち!?」

「それはリリィのせいじゃないのです! 神殿がケチなせいなのです!」

「罪のなすりつけあいをしてる場合じゃないって!」


 ウェルンの言うことはもっともなのだが、だからと言ってどうすればいいのか。


「ダーリンなら、ダーリンならきっと何とかなるです!」

「無茶言うなよ!」


 とはいえ、このままではゾンビに蹂躙される未来は免れない。戦闘不能による強制転移についてはリリィがいればどうにかなるだろうが、問題はこの耐えがたい腐臭だ。巨大ゾンビがのそのそと近づくにつれて、刺激臭が強くなってくる。もし、間近にまで迫ったら俺の鼻はどうなってしまうんだ。開発者の正気を疑うぞ、本当に!


 こうなればもう手段を選んではいられない。どう転ぶかはわからないが、ここは俺の特異体質に期待しよう。ゲームを壊すのは本意じゃないが、この匂いに耐えるのは無理だ。


「よし、ウェルン。さっきの火の玉を出せ。俺が良いというまで放つなよ?」

「え? 何する気?」


 首を傾げつつ、ウェルンが掌の先に火球を生み出す。俺はそれに聖水を振りかけた。これでどうにかなるという保証も根拠もない。が、それっぽい理屈を用意すれば、どうにかなる気がする。というか、どうにかなってくれ!


「何してるのさ!」

「つべこべ言うな! いいか、これでこの火の玉は聖なる力を宿した。ゾンビには効果覿面だ。ただデカいだけのゾンビなんて、これでイチコロだ!」

「いや、無理があるでしょ! 聖水かけただけだよ!」


 全くの正論だ。しかし、今はそんなもの必要ない。


「いいから信じろ! とにかく放て!」

「ええい、もうやけくそだ!」


 ウェルンが火球を放つ。聖水をかけただけの火球は、なぜかキラキラと光の尾を描きながら巨大ゾンビへと突き刺さった。直後、ドンという轟音が響き、光の柱が空へと伸びる。まばゆい光が、薄暗い墓地を照らした。


「凄いのです! ゾンビが浄化されてるのです!」


 リリィが興奮気味に叫ぶ。閃光で視界が白く染まっているので、状況を確認できない。だが、きっと事実なのだろう。光の柱の発生とともに耳を劈くような断末魔が上がったが、それが徐々に薄れていく。


 やがて、光が消えたときには、視界の大部分を占めていたゾンビの姿はなかった。ありがたいことに、凶悪な異臭もすっかりと消えている。もっとも、匂いの方は鼻が馬鹿になっている可能性もあるが。


「いったい、どうなってるの?」


 先刻の火球とは明らかに違う現象だ。ウェルンが信じられないといった表情で俺を見てくる。だが、そんなこと俺に聞かれても。


「全くわからん。どうにかなって良かったな」

「え、わからないの? 確信があって指示してたんじゃなくて?」

「まさか。一か八か試してみただけだ」

「えぇ……?」


 呆れた視線を向けられても、そうだとしか言いようがない。


 いやいや。さっきは血迷っておかしな思考をしてしまったが、冷静に考えて、ゲームの仕様をねじ曲げるなんてことできるわけがない。だから、これはもともとの仕様だったんだ。そうに違いない。そうだったらいいな。


「さすがダーリンなのです! 新しい仕様を開発しちゃったのです!」


 ま、全く、リリィはうっかりしているな。

 こういうときは開発じゃなくて発見って言うんだぞ?


 はははは……はは……。

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