14. そんな覚悟はいらない

 普通に考えれば他プレイヤーの名前を書き換えることなどできるはずもない。そう主張すれば、しらばっくれることもできるだろう。


 それでも俺は魔術師男の話を聞いてみることにした。意図したことでないとはいえ、俺が迷惑を掛けたみたいだからな。


 ついでに言えば、コイツの目的も気になる。単純に俺を糾弾するつもりなら、あの場を収める必要もない。場所を変えて何を話すつもりなのか。


 移動した先は街の外れだ。ゲーム内の時間ではまだ昼で、日が出ているはずなのに妙に薄暗い。おどろおどろしい雰囲気のせいか、プレイヤーの姿も見えなかった。


「モトショウ。こんなところに連れてきて、どうするつもりなんだ」

「いや、モトショウはやめてくれない? 名前は……そうだな、ウェルンとでも呼んでよ」


 名前の強制変更についてはあまり気にしていないようだが、それでもモトショウと呼ばれるのには抵抗があるらしい。ひとまず、ヤツの提案に応じてウェルンと呼んでやることにしよう。表示名はそのままだが。


「ここに連れてきたのは密談にちょうどいいからだよ。ここにはゾンビが出るんだ。ゲームでは定番のモンスターだけど、VRだとちょっとね……」


 ウェルンが言うには、アルセイのゾンビは妙にリアルらしい。もちろん、プレイヤーには子供もいるので、過度なグロテスク表現はNGだ。その辺りはオプションでコントロールできるようになっていて、初期設定のままなら、かなりマイルドになっている。では何がリアルかと言えば、匂いだそうだ。腐敗臭が酷く、とても戦えたものではないのだとか。


「おかげでプレイヤーはほとんど見かけない。人目を気にせず話せるでしょ」


 というのが、ここを選んだ理由らしい。


「じゃあ、続きをやろうか。あ、撮影するけど、いいよね?」

「いや、待て。良くない」


 当然のように話を進めるウェルンにストップをかける。不服そうだが、こっちはさっぱり状況が理解できない。


「続きとか、撮影とか、何の話だ」

「え? だから名前の話だよ。さっきも言ったけど、ゲーム中に名前が書き換わってさ。だから、奪われた名前を取り戻すぞ、みたいなノリで動画を撮りたいわけ」


 なんでもウェルンはゲーム実況の配信者なのだとか。アルセイのサービス開始に合わせてこちらでも配信を始めたが、プレイ中、名前が書き換えられるという事件が起きた。どうにか配信のネタにできないか考えていたところ――


「偶然、お兄さんを見かけたんだ。だったら、配信のネタにしないと損でしょ?」


 ということらしい。


 つまり、本気でチートを糾弾したいわけではなく、配信を盛り上げるために協力して欲しいってことだな。俺をチート野郎よばわりしておきながら直後に頭を下げたりと、ちぐはぐな対応に思えたが、なんとなくコイツの行動原理が見えてきた。


 転んでもタダじゃ起きないというか、突然の不具合に憤るより面白がるっていうのはなかなか配信者らしい。


「だが、俺には撮影に協力するメリットがないだろ」

「えぇ!? 有名になるチャンスだよ! 俺の動画で一躍スターに……なれるかもよ?」

「いや、普通にゲームができれば、俺は別に」

「そんなぁ!」


 有名になりたいという願望を否定するつもりはないが、それは俺が望む物ではない。俺はただ普通にゲームがしたいんだ。それだけなんだ。


 きっぱりと拒否すると、ウェルンは悲しげに眉を下げる。しかし、俺に折れるつもりがないとわかると、一転して黒い笑みを浮かべた。


「こんなこと言いたくないけど、お兄さん、本当にチートしてないの? ただの偶然かと思ったけど本当は何か知ってるんじゃない? だって、心当たりがなきゃ、わざわざついてこないでしょ?」


