2. 責任をとれと言われても

 入力デバイスを頭に被り、ベッドに寝転ぶ。スイッチを入れればゲームスタートだ。


 直後に飛ばされたのは、何もない空間だった。ただポツンと一人の少女が立っている。明るめのブラウンヘアで、人間だとすれば高校生くらいだ。現実に存在すれば、かなりの美少女だと話題になってもおかしくない。もっとも、ゲームの登場キャラクターとしては珍しくもないのだろうが。


 その少女はぱっちりとした大きな目で俺を見ると微かに笑った。


「ようこそ、アルカディアへ。ここでは、この世界を旅するあなたの分身を作ります。私はキャラメイクの補助を担当しているAI00012392。通称ガガペペぺぺぺぺ――」


 なるほど、ここでキャラメイクをするわけか。で、この少女がそれを補助するAIというわけだ。グラフィックの進化は凄いな。こうやってみる限り、本物の人間と見分けがつかない。


「だが、名前のセンスは微妙だな。ガガペペはないだろ」

「ぺぺぺぺ――」

「……まあいいか。早速、キャラメイクを始めてくれ」

「ぺぺぺぺ――」

「おーい。聞いてるか?」

「ぺぺぺぺ――」


 オーケー、わかった。認めたくはないが……認めざるをえない。


 コイツ、壊れてやがる!


「なんでだよ! 何もしてないだろ! 俺が何をしたって言うんだ!」


 あまりの理不尽さに、俺は叫んだ。だが、その声は何もない空間にむなしく響くのみ。少女は相変わらず虚ろな目で「ペぺぺ」と呟いている。


「おい、どうすりゃいいんだよ……」


 トラウマを克服するぞと意気込んで、一分足らずでこれである。さすがアルサーの後継作。こうも容易く俺を打ちのめすとは。


 だが、俺もあのときとは違う。スポーツで鍛えられたメンタルがある。たとえ、開始早々不可解な挙動に遭遇しようと俺は諦めないぞ!


「ふふ……ついに禁断の秘技を使うときがきたか」


 これは俺が爺さんから引き継いだ技だ。爺さんはそのまた爺さんから教わったらしい。家族からは決して使うなと言われている。だが……だが、今こそが使うべきときだ!


「食らえ!」


 俺はぺぺぺ少女のこめかみに向けて右手を斜めに振り下ろした。これこそが秘技『右斜め四十五度チョップ』である。爺さんから聞いた話によると、調子の悪い電化製品にこの秘技を使うと、不具合が直るらしい。眉唾な話だが、その真偽は今、明らかになる。


「ぺぺ……ペ……」


 ひたすら繰り返されていた“ペ”が止まった。虚ろな瞳に光が戻る。焦点のあっていなかった目が、はっきりと俺を捉えた。


「本物だ! 秘技は本物だったんだ!」


 今まで信じてなくてすまない。爺さん、俺、これから理不尽な不具合に遭遇したら、この秘技を試してみることにするよ。


「なんか、おかしなこと、考えている気配がするのです」


 感動していると、近くで声が聞こえた。俺ではないので、当然AI少女の声だ。


「お、おう。元に戻った……んだよな?」

「はい。リリィはすっかり元通りなのです。ご迷惑をおかけしました」


 少女は眠たげな目でぺこりとお辞儀をする。その動作には淀みがない。


 もし、最初からこうであったのなら、違和感を覚えることはなかっただろう。だが、ぺぺぺぺと言い始める前とは様子が異なるように思えた。


「お前、もっと目はぱっちり開いてなかった?」

「イメチェンしたのです」

「その語尾の“です”ってのも、なかったよな」

「リリィは個性って大事だと思うのですよ」

「なんか後付け感が半端ない個性だな。あと、リリィってのは名前か? お前、最初は私って言ってなかった?」

「それがどうしたのです? もしかして、リリィの名前に不満が……? でも、さすがにガガペペは嫌なのです……」

「聞こえてたのかよ!」


 やはりどうしても違和感が拭えない。最初はもっと大人しめな印象だったが、ガガぺぺ状態から復帰したあとは変に個性的だ。


 もしかして、コイツ、まだ壊れているのでは?


 そんな考えが頭によぎったが、いやいやと頭を振る。こうしてやり取りができているのだ。壊れているとは言えないだろう。だから、大丈夫。コイツは壊れてない。ヨシ!


「またチョップされるかと思ったのです」


 少女がさすさすとこめかみを撫でる。どうやら、俺がまた秘技を繰り出すと思ったらしい。


 考えが浅いな。あれはそう軽々に披露する物ではないのだ。それをやって、またぺぺぺと言い出したらどうする。今度こそ俺の心が折れるかもしれないぞ。


「ええと、それじゃ、もっかいやり直すのです。リリィの名前はエーデルリリィ。リリィって呼んでいいですよ」


 AI少女――リリィは、改めて名乗った。登場のときと比べると、かなりフランクになったが細かいことは気にしないでおこう。やり取りができるなら問題はないはずだ。


「では、早速、ダーリンのキャラメイクを……」

「待て待て待て」


 細かいことは気にしないと決めたばかりだが、さすがにこれは無視できない。慌てて止めると、リリィはきょとんとした様子で俺を見た。その顔はいかにも不思議そうで、何かおかしなところでもありましたかと言いたげだ。だが、俺はスルーしないぞ。


「その“ダーリン”というのは何だ?」

「あれ、知らないですか? ダーリンっていうのは恋人とかへの呼びかけに使う言葉なのです」


 リリィが辞書的な意味を答える。が、俺が聞きたいのはそういうことではない。


「そうじゃない。今、誰を指してダーリンと呼んだ? まさか、俺のことじゃないよな?」

 

 俺が問うと、リリィは「ああ」と呟き頷いた。その口の端がニヤリと少し上がる。


「おかしくはないのです。リリィをこんな風にしたのはダーリンなのです。ちゃんと責任をとって欲しいのです!」


 おかしいだろ! 俺は何もしてないから!


 あ、いや、チョップはしたが。

 アレが原因なのか? いや、まさか。そんな馬鹿な。


「さて、キャラメイクだったな」


 困った俺は、何も聞かなかったことにした。どうせコイツはキャラメイク担当のAIだ。この場さえ乗り越えられれば関わることはないからな。


「むむむ。まあ、いいのです。リリィはダーリンが責任のとれる大人だと信じているので話を進めるのです」


 は、ははは。聞こない。聞こえないからな!

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