8. そんな武器は存在しなかった

「ステータス増し増し?」

「そうなのです! モンスターが倒しやすいように初期ステータスを盛ってあるのです!」


 ふんぞり返って、己の罪を告白するリリィ。褒めて貰えるとでも思っているのかニコニコ笑顔だ。


 だが、褒めるわけがない。代わりに軽めのデコピンをお見舞いする。


「あだっ!? 何故なのです!」

「アホか! 当然の罰だ!」


 額を抑えて講義するリリィに説教する。


 多人数でプレイするオンラインゲームは不正行為に厳しい。当然だ。そうでなければ、まともに遊んでいるプレイヤーに迷惑がかかる。ステータスを改竄するなど、不正行為の最たる例だろう。運営管理者にバレたら、最悪の場合、アカウントを削除されてしまう。つまりゲームからの追放だ。望んでもないチート行為で、そんな目に遭うなんて到底許容できないぞ。


「大丈夫なのです! ちゃんとバレないように上手く誤魔化したのです!」

「いや、そういう問題じゃない。とにかく、もとに戻してくれ!」


 上手く誤魔化したつもりでも、運営管理者にバレないという保証はない。そもそも、俺は不正をしてまでキャラクターを強くしたいとは思っていないんだ。ただ、普通にゲームがしたい。それだけなんだ。


 切々と“普通”のありがたみを語って聞かせると、思いは十分に伝わったらしい。リリィが両手を高く上げ、降参のポーズでこくこく頷く。


「ダ、ダーリンの考えはわかったのです! 問題ないのですよ。その可能性を考慮して、直にステータスをいじるのではなく、装備の特性として底上げしておいたので。装備さえ変えればステータスは元の――おやぁ? なんで武器を装備してないのです?」


 俺が素手であることに気がついたリリィが目をぱちくりとさせる。なるほど、そういうことか。


「あの武器はお前の仕業か!」

「な、何なのです!?」


 驚くリリィに、“破壊を極めし鉄拳”とかいう武器を叩きつけてやる。こんなものが初期装備だなんておかしいと思ったが、リリィの仕業だったらしい。俺のせいじゃなかったってわけだ。


 だが、リリィの反応は俺が期待したようなものではなかった。何故か、訝しげに武器を見ている。


「何なのです? このえげつない性能の武器は。こんな武器、リリィは知らないですよ?」


 しかも、初めて見るような反応だ。おやぁ?


「何って……お前が細工した武器なんじゃないのか……?」

「……確かに、能力値アップの特性はリリィがつけたヤツと同じなのです。でも、それだけですよ? 見た目もこんなではなかったし、名前も【初心者のバンテージ】のままだったはずなのです」


 おっと、雲行きが怪しくなってきたぞ。


 どうやら、リリィがやったのは初期武器に特性を一つ付けただけらしい。イメージとしてはこんな感じだろうか。


【初心者のバンテージ】〈武器:格闘〉

◆攻撃◆ 

物理:5

◆追加効果◆ 

[全能力値+50]

◆装備制限◆ 

なし


 だというのに、俺の何故かこうなっている。


【破壊極めし鉄拳】〈武器:格闘〉

◆攻撃◆ 

物理:390

◆追加効果◆ 

[全能力値+50]

[攻撃時に追加攻撃+2]

[攻撃対象の防御力を下げる]

[【拳術】の攻撃アーツの威力が2倍になる]

◆装備制限◆ 

レベル80以上


 おかしい。不正操作された性能を遥かに凌駕している。何故、こうなったのか。


 ……よし。

 なかったことにしよう!


 むぅと唸りながらしげしげと例の武器を観察するリリィから、それを取り上げすみやかにしまう。


「とにかく、装備さえしなければ、問題は無いんだな?」

「それはそうなのですけど。さっきの武器は何なのです? リリィには心当たりが……」

「いいから忘れろ。そんな武器は存在しなかった。いいな?」

「わ、わかったのです!」


 有無を言わさず告げると、リリィは敬礼ポーズで頷いた。素直で結構なことだ。


「あれ? ということは、ダーリンは普通に影人の王を倒したのですか? レベル1で?」


 まあ、武器にしか細工をしていないと言うなら、そういうことだな。もっとも、倒してはいないが。


「倒したというか……武器を壊したら、泣きながら逃げていった」

「そもそもそれがおかしいのです。捧魂の剣がどうして折れてるのです? 不壊属性がついているはずなのですよ?」

「知らん。チョップしたら折れた」

「ああ、あのチョップ……。あんなもので折られたら泣きたくもなるのです」


 リリィが不景気そうな顔で自分のこめかみを撫でた。


「何にせよ、ダーリンが無事で良かったのです。この残骸はリリィが預かっておくですよ」

「ん? ああ、勝手にしてくれ」


 折れた剣に興味はない。即死攻撃は強そうだが、どう見ても高ランクアイテムだ。修理できるかどうかも怪しい。入手場所を聞かれても面倒なので、なかったことにするのが一番だ。


「それよりも何で俺はここにいるんだ? チュートリアルクエストの途中でワープしたらここに跳んだんだが。バグか?」


 一縷の望みをかけて尋ねてみる。できれば、バグであって欲しいと願って。だが、リリィはただでさえ半分閉じかかった目をさらに細めて首を横に振った。


「そんなわかりやすいバグが残ってるわけないのです。そもそも、チュートリアルクエストのワープは転移先が固定されてるのですよ。それなのに、どうやったら、こんな場所に跳ぶのです?」

「それはこっちが聞きたい」


 断言するが、俺は何もしてないぞ。


「まあ、いいのです。影人の王がいなくなったとはいえ、こんなところにいても仕方がないのですよ。さっさとオリジスに跳ぶです」


 そう言ってリリィが右手を差し出してくる。


「街に移動するっていうのなら異論はないが、その手はなんだ?」


 まさか握れというのではないだろうな。子供でもあるまいし、手を引かれて移動するのは抵抗があるんだが。


 しかし、そのまさかだったようだ。


「何って、握るのですよ。じゃないとちゃんとワープできないのです」

「本当か……?」


 別に移動の魔法を使うわけでもない。あくまでシステムによって処理するだけのはずだ。手をつなぐ必要があるとは思えないが。


 疑いの目を向けると、リリィは心外だという顔で首を横に振る。


「普通なら必要ないのですが……ダーリンを一人で転移させると、どうなるかわからないのです。今度は海の底かもしれないのですよ?」


 そんなわけあるか!

 ……と言えたら、どれだけ幸せだろうか。


 だが、俺自身もその可能性を否定しきれなかった。さすがに二度連続でわけのわからない場所に跳ばされるのは辛い。


 俺にできるせめてもの抵抗は無言を守るのみ。何も言わずに手を取ると、リリィが勝ち誇ったように笑顔を浮かべた。

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