5. ネズミを倒すだけの簡単なクエスト……のはすが

「さて、ここまでの話は理解したか? だったら、早速実践だ。街の外で[デッカネズミ]を五匹狩ってこい」


 カウンターの向こうで、筋骨隆々のおっさんが不愛想に告げる。ここは格闘訓練場の受付。つまり、おっさんは受付嬢ならぬ受付おっさんである。


[格闘スタイルのチュートリアルクエストを受注しますか?]


 お、メッセージが出たな。これがクエストか。


 アルセイでは、必須クエストみたいなものは存在しない。何処に行くのも、何をするのもプレイヤー次第。もちろん、敵が強くて進めない場所や、特定条件を満たさなければ入れないエリアはあるが、極めて自由度が高いゲームシステムを採用している。


 クエストを受けるも受けないも自由。とはいえ、舞台となるこの世界――アルカディアにちりばめられたクエストを見つけ出してクリアするのは、ゲームの楽しみ方の一つだ。


 まあ、チュートリアルクエストは戦闘システムの練習みたいなものだろうし、報酬もしょぼい。わずかなお金がもらえるだけだ。このクエストはスキップする人も多そうだな。だが、せっかくだし、やってみるか。


「了解だ。やってみる」

「おお、そうか! なぁに、奴らはデカいだけのネズミだ。初心者でも簡単に狩れるさ」


 クエスト受領を伝えると、おっさんは親指を立て、口元をゆがめた。おそらく笑ったのだと思うが、びっくりするほどへたくそな笑顔だ。ゲームとはいえ受付を任せるには不適な人選だと言わざるを得ない。


 とはいえ、訓練場の運営に口出しをするつもりもないので、曖昧に笑顔を返してから外に出た。街の出入り口は南以外の三方にあるが、視界の隅に浮かぶミニマップには、東側の門に進むように指示が出ている。素直にそちらを目指すとしよう。


 さて、戦闘についてのおさらいをしようか。


 アルセイでは、キャラメイク時に戦闘スタイルを決める。俺の場合は格闘スタイルだ。簡潔に説明すれば、近距離物理アタッカーという感じか。筋力と敏捷力が成長しやすく、一撃の威力よりも手数で稼ぐタイプだ。連続攻撃――いわゆるコンボをつなげるほど威力が上がっていくスタイル特性を持つ。コンボは敵から攻撃を受けると途切れてしまうので、防御よりも回避が重要になるらしい。


 まあ、敵の攻撃はとにかく避ける。それさえわかっていれば問題ない。


 ゲーム内の大部分のスキルは戦闘スタイルに関係なく習得可能らしい。だが、スタイルによって得手不得手がある。得意なスキルは習得にかかるCPが減り、逆は増えるという具合だ。格闘スタイルは身体強化と近接攻撃――特に格闘系のスキルと相性が良いみたいだ。


 攻撃技能系のスキルはレベルを上げると、アーツが使えるようになる。いわゆる必殺技ってヤツだな。通常攻撃より威力はあるが、使用にあたって条件がある。条件はアーツによって異なるが、魔法系アーツはMP、それ以外はSPというポイントを消費するのが一般的だ。MP、SPは戦闘中でもゆっくり回復していくが、無計画にアーツを放つと肝心なときには使えないなんてことも起こり得る。ペース配分は大事だ。


 街の北は草原だった。一歩踏み出せば、そこは危険な魔物の領域……って感じでもないな。そこかしこに、プレイヤーが溢れている。サービス開始当日だから、仕方がないことだとは思うが。おそらく人口密度が一番多い時期だ。


「こりゃ、モンスターを探すのもひと苦労だな――おっ?」


 愚痴をこぼしている最中に、生い茂る草の影から何かが飛び出してきた。その頭上には名前を示す[デッカネズミ]という文字が浮かんでいる。クエスト対象モンスターだ。


 見た目はデフォルメ化されたネズミ。ネズミとしてはデカいが、せいぜい猫サイズ。とても強そうには見えない。こんなのでもモンスター扱いなんだな。


 とはいえ、敵対生物であることは間違いない。頭上に表示されている名前の横に敵対関係を示す赤いアイコンが浮かんでいる。


「一応聞くが、お前はエリアボスじゃないよな?」

「チュウ?」


 この反応……どっちだ? 本当にただの雑魚モンスターなのか。それとも、しらばっくれているだけなのか。かつてのトラウマから少々攻撃するのをためらってしまう。


「……あの、戦わないんですか?」


 しばしネズミと見つめ合っていたら、通りすがりのプレイヤーがいぶかしげに声をかけてきた。このプレイヤー過密状態でモンスターとにらめっこしてたら不審に思われても仕方がないか。


