13. コイツ……やっぱり何かやったな

 神殿のあとには職人区域を歩く。ここでは鍛冶師が店を構えており、武器の製作などを依頼することもできるらしい。他にも、プレイヤーが使用できる生産施設もここにある。なかなか興味深くはあったが、今のところ用事はないのでささっと見て回るにとどめた。


「あと、ダーリンに関係があるのは……この学術院くらいなのです」


 リリィが足を止めて説明する。彼女が示す先にあるのは神殿と同じくらい大きな建物だった。人の出入りも多く、重要な施設であるのがわかる。


 とはいえ、俺に関係があると言われるとピンとこない。詳しく聞いてみれば、ここには図書館と魔術スタイルの訓練場があるらしい。


 図書館はともかく、魔術の訓練場は興味がある。やはりファンタジー世界を舞台にしたゲームといえば魔法だ。加えて、俺とリリィはともに格闘スタイル。遠距離攻撃の手段に乏しい。そういう意味でも、魔法スキルの取得は一考の価値がある。


「訓練場の方を覗いてみるか」

「はいなのです」


 やはりというか、プレイヤーはほとんどが訓練場に向かっているらしい。多いのはローブを纏った魔術師然とした格好だが、俺たちのような近接攻撃を主体としているだろうプレイヤーもわりといる。


 訓練場と言いつつ、基本的にスキルの習得に特別な訓練は必要ない。教官NPCに話しかけるとウィンドウが開くので、CPを割り振って習得したいスキルを選択するだけである。


「やっぱり、コストが重いか」

「格闘系のスキルと比べると、そうなるのです」


 格闘スタイルと魔法スキルは相性がよくないらしい。習得に必要なCPが格闘系スキルと比べると倍以上に違う。


 これは悩むな。効率を考えると、遠隔攻撃はそれを得意とする別メンバーに任せた方が良い。とはいえ、俺の場合、プレイヤーとパーティを組むのは例の体質デジタル音痴が問題となる。せっかくのゲームを俺のせいで台無しにするのは申し訳ない。


「となると……サポートAIを増やすか?」

「浮気宣言なのです!?」


 俺の呟きに、リリィがとんでもないことを言い出す。周囲に視線を走らせると、幸いなことにこちらに注目している者はいないようだ。ならば可及的速やかにリリィを黙らせなければ。


「待て。どうしてそうなる。サポートAIはもともとソロプレイヤーが利用するためのシステムだろ」


 誠意あるお話し合いでリリィを納得させようと、早口でまくし立てる。その途中で、ふと俺たちに視線を向けるプレイヤーの姿が目に入った。そいつは、ニヤリと笑みを浮かべたあと、声を張り上げる。


「見つけたぞ! お前がショウだな?」


 声を掛けてきたのは、ローブをまとった短髪の男性プレイヤーだ。まるで、俺のことを知っているかのような口ぶりだが、こちらはまるで見覚えがなかった。そもそも、プレイヤー名は頭上に表示されているので、本当に俺のことを知っていたとは限らない。


「……そうだが。何の用だ?」


 不躾な行動についつい硬い声が出る。だが、ソイツは気にした様子もなく不敵な笑みを浮かべた。


「ふっ、それはもちろん――お前を断罪しにきたのさ、このチート野郎め!」

「な、何を言っているんだ?」


 魔術師男が犯人はお前だとばかりに人差し指を俺に向ける。不覚にも、その言葉に少し動揺してしまった。


 チートとは、主に外部ツールなどを使ったデータ改竄かいざんなどのことだ。当然ながら不正行為であり、見つかればゲームアカウントの削除などの罰が下る。


 もちろん、俺はチートなんてしていない。コイツの主張は事実無根の言いがかりだ。俺はただ普通にゲームがしたいので、ズルしてまでキャラを強化しようなんて気はさらさらない。


 とはいえ、これまでのプレイが真っ当だったかと言われると……誠に遺憾ながら少々不審な点があると言わざるを得ない。


 周囲のプレイヤーも“チート”の言葉を聞きつけたらしい。鋭い視線が俺たちへと向けられているのがわかる。


 その反応に気を良くしたのか、魔術師男が再びニヤリと笑う。そして――突然、頭を下げた。


「……は?」


 予想外の行動に間の抜けた声が出る。そんな俺には構わず、魔術師男は周囲のプレイヤーにもぺこぺこ頭を下げた。


「お騒がせしてすみません。動画の撮影をやってます。すみません」


 さきほどのチート発言も撮影の一環と判断したのか、多くの野次馬たちも興味を失ったように視線を外していく。そうでないプレイヤーも当然いるが、俺に向けられる視線はずいぶんと和らいだ。


 よくわからんが、フォローされたらしい。騒ぎを起こしたのもコイツ自身なので、完全にマッチポンプだが。


「とりあえず、場所を移そうか。名前のことで話がある……って言ったらわかる?」

「……は? 名前?」

「そ。お兄さん、俺の名前、見てないの?」


 魔術師男はちょいちょいと自分の頭上を指さす。そういえば名前は気にしてなかった。そちらに視線を向けると、“元・ショウ”と表記されている。


「……元?」

「そう。実は俺もショウって名前でゲームを始めたんだ。それなのに、何故かこうなっちゃって。お兄さん、心当たりないかな?」


 心当たりなどない……と言えたら良かったのだが、残念ながら薄らと思い当たることがあった。あれは、キャラメイクのときだ。リリィが名前被りがどうとか言っていたような気がする。


 思い違いであってくれ。そう願いながらリリィを見ると、彼女は口元に手をやり「あわわ……!」とベタな慌て方をしていた。


 コイツ……やっぱり何かやったな。

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