4. 何かヤバげな初期装備
視界に広がるのは、賑やかな街の風景。古めかしい建物が幾つも並んでいる。屋根や壁の色はバラバラだ。統一感はないが、色鮮やかで楽しげな印象を受ける。ここが始まりの街オリジスか。
行き交う人々の様子も様々だ。老若男女どころか、頭から動物の耳が生えている者や耳が尖っている者もいる。彼らはきっとプレイヤーだろう。服装が似通っているのは、サービス開始から間もないからだな。まだ初期装備のままのプレイヤーも多いらしい。
「おお、最新技術ってのは凄いな……」
知らずに声が出ていた。自覚して少し恥ずかしくなったが、周囲は騒がしく
「あの頃とは、再現度が段違いだ」
俺がアルサーをプレイしていたのが、15年以上前だ。当時は革新的なグラフィックだと持て囃されていたが、それでもゲーム内のオブジェクトを近くから見れば作り物であることは明白だった。
しかし、ここにある景気はまるで本物だ。意識がないまま連れてこられたら、ここが仮想空間であるとは気づけないかもしれない。
例えば、この広場にある噴水だ。噴き出し散布される水すら完全に再現されている。試しに触れてみれば、水はひんやりと冷たく、手が濡れる感覚まで再現されているようだ。
「はぁ……聞くのと体感するのじゃ大違いだな」
VR技術が発達して現実に迫るリアリティだという話は聞いたことがあった。さすがに盛りすぎだと話半分に聞いていたのだが、紛う事なき事実だったらしい。
「おっと、驚いてる場合じゃないな」
ゲームを開始したら、まずやらないとならないことがある。それは――持ち物チェックだ!
いや、まあ、初期装備なんて普通はすぐに買い替えてしまうものだし、あまり気にするものでもないとは思う。だが、俺には前例があるからな。ちゃんとチェックしておかないと。
というか、さっき噴水に触れたときに見えちゃったんだよなぁ。俺の両手に、やけに装飾の凝った手甲みたいなのが付いているの。明らかに初期装備っぽくないが……まあ、確認してみるまで希望は捨てちゃいけない。もしかしたら、見た目だけカッコいい初期装備かもしれない。
メニューウィンドウを呼び出して装備を確認する。このとき、ウィンドウは俺にだけ見えるらしい。他のプレイヤーからすると、虚空を眺める変な人に見えていることだろう。
【初心者の服】〈防具:上半身〉
◆防御◆
物理:4 魔法:4
◆装備制限◆
なし
【初心者のズボン】〈防具:下半身〉
◆防御◆
物理:3 魔法:3
◆装備制限◆
なし
とりあえず、まずは防具。名前の通り初心者用という感じで、初期装備にふさわしい性能だった。見た目も、他のプレイヤーが装備しているものと一緒。これは正常な初期装備と判断していいだろう。
問題は武器だ。とはいえ、世の中には見かけ倒しの存在なんていくらでも溢れている。きっと、俺の装備も大したことは――……
【破壊極めし鉄拳】〈武器:格闘〉
◆攻撃◆
物理:390
◆追加効果◆
[全能力値+50]
[攻撃時に追加攻撃+2]
[攻撃対象の防御力を下げる]
[【拳術】の攻撃アーツの威力が2倍になる]
◆装備制限◆
レベル80以上
うーん、駄目だな。これは駄目だ。
この武器がどの程度強いのかは現時点ではわからない。が、初期装備の強さではないと断言できる。というか、なんでレベル80以上って制限があるのに装備できてるんだよ!
待て待て。落ち着け。冷静になれ。
ここで騒げば、このヤバげな装備が他のプレイヤーに見られてしまう。別に俺がチートで呼び出したわけでもないし、疚しいことは何もないが、それでも見られるのはマズい。
俺はごく普通にゲームがしたいだけなんだ。チート装備で無双したいわけじゃないし、こんなことで目立ちたくはない。
平静を装い、ささっと装備を外す。アバターの見た目にも即座に反映され、俺の両手から手甲が消えた。これで大丈夫。誰にも見られてはいないはず――……
「うっ……」
思わず声が漏れた。何故なら、メニューウィンドウから視線を外した瞬間、赤い髪の女性プレイヤーとばっちり目が合ったからだ。
いつからだ? いつから見られていた?
