第2話「ヒーロー志望の幼馴染」

まこと銀司ぎんじの住む家は師匠である末里すえさと大和やまとの家兼道場であり、それだけに広い。生前、ヒーローとして活躍していたのだが、道場の運営や慈善団体に寄付するなどしていたため、遺産は少なく生活するには厳しかったのだが、銀司がヒーローとして働いた時の給料で家賃を払って維持している。


当然、誠もそれに甘えてばかりいられないと思い、高校進学したら掛け持ちのバイトしようと考えたこともあったのだが、銀司に相談した際「弟弟子にひもじい思いはさせられない! よく学び、よく遊べ!」の一言で断られてしまった。


しかしそれはそれで誠も気分が悪かったのだが、まだ高校に進学したばかりだしバイトの許可も出るとは思えない。そもそも誠が進学する高校では保護者の許可が下りないと出来ないのだ。ちなみに現在の誠の保護者は言うまでもなく銀司のことである。


実際、銀司がヒーロー「ブリザーウルフ」としてヒーロー活動をして、タレント地域密着型タレントとして活動していなかったら、誠の生活環境は厳しかったかもしれない。そのこともあって、誠も強くは言えなかった。


「……ふぅ!」


中庭で重りつきの鞘に納刀したままの刀を使った素振り100回10セットを終えた誠は一息つく。引き締まった筋肉質な体を覆うシャツは汗でびしょびしょになり、足元には垂れた汗で濡れていた。


鞘や刀の柄についた汗や汚れを拭き取り、縁側に大切に置き、軒下に準備していた水筒の麦茶を飲む。汗水たらした体にミネラルたっぷりの麦茶はよく染みわたる。


「ふぅー……。ちょっと疲れたかなー……」


大きく息を吐き、誠はタオルで体を拭いていく。まともな休息なしで振り続けたせいでシャツの下は汗だくで下着までビショビショになっている。


「おーい! 誠くーん!」


「うわぁ!?」


突然、自分を呼ぶ少女の声がして、完全に気が抜けていた誠は驚いてしまった。


「い、彩羽か。驚かすなよ」

「はい! 飛高ひだか彩羽いろは、15歳! ただいま参上! です!」


右手でピースサインを作り明るく快活に自己紹介する少女、飛高彩羽は満面の笑みで言った。


「はぁ……。どうしたんだ、急に。明日の準備とかで色々大変なんじゃないのか?」

「入学準備のこと? 大丈夫、もう既に荷造りはバッチリ、今朝に終わって準備万端なのです。問題ないよ」

「そうか。じゃあ、明日から彩羽はヒーロー候補生ってことか」


 彩羽が入学するというのは、異能者メイガスを教育・訓練し、一般社会で異能ミュトスをコントロールできるようにするほか、ヒーロー候補生を教育する国立の教育機関「国立異能専門学校」、通称「異能専校」のことである。

 彼女は子供の頃からヒーロー志望であり、最近異能ミュトスを開花したことによって、その資格を手に入れることができ、明日から入学することができるようになったのだ。


「うん。明日から初めての寮生活になるし、大変だろうけど頑張るよ。そのためにずっと頑張ってきたわけだし。実技試験だって、誠くんが教えてくれなかったらどうなっていたか……。はい、これ差し入れ」


彩羽はそう言うと、一本の缶ジュースを誠に渡した。


「ありがとう。だが、それは彩羽が自分で頑張った成果だろ。僕はちょっと背中を押してやっただけ。魔術の腕はともかく、格闘センスに関しては僕より筋があるよ」

「ううん、そんなことないよ。ほら、この前一回本気で組手した時だって、私誠くんに投げ飛ばされたし……」

「あー……。アレは、まぐれってことで。うん、綺麗に飛んだよね、アレ」

「人間って勢いがつくと2回転半する生き物なんだって、私初めて知ったよ……」


アハハと頬をかきながら彩羽は言った。彼女は銀司と同じ異能者メイガスであり、誠の幼馴染だった。


過去に遭遇した事件の影響でヒーローを目指していて、小中学校で同級生だった誠に格闘と魔術の手ほどきをしてもらったのだ。家が近いこともあって、それなりに近所付き合いもあったということで誠は仕方なくわずかな時間ではあったが、師匠役を買って出たのだ。


ちなみに魔術とは異能ミュトスが発見される前からある、神秘・奇跡の類を人為的に起こす技術の総称のことであり、異能ミュトスが発見されてからは魔術との相性の良さから一部のヒーローは魔術を習得するようになった。

