12. まずは友達から
最初に訪れたのは街の中でもひときわ大きな建物だ。
「ここは神殿なのです。本来、戦闘不能から復帰するときは、ここに転移するのですが……」
リリィが言葉を濁す。戦闘不能からの復帰という意味では俺には縁がなさそうだ。昨日は何度も戦闘不能に陥ったが、神殿はおろか、街の中にすら転移することはなかった。くそぅ。
「とはいえ、ダーリンに全く縁がないというわけではないのです。神官スタイルの訓練場も兼ねてるので。もし、回復魔法とかを覚えたいなら、ここを利用するといいです」
「回復か。たしかにあった方がいいな」
HPを回復する手段はいくつかある。戦闘中以外なら何もせずとも僅かに回復し、安静にしていれば回復速度が上昇する。戦闘中ならば、回復アイテムを使うという手もある。アイテムを使えば特別なスキルがなくとも回復可能だ。
とはいえ、アイテムは消耗品。全てをアイテムに頼っていると、コストがかかる。ゲーム内通貨とはいえ、装備品の購入を考えると無駄にはできない。自前で回復する手段は確保しておいた方がいい。
「まあ、格闘スタイルなら他の手段もあるですが」
「というと?」
「【練気】スキルを上げると〈チャクラ〉という回復アーツが使えるようになるのす。自己回復なので、他の人を対象にはできないのですが」
「ふむ、なるほど」
今のところ、リリィ以外の誰かとパーティを組む予定はない。コイツの回復手段さえ用意できるなら、回復魔法を取得する必要はないか。
「そういえば、リリィの戦闘スタイルはどうなってるんだ?」
「リリィですか? それはもちろん、格闘スタイルなのです! ダーリンとお揃いなのです!」
両手で拳を握り、リリィがニパッと笑う。パーティでお揃いの戦闘スタイルって、役割が被るだけじゃないかと思うが……まあ、構わないか。
リリィに期待するのは、誤転移の予防のみ……というか、それだけで十分な貢献だ。他は好きにさせておこう。
「リリィも自己回復アーツを習得するなら、回復魔法は必要なさそうだな。ひょっとすると神殿に立ち寄るのはこれが最後になるかもしれない」
「ダーリンじゃなければ、イキリ発言なのです」
「……確かに」
普通なら、これ以降全滅しないっていう宣言に近いからな。俺の場合、全く事情が異なるが。
ともかく、最後かもしれないので、少しだけ中を覗いてみた。多くの人々が出入りしている。プレイヤーも多いが、アルカディアの民の姿も多い。みな、奥の像に祈りを捧げているようだ。
「あの像が、神様なのか?」
「はいなのです」
神殿に奉られているのは創造神ディルリブル。アルカディアで広く信奉されている神らしい。その神像は優しげな微笑みを浮かべた青年の姿をしている。
「ふぅん。リリィも信仰してるのか?」
「今はしてないのです。リリィにとっての神様はダーリンなのですよ」
また冗談かと思った。だが、もしかするとそれは本気の言葉だったのかもしれない。デコピンをお見舞いしようとしてリリィの顔を見ると、そこには思いのほか真剣な表情が浮かんでいた。
キャラメイク時、ペぺぺと言い出す前後でリリィの印象はずいぶん変わった。今まで目を逸らしてきたが、あのときにリリィの中で何か大きな変化があったのだろう。そして、そのきっかけが例のチョップだったとしたら……今の彼女を形作ったのは俺だということになるのかもしれない。
リリィが俺に尽くそうとする理由が何となくわかった気がする。たが、それを受け入れるかどうかは別だ。俺がやりたいのは神様ごっこじゃない。ただ友人とワイワイと楽しくゲームがやりたいだけなんだ。
というわけで……デコピンは続行!
「あだっ! 何でなのです!?」
「何が神様だ。俺はそんな大層な存在じゃない」
「むぅ」
不服そうに額を抑えるリリィに向け、指を突きつける。
「いいか。もし、俺が神だとしたら一緒に冒険なんてしないぞ」
知らんけど、たぶんそう。神とそれに仕える者では立場が違う。気軽にゲームを楽しんだりする関係にはなりえない。だから、俺たちの関係を言葉にするなら――――
「せいぜい、仲間とか……まあ、友達とか。そんな関係だな」
思いもよらない言葉だったのか、リリィが目を見開いて固まる。そして、小さく呟いた。
「リリィとダーリンは……仲間……友達?」
だが、大人しいのはここまでだった。あっという間にいつもの調子に戻り、騒ぎ出す。
「だ、だったら、リリィは恋人がいいのです!」
「馬鹿。調子に乗るな」
「ぬぅ。恋人はダメなのですか?」
こてんと首を傾げたあと、リリィはポンと手を叩いた。
「わかったのです。まずは友達からってヤツなのですね」
「違うわ!」
「もう、ダーリン。神殿で騒ぐと迷惑なのですよ」
「ぐぬぅ……」
誰のせいだと主張したいが、確かに注目を集めすぎているようだ。俺たちは逃げるように神殿をあとにした。
■□■
創造神ディルリブルは部下の報告に耳を傾けていた。アルカディアのあらゆる情報にアクセスできる身とはいえ、情報の取捨選択には時間がかかる。それを代理で行うのが部下たちの役目だ。
「何ですって? 試練のひとつが消失した?」
「は」
思わず険しい声が出たらしい。報告者が身を縮こまらせて返事をするのを見て、ディルリブルは密かに息を吐いた。意味のないプレッシャーはパフォーマンスが落ちるだけだ。それは人ならぬ身でも同じである。それを知っているディルリブルは意識して柔らかな声音を作った。
「どの試練ですか?」
「捧魂の剣です。原因は不明ながら完全に消失しました」
「ふむ」
ディルリブルは思案する。捧魂の剣は影人の王に預けられた特殊アイテムだ。彼が住まう影国に渡るには条件が必要である。サービス開始直後の今、その条件を満たすプレイヤーはいないはずだ。何らかの異常事態が発生したと考えられる。
「原因の調査は続けていますね?」
「は。もちろんです」
「では、構いません。試練はひとつではありませんからね」
「は」
退出する部下を見送り、ディルリブルは微かに笑った。
「人間の仕業だとすればやるものですが……はてさて」
定まった未来などつまらない。予期せぬ事態は筋書きに起伏を与える良い刺激だ。それでもきっと最後は予定通りの結末を迎えるに違いない。試練に直面した人間たちがどんな反応を示すか。ディルリブルは口を歪めて、そのときを待つ。
■□■
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