 同情を引けないと見て、こちらを脅す方針に切り替えたらしい。思ったよりも腹黒いし、なかなか鋭いな。


「誓って、俺は不正行為に手を染めてはいない。が……」


 言葉を切って、ここまでだんまりのリリィに視線を向ける。彼女はぎくりと一瞬だけ顔色を変えたが、何食わぬ顔で俺と同じように視線を隣に向けた。そこには誰もいない。


 いや、お前だよ。お前。


「なに、他人事のような顔をしているんだ、リリィ」

「な、な、何の話なのです? リリィにはさっぱりなのです!」

「キャラメイクのときに何か言ってただろうが」

「ぐぬぬ……覚えてたですか」


 リリィはがっくりと肩を落とす。だからと言って、素直に認めるつもりはないらしい。うつむかせていた顔をがばりと上げると、ウェルンに食ってかかった。


「言いがかりもはなはだしいのです! 何の証拠があるのですか!」

「え、ええ? お兄さんじゃなくて、サポートAIに問い詰められるの?」


 この展開は予想外だったのか、ウェルンが戸惑いの声を上げる。だが、すぐに気を取り直したらしく、待ってましたとばかりにニヤリと笑みを浮かべた。


「当然、証拠はあるさ! これを見ろ!」


 大袈裟な仕草で右手を突き出すとウェルン。だが、他に何が起こるわけでもない。証拠らしきものは見当たらなかった。


「……何を見ればいいんだ?」

「あ、ちょっと待って。証拠動画のアドレスを送るからフレンド登録してもらっていい?」

「え? ああ、構わないが……」


 何故か、俺をチート野郎だと糾弾しにきたプレイヤーとフレンドになることになった。まあ、いいんだが。


 送られてきたは動画配信サイトのアドレスだ。どうやら配信動画から名前の書き換えが起きた前後を切り出したものらしい。


「最初は名前がショウになってるでしょ?」


 第三者視点での撮影モードになっているため、動画の中心ではウェルンと同じ姿のアバターが動き回っている。その頭上には確かにショウとあった。


「ぐぬぬ……なのです」

「何、そのとってつけたような“なのです”は。変わったサポートAIだなぁ……」

「リリィの個性に何か文句でも?」

「いや、別に文句はないけどさ」


 ウェルンが不思議そうな顔でリリィを観察している。やはり、普通のサポートAIはこうではないらしい。


 まあ、薄々そうじゃないかと思っていたが。ソロプレイヤー向けのサポートキャラとしては自己主張が激しすぎる。


「で、問題のシーンはもうちょっと先。タイムスタンプが設定してあるから、ジャンプしてみて」


 強制名前変更が起きるシーンまでスキップできるように時間指定のリンクが設定されているようだ。ウェルンの指示に従い、そちらを開いてみる。


『これでも食らえ!』


 動画再生とともに、ウェルンの声が響く。戦闘中に魔法を放ったタイミングのようだ。魔術師アバターが構えた杖の先から、炎の弾丸が射出された。エフェクトで一瞬画面が真っ白になる。画面が戻ったときには、アバターの名前が“元・ショウ”になっていた。


「本当に何の前触れもなく変わってるな」


 動画内には撮影時の時間が表示されている。それは俺がキャラメイクをしている頃と一致していた。俺がプレイヤー名を奪ったという直接的な証拠にはならないが、状況的に見て間違いなさそうだ。


「犯人がサポートAIっぽいのはびっくりだけど……お兄さんも無関係じゃないんでしょ? だったら、ちゃんと責任とってもらわないと」


 ウェルンがにこやかに脅してくる。


 俺には関係ないと突っぱねることも可能だろう。仮に通報されたとしても、実際に俺は何もやってない。何のお咎めも受けないのではないかと思う。


 だが、その場合、リリィはどうなる? 処罰が下されてサポートAIとしての活動を止められたら困るのは俺だ。なにせ、誤転移のせいで俺一人ではまともにアルセイを遊べないのだから。


 もちろん、リリィの他にもサポートAIはいる。だが、他のAIはここまで融通が利かないだろう。良くも悪くもリリィは普通じゃない。そんなことは俺にだってわかる。となれば、ここでウェルンの要求を突っぱねるのは悪手だな。


 よし、まずは説得してみるか。


「お前の主張はわかった。だが、その名前も悪くないと思うぞ。配信途中に名前が変わるなんて普通にあることじゃないんだろ? なかなかのインパクトじゃないか。話題性もあるし、その名前のまま活動したらいいんじゃないか? 応援してるぞ!」

「いや、そんなわけないじゃん! 確かにインパクトはあるけど、継続性はないし……。っていうか、ずっとこのままはさすがに嫌だよ!」


 残念ながら説得失敗だ。状況は美味しくとも、名前をそのままにしておくつもりはないらしい。


 まあ、それもそうか。俺もアバターの名前にこだわりはないが、“元・ショウ”はさすがに嫌だ。


「だとすると……改名アイテムで手を打たないか?」


 たしか、課金アイテムにリネームカードというのがあったはずだ。その名の通り、使用したプレイヤーの名前を付け直すことができる。名前をショウに戻すには、俺とコイツ、二人分のアイテムが必要になるが……まあ、大した額でもないので面倒を避けるためなら惜しくもない。


 だが、ウェルンは微妙な表情で首を横に振った。


「弁償ってリネームカードのことでしょ? でも、課金アイテムは譲渡できないよ」

「ああ、そうか」


 そういえば、そうだったな。課金アイテムの譲渡を許可すると、貢いだりカツアゲしたりといった行為がエスカレートする恐れがあるため、禁止されているらしい。


 となると、どうしたものか。


「っていうか、リリィのヤツが書き換えたのなら戻せるんじゃないのか?」


 ふと思ったことを口にすると、リリィはあっさり頷いた。


「できるのですよ」

「……できるのかよ」


 聞いたのは俺だが、それは出来ちゃダメなヤツだろ。課金アイテムの意味がなくなるじゃないか。


 だが、これで問題解決だ。だというのに、ウェルンが慌てた様子で口を挟んでくる。


「ちょっと待ってよ。それじゃあ、誠意がないと思わない?」

「誠意だあ?」


 また面倒なことを言い出した。そういう形のないものを要求されるのが一番面倒だ。というか、それもどうせ建前だろ。


「本音は?」

「さっきも言ったでしょ? 名前を賭けて決闘しようよ! もっと盛り上がる展開が欲しいんだよ!」


 本当にぶっちゃけたな。名前がどうのというより、配信のネタが欲しいだけじゃないか。


「こっちが名前を譲るって言ってるのにか? 完全にやらせじゃないか」

「視聴者を増やすためなら、やらせだってやるよ。その覚悟はできてる!」


 そんな覚悟はいらない。

 キメ顔で何てことを言うんだ、コイツは。

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