11. 街なかでは手繋ぎ必須
アルセイ開始初日は散々だった。気持ちを切り替えてログインした二日目。昨日ログアウトした宿屋の一室で俺を迎えたのは、リリィだった。
「ダーリン、お帰りなのです!」
「あ、ああ。ただいま」
俺からすれば、アルカディアは“外”だ。帰ってきたという意識はないため、お帰りなさいと言われると違和感がある。ただ、まあ悪い気はしなかった。
だが、ひとつ謎がある。ログアウトするとき、俺は一人で部屋に入ったはずだ。
「何で部屋の中にいるんだ? どうやって入った?」
「リリィにはワープ能力があるので、個室の鍵なんて意味はないのですよ」
問われたリリィは悪びれた様子もなくニコリと笑う。罪の意識など欠片もないらしい。
まあ、いい。ここはゲームの中だ。所持アイテムは全て不思議な空間に格納されているので盗まれる心配はない。そもそもログアウト中はアバターすら消えるので、部屋に侵入したところで、もぬけの殻だったはずだ。誰もいない部屋で、コイツは何をしていたのか。
「お前、暇なのか?」
「むぅ? ダーリンがいないときは、暇と言えば暇なのです。だから、もっとログインして欲しいのです!」
さすがにそれは無理だ。俺にも仕事があるからな。
「暇なら別の場所に行っていればいいだろ。ログインしたら呼ぶぞ」
アルセイではフレンド登録した人物と連絡を取り合うことができる。これはプレイヤーだけではなく、サポートAIも対象だ。すでにリリィはフレンドとして登録してあるので、いつでも連絡をとることができる。
「別の場所なのです? 特に興味がないのです」
何もせずにただ待つのは
「それよりもやりたいことがあるのです!」
「……やりたいこと? なんだ?」
ニンマリと笑うリリィ。少しだけ警戒しながら話を促すと、彼女はぺこりと頭を下げた。
「今日もお仕事お疲れ様なのです。食事にするですか? のんびりするですか? それとも、リリィとイイコトしちゃいますか?」
やりたいことってコレか。
「お前も懲りないな」
「あだっ!?」
アホなことを言うリリィにデコピンを食らわす。セクシャルブロックがあるので冗談だとは思うが、人に聞かれると誤解を招く。リリィの容姿はどう見ても成人前の少女だ。相手がサポートAIだとしても外聞が悪すぎる。
「ダーリンはいけずなのです」
「これに関しての抗議は受けないぞ」
「むぅ……」
リリィは不服そうにおでこを
「それでどうするのです、ダーリン?」
「そうだな。まずは街を探索してみるか」
「了解なのです! リリィがばっちり案内するですよ」
意気揚々と先導するリリィに従って宿を出た。大通りからは外れた路地だが、宿屋が並んでいるせいで、人通りもそこそこ多い。大通りはなおさらだろう。
「では、ダーリンが必要としそうな施設から案内するです!」
「そうだな。頼む」
「じゃあ、まずは手を腰に当てて欲しいのです」
「腰に?」
よくわからないまま指示に従うと、リリィが俺の腕に飛びついてきた。
「腕組み~なのです!」
どうやら、これがやりたかったらしい。腕組みくらいならセクシャルブロックは反応しないようだ。
とはいえ、サポートAIと腕組みして歩くのはな。絶対に目立つだろ。
絡めてきた腕を強引に振りほどき、リリィに再びデコピンを放つ。
「あだ! むぅ、腕組みもダメですか」
「真面目にやれ!」
「リリィは至って真面目なのです!」
おでこを抑えてリリィが抗議する。
「ダーリンはもっと自覚を持った方が良いのです。街の中はイベント発生率が高いのですよ? 迂闊に歩いていたら、イベントが発生して強制転移……なんてこともあり得るのです!」
「マジかよ……」
「大マジなのです! だから、これはリリィの下心ではないのです。ダーリンを思ってのことなのです!」
脅すような口ぶりだが、リリィの口の端はつり上がっている。正直、かなり胡散臭い。
とはいえ、完全に嘘というわけでもないだろうな。街の中にはアルカディアの民――いわゆる、
「俺は街すら自由に歩けないのか」
仕方なく、右手を差し出す。腕組みは悪目立ちするが、手をつなぐくらいならどうにか誤魔化せる……といいな。
「手つなぎデートなのです!」
「はぁ。もうなんでもいい。行くぞ」
問答するのも面倒だ。投げやりに答えて出発を促す。
「はいなのです!」
ご機嫌なリリィはぴょんぴょん跳ねるように歩き、つないだ手をぶんぶんと振る。そんな調子なので、かなり目立っていた。
だが、向けられる視線は微笑ましいといった感じだ。リリィの行動が容姿以上に子供っぽいせいかもしれない。俺はまだ25だから、こんな大きな子供はいるはずもないんだけどなぁ……。
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