9. お任せあれ、なのです!

 リリィのおかげで、始まりの街オリジスに戻ることができた。戦闘システムも理解できたし、いよいよ本格的にゲーム開始ってところだな。


 チュートリアルを優先したので、俺はまだ格闘訓練所にしか立ち寄っていない。せっかくなので街のあちこちを探索してみてもいいか。


「それで、お前はいつまでついてくるつもりだ?」


 何食わぬ顔で隣を歩くリリィに問いかける。すると、ヤツはにへらと笑い、アホなことをぬかした。


「心配しなくても大丈夫なのです。リリィはいつまでもダーリンのそばにいるのです!」


 違う、そうじゃない。そんな心配は全くしてないから。


「俺は自由に遊びたいんだ! ついてくるんじゃない!」


 別にリリィがいることで何らかの制限を受けるってことはないんだが、勝手についてこられると監視されているみたいで少し気になる。いや、疚しいことは何もないんだぞ。だけど、俺の意志とは関係なく勝手にゲームが壊れるからなぁ。


 俺の拒絶に、リリィはわかりやすく表情を曇らせた。大袈裟によろめくと、震える――わりに大きな声でのたまう。


「そ、そんな……リリィを捨てるのですか!」

「おま……誤解を招くようなことを言うなよ!」


 慌ててリリィの口を塞ぎ、周囲を窺う。誰にも聞かれていませんように……と願うもそんな都合の良いことはありえない。サービス開始直後だけあって、オリジスは人で溢れているのだ。周囲の目が俺に向いているのがわかった。


「と、とりあえず、移動するぞ!」


 有無を言わさず、リリィを引き連れて路地裏に向かう。細い脇道に入っただけで、人通りはかなり減った。主要施設は大通りに面しているので、多くのプレイヤーはまずそちらを探索しているのだろう。


「こんな人気ひとけのないところに連れ込むなんて……リリィは、そういうのはまだ早いと思うのですよ?」


 あいかわらず、リリィはアホなことを言っている。わざとらしくモジモジして見せているが、どこまで本気なのかわからんヤツだな。


「意味わかって言ってるのか?」

「もちろんなのです! 大人の階段を上ったり降りたりするのですよね?」


 いや、上るのはともかく降りるって何だよ。


「そんなわけあるか。というかセクシャルブロックがあるだろ」

「あらら、知ってたのですか」


 アルセイは全年齢対象の健全なゲームだ。ゲーム中、過度な身体的接触はできないようになっている。当然、大人の階段とやらを上ることもできない。


「それはともかく、俺につきまとうのは止めて欲しいんだ」

「……どうしてもなのです?」


 リリィが上目遣いで見てくる。少女の容姿でそんな仕草を取られるといじめているように思えて少し気が咎めるが……。


「悪いな。久しぶりのゲームなんだ。自由にやりたいんだよ」


 もちろん、サポートAIシステムを否定するつもりはない。この先、俺も利用することもあるだろう。だが、それは色々と自分で試したあと、自分の意志で選択したいのだ。強制的に選ばされるのはおもしろくない。


 俺の訴えが届いたのか、リリィはこくりと頷く。


「ゲームを楽しみたいというダーリンの想いはわかったのです。その気持ちは尊重したいとリリィも思います」

「おお、そうか。それじゃ――」

「でも、残念ながら無理なのです」

「……え?」


 話がまとまりかけたと思ったが、最後にリリィが首を振った。わけがわからず間抜けな声を上げると、リリィは同情するような目で俺を見ている。


「たぶん、なのですが……ダーリンはひとりで転移するとまたどこかわからない場所に跳んでしまうのです」

「……嘘だよな?」


 冗談であってくれと願うも、リリィは悲しげな様子で目を伏せた。その仕草はごく自然で、演技めいた雰囲気はない。


「俺を担いでるんだよな? そんな必ず転移に失敗するなんてわけないよな……?」


 思わず崩れ落ち、リリィに縋り付く。


「……リリィからは何とも言えないのです。た、試してみればいいのです。もしかしたら、奇跡的にうまくいくかもしれないですよ!」


 リリィがフォローのような言葉を口にするが……全くフォローになっていない。本来100%成功する転移が、奇跡じゃなければ成功しないなんて。


 いや、諦めるな。絶望するのは試してみてからでいい。


「転移って、どんなときに起きる?」

「今だと、一番簡単なのは戦闘不能になることです」


 HP――アバターの生命力に当たる数値だ――が尽きると戦闘不能状態になる。その場合、何もしなければ最後に立ち寄った街の神殿に転移するらしい。


「早速試してみよう。手っ取り早いのは、やっぱりモンスターとの戦闘か?」

「高い場所から落ちてもダメージを受けるです」

「さすがに、それはな……」


 街の中で試すには問題があるだろう。いくら、ゲームとはいえ。


「よし、外に行くぞ」

「はいです」


 駆け足でオリジスを出ると、草原を駆け回って、適当にモンスターを探した。遭遇したのは、ネズミが三匹だ。あとは何もせずにじっとしているだけでいい。


 だが、弱い。チュートリアルクエストで倒す魔物だけあって、かなり攻撃力が低めに設定されているらしい。三匹揃ってもダメージは微々たるものだった。


「おい、もっと頑張れよ! お前たちならやれる!」


 ネズミたちを鼓舞してもダメージは変わらない。残念ながら意味はないようだ。


「ダ、ダーリン。なんか見られてるですよ……?」

「う……しまった」


 周囲にはプレイヤーがたくさんいる。こんなことをしていれば、注目されるのは当然だった。が、今更止めても手遅れだ。好奇の視線に晒されながらネズミに囓られていると、ついにそのときが訪れた。