とにかく、何事も無かったように立ち去ろう。もし仮にさっきの武器を見られていたとしても、性能まではわからないはずだ。
しかし、その判断は少し遅かったらしい。歩きだす前に、その女性プレイヤーが声をかけてきた。
「VRは初めてなんですか?」
「……え?」
女性プレイヤーは不思議そうに首を
「あ……すみません。さっき、噴水で燥いでらっしゃったのを見たので……」
「おおぅ……」
かなり最初から見られていたようだ。とはいえ、そっちに気を取られて装備に目が行かなかったのなら、こちらとしてはありがたい。このまま話に乗って誤魔化そう。
彼女が不思議そうにしている理由はわかる。今どき、VR技術は至る所で使われているからな。例えば、服のネット通販なんかでは仮想空間で試着するのが常識だ。よほどのご年配でない限り、VR技術に触れたことがないという人間はほぼいない。俺みたいな反応はかなり珍しいのだろう。
いや、俺だってVR試着なら挑戦したことはあるぞ。しかし、トラブル続きで諦めざるを得なかったんだ。特に、試着した服が透明化するトラブルは最悪だった。店員AIはお似合いですなんて言ってくるのだが、俺の視点では何も着ていない状態だ。まるで裸の王様にでもなった気分だった。
……まあ、それはいいか。
「初めてではないですが、ずいぶん久しぶりで」
「久しぶり、ですか?」
赤い髪の女性はますます不思議そうな顔をした。
本作アルセイでは、キャラメイクでかなり自由に容姿を設定できる。俺は実年齢――つまり25の姿と大差ない見た目に設定しているが、やろうと思えばよぼよぼの老人だって少年の姿になれるわけだ。全く触れたことがなければ年寄りのVRデビューかと思ったかもしれない。だが、久しぶりと言ったことで、ますますわからなくなったのだろう。
とはいえ、見知らぬ人物に事情を説明する義理もない。というか、語り出したら愚痴になる。もしくは長々と歴史を語ることになるな。俺と電子機器との戦いの歴史を。今のところ惨敗だが。
「ええ。昔、ちょうど、前シリーズをやって以来です」
「ああ、アルサーですか! 私もやってましたよ。あれ以来なのだとしたら、確かに驚きますよね」
理由の説明する代わりに、いつ以来なのかを話せば、意外なことに彼女もプレイしたことがあるらしい。見た目で判断すれば20にも満たない年齢に見えるが……やはりアバターの容姿は判断材料にならないってことだな。
「……え?」
年齢と容姿に関わるわりと失礼なことを考えていると、彼女が突然驚きの表情を浮かべた。
「どうしました?」
まさか、思考が漏れたわけじゃないよなと思いつつ平静を装って尋ねると、彼女は慌てた様子で手をパタパタと振った。
「いえ、何でもないんです。ただ、あなたの名前が知り合いと同じだったので」
「ああ、そうでしたか。まあ、別に珍しい名前でもないですからね」
俺のプレイヤー名はショウだ。現実の名前としても珍しくはないし、プレイヤー名としてもありふれている。本作では名前の重複がないので厳密には俺一人のはずだが、完全一致でなければ似たような名前は許されるしな。
と、そう言えば、彼女の名前を見ていなかった。
たまたま言葉を交わした程度の間柄だ。知らなくても別段困りはしないのだが、向こうが名前について触れたので半ば反射的にそちらに目をやった。表示されているプレイヤー名はユーリ。
「……へ?」
今度は俺が間の抜けた声を上げることになった。その名前は俺をアルサーに誘った友人と同じ名前だったからだ。
「どうしたんです?」
「いや、俺もユーリという名前に知り合いがいたので、少し驚いただけです」
とはいえ、単なる偶然だろう。そもそも、アイツと彼女ではまるで印象が違う。アバターなので容姿はいくらでも変更できるが、音声は自前だからな。正確に言えばゲームシステムによる合成音声なのだが、本人が聞いても違和感がないくらいに再現されている。フィルターの類いで変更も出来ないから、概ね本人の声と思って間違いはないはずだ。
まあ、彼女の名前も特に珍しいというわけじゃない。お互いに同じ名前の知り合いがいても、面白い偶然ですねで終わる話だ。
だというのに、彼女の――ユーリの様子がおかしい。俺の顔を見て、難しい顔をしている。
「……そう言えば、さっき、腕に変わった装備をしてましたね?」
探るような目つきでユーリが切り出してきた。
な、何だ? 急に雰囲気が変わったぞ……しかも、手甲について言及されてしまった!
いや、大丈夫だ。再装備しない限り、彼女に確かめる
「いやいや、そんなことはないですよ。ホントに」
「焦ってますよね?」
「……いいえ?」
あ、焦ってなんかないから! 絶対に誤魔化せるから!
内心はともかく、態度には出ていないはずである。アルセイは感情表現が豊かすぎてやや不安だが。
「ふぅん? まあ、いいです。聞きたいのは別のことですから」
「ほ、ほぅ?」
半眼で俺を見ていたユーリの表情が和らぐ。が、全く油断できない。別のことって何だ?
「ショウさんって、アルサーでも同じ――」
そこまで言って、ユーリは言葉を止めた。眉を下げて困ったような表情を浮かべている。
「うぅ、こんなときに呼び出し? 困ったな……」
そんな呟きが聞こえる。フレンド間で通信できる機能があるらしいので、きっとそれだろう。
「す、すみません。ちょっと用事ができてしまいました。まだ話したいことがあるので、ここで待っててくださいね!」
結局、彼女はそう言って走り去っていった。
「助かった……」
タイミング良く通信が届いたおかげで武器について説明せずに済んだ。
今のうちに逃げてしまおう。待てと言われたが、こっちは返事をしていないから問題ないはずだ。
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