「ああ、その……どうぞどうぞ」


 若干気まずくなって、場所を移動する。去り際に、そのプレイヤーが俺と対峙していたネズミを倒すところを盗み見たが、特に怪しげなセリフもなく、普通に消滅していた。正真正銘の雑魚モンスターだったらしい。そりゃそうだよな。


 気を取り直して、ネズミを探す。街から離れると、プレイヤーは一気に減るみたいだ。おかげで、さほど時間をかけずに次のネズミを見つけることができた。


 さて、今度こそ初戦闘だ。あ、武器買うの忘れてたな。素手だけど、まあ大丈夫だろ。


 ネズミも俺に気がついたらしい。生意気にも飛びかかってきた。それ躱して様子見に蹴りを浴びせる。


「チュウゥゥ!」


 やけに可愛らしい悲鳴を上げながら、ネズミが吹き飛んでいった。正直、ちょっとやりづらい。


 これ、人によっては攻撃を躊躇うんじゃないかね?


 だが、これはゲームだ。俺はその辺りは割り切れるタイプなので問題ない。


 吹き飛んだネズミは倒れたまま動かなかった。だが、まだ生きてはいるはずだ。モンスターを倒しても死体は残らないからな。リアルな世界に見えても、その辺りはちゃんとゲームだ。


 ということは、気絶でもしたか?


 それなら、ちょうどいい。せっかくなのでアーツを使ってみるか。今なら安全に試すことができる。


 使えるアーツは幾つかあるが、まずは【拳術】スキルの初期アーツ〈手刀打ち〉を試してみよう。ちょっとカッコいい名前がついているが、アーツ説明を読んでみたところただのチョップっぽい。まあ、アーツとして放つ以上、普通に攻撃するよりは強いのだろうけど。


「アーツ発動の仕方にはオートとマニュアルがあるんだったな。とりあえず、オートでやってみようか」


 試しに〈手刀打ち〉をオート発動するように念じる。条件さえ満たしていれば、頭で思い浮かべるだけでアーツは発動するのだ。


 が、不発。どうやら身長差がありすぎるせいで、立ったままでは距離がありすぎて発動しないようだ。そう考えると、小さな相手ってのは厄介だな。


 気絶したネズミのそばに座り込んで改めて〈手刀打ち〉を試みる。今度こそ上手くいったらしい。俺の右腕が、勝手に動き出した。違和感はあるが、そのまま動きに任せる。


 ズバンと音を立てて振り下ろされた手刀は、気絶したネズミを真っ二つに断ち切った。致命ダメージを受けたネズミが黒い煙のようになって消えていく。


「いや、本当に切れるのかよ!」


 ただのチョップかと思ったら、まるで別物だった。まさか手刀でモノが切れるとは。さすがゲームである。


 ……ゲームだからだよな? 俺限定の不思議現象じゃないよな?


 不安になって、同じ格闘スタイルっぽいプレイヤーの様子を窺ってみたところ、そのプレイヤーの手刀もネズミを切り裂いていた。仕様通りの挙動らしい。良かった。


 クエスト目標はデッカネズミ五匹の討伐である。この後も、特にストレスを感じることもなくそこそこの頻度でモンスターが見つかった。遭遇したのは全部デッカネズミだったので、ここにはコイツしか出ないのかもしれない。


[チュートリアルをクリアしました。格闘訓練場で報告してください]


 五匹目を倒した直後、視界の隅にメッセージが表示された。


 どうやらクエストを完了するには、訓練所まで戻らなければならないらしい。場所は覚えているが歩いて戻るのは少々面倒だ。


 そう思っていると、追加でメッセージが表示される。


[クエスト報告に戻りますか? (訓練所にワープします)]


 どうやら俺のような面倒くさがりのために、帰還のための選択肢が用意されているようだ。せっかくなので、利用するとしようか。


 頼むと念じると、薄らとした光が俺の体を包んだ。一瞬、目の前が真っ白になる。気がつけば、俺は草原とは別の場所にいた。ワープなのだから当然……と言いたいところだが。


「ここ、どこだよ……」


 困ったことに、目の前に広がる光景はどう見ても格闘訓練場ではなかった。

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