 HPが0になり、視界がモノクロ表示になった。視界の隅にメッセージが表示されている。


[蘇生待機状態です]

[キャンセルして、神殿で復活しますか?]


 どうやら戦闘不能から復帰できる待ち時間のようなものがあるらしい。だが、今は必要ない。キャンセルを選択すると、すぐに目の前が真っ暗になった。


 再び、視界が戻ったとき、目の前には……不思議な材質の壁があった。


「なんだこれ?」


 普通の石材とは違って、赤くてつるつるしている。まるで鱗のようだ。っていうか……鱗そのものなんじゃないか?


 少し後ろに下がって、上を見上げる。壁は緩やかに湾曲しており、俺の背丈の五倍ほどのところに顎のようなものが見える。というか、顎だ。


 さらに下がると、ソイツと目があった。謎の壁の正体。それは、巨大な竜だったらしい。


「ギャオオオオ!」

「なんじゃそりゃ!」


 突然現れた俺を赤い竜は何と思ったのだろうか。少なくとも歓迎しているようには見えない。その証拠に、巨大な爪が俺を襲った。


「どおぁあ!」


 転がるように避ける。素早いが、動き出しはわかりやすい。なので、避けるのに専念すれば次も同じように避けることは出来るだろう。爪の攻撃は、だが。


 体勢を立て直したところで、竜が俺に向かって大口を開けているのが見えた。その奥には赤々とした炎が覗いている。ドラゴンといえば……やっぱりブレスだよな!


「ちょっと、本気すぎないか!」


 俺の叫びもむなしく灼熱の吐息が俺を襲う。一瞬にしてHPは吹き飛び、またもやモノクロ画面になった。


 まあ、仕方がない。ドラゴン相手ではどうにもならない。諦め気味で、復活待機状態をキャンセルする。


 次はまともな――……


「ガボガボ! ガボ……!」


 暗転終了後、突然呼吸ができなくなった。息を吸おうと口を開くと、ガボガボと空気が漏れていく。水の中だ!


 苦しいと、思った瞬間、何かに食われた。HPが0になる。


 よ、よし、次だ。


 蘇生待機をキャンセルすると……不思議な浮遊感に包まれた。足下に地面がない。どうやら、空中で復活したらしい。そして、本当に残念なことに浮遊感はただの錯覚だ。全然浮いていない。残念ながら、ゲームの世界でも重力からは逃れられないのだ。


「……こりゃダメだ」


 数秒経過しても地面にぶつからない時点で諦めた。案の定、落下ダメージでHPが0になる。


「ようやく、まともな場所か?」


 次に復活した場所は、ちゃんと呼吸ができた。地面もある。気になることと言えば、妙に日が陰っていることか。ふと上を見上げると、そこに空はなく、代わりに何かが迫ってきている。これは足の裏……かな?


 直後、俺は何かに踏まれてHPが0になった。


 その後も、何度か戦闘不能を繰り返し、最終的に復活したのはめちゃくちゃ狭い無人島だった。およそ四畳半ほど。木すら生えていないので、筏も作れない。


「は、はは……どうすりゃいいんだ」


 途方に暮れて、沈み行く夕日を眺める。


 やはり、俺にゲームは難しかったのか。絶望が胸を支配しかけたとき、救世主は現れた。


「ダーリン、探したのです!」


 リリィだ。何度も転移した俺の行方を捜してくれたらしい。


「……俺にゲームは向いてないのかもしれない」

「そ、それはリリィの口からは何とも」


 うん、そうだな。今更ってヤツだろ。知ってる。


「でも、俺はゲームがやりたいんだ。さっきはああ言ったが……俺を助けて欲しい」


 自由にやりたいと言っておきながら、この体たらくだ。本当に情けない。しかし、そんな俺の言葉にもリリィは嬉しそうに頷いた。


「も、もちろんなのです! 誤転移にはリリィが対応するのです。お任せあれ、なのです!」


 邪険にしたにもかかわらず、リリィが受け入れてくれたことにほっとする。まあ、彼女はサポートAIだ。もしかしたら、拒否権などないのかもしれないが。


 ただ、任せろと自分の胸を叩いたときに、力を込めすぎてけほけほやってる姿を見ると、人間と変わらない存在のように思えた。

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