しかし、魔術とは本来は神秘そのもの……即ち表向きにはしないことが前提にある学問で技術であるため、個人で覚えることが出来るものにも限界がある。だが、末里大和は剣士でもあり魔術師でもあった関係で誠は僅かな時間だったとはいえ、魔術の手ほどきを受けていたのだ。


誠は基礎的な魔術だけ彩羽に教えることにし、格闘のほかにも魔術を教えたりしたのである。当時、よくわからず勝手に教えたりするのは危険であると後で銀司に言われてからは、彼女以外に誰も教えていない。そもそも誠も見習いレベルの力量なのである。


「それで? 今日は何しに来たんだ」

「何しに来たんだってつれないなぁ。せっかくの休日だし、一緒に出掛けたりしたいなって誘いに来たの」

「僕を? だが、今日は一日鍛錬を……」

「む、女の子のお誘いよりトレーニングを取っちゃうの?」


むすっとした顔で彩羽は誠をジーっと見る。


“あ、これは本気っぽいな……”


彩羽を“視た”誠は彼女が本気であることを理解した。

良くも悪くも彩羽の真っすぐで正直者な性格は誠にとっては好ましいものなのだが、それが仇になって損するようなことになったりはしないだろうかと考えてしまう。

それに彼女は明日からヒーローになるために「異能専校」に入学し、寮生活が始まるのだ。もう気軽に会えなくなるので彼女としてもその前に少しでも過ごしたいのだと考えているのだろう。


「わかった、付き合うよ。それで、どこに行くつもりなんだ?」


観念するように誠は承諾した。裏表のない純粋な誘いを断りきれるほど誠は非情にはなれないし、彼女は一度決めたら基本的には曲げない性格であることも知っている。


「そうこなくっちゃ! 実は紅戸こうとに行きたいと思ってね! そこで行われるヒーローイベントを見たいなーと思って、誠くんを誘ったの!」

「……ヒーローイベントねぇ」


彼女の目的を聞いて、誠は少し複雑そうにする。

彩羽のヒーロー好きは昔から知っていたし、理解はしている。だがそれはそれとして、そのようなイベントに行くには心が引けてしまう。


「? どうしたの?」

「い、いや。なんでもない。そう言えば、テレビでも言っていたな。紅戸区でヒーローイベントをやるとか。朝から宣伝していたのを見たから知っているよ」

「なら話は早いね! あ、せっかく来たし末里先生にお線香あげてもいい?」

「全然いいよ。むしろ、先生も喜んでくれると思うし」

「ありがと。それじゃあ、お邪魔するね」


そう言って、彩羽は玄関の扉を開け、中に入っていった。

彩羽は末里大和とはあまり交流はなかったものの、近所付き合いで何度も会ったことがあったし、ほんのわずかな時間ではあったが稽古をしたこともあった。

ヒーローを目指す彩羽にとって目標の一つでもあった彼の死に彼女は誠よりも悲しんだ。葬式の時、ずっと泣きっぱなしだったぐらい。去年の命日の時にも仏壇に手を合わせに来てくれたりもした。


「彩羽は明日からヒーロー候補生か。……それにしても、早いなぁ。もう2年になるんだっけか」


誠もかつて亡き師の姿とその剣技に見て惚れ、自身もヒーローになりたいと願った。自分に異能ミュトスが無かったとしても、ヒーローになれると信じて一生懸命に稽古に励み、きつい鍛錬にもついてきた。

だが、「ある事件」によって師匠の死と共にその夢は失われ、それから視たくもないモノが視え始め、知りたくもなかった現実を視てしまった。

後には拭いきれない失意と焼け爛れた憧れ、そして師匠から教わった剣術だけが遺された。

その遺された剣術だけを拠り所に、答えのない暗雲の日々を過ごしながら、ヒーローになるための最低条件である異能ミュトスが、いつ開花するのかわからないにも関わらず、彩羽がむしゃらにヒーローを目指す姿を見てきた。

それはいい。夢の第一歩を踏み出せて、とてもおめでたいはずなのに。


「ああ、でも。僕は、どうして、こんなにも―――――」


こんなにも、諦めきれないのだろう。


「……さっさと片付けして、シャワーでも浴びておこっか」


頭を振って、鍛錬に使用した道具の片付けを始める。

断われなかったとはいえ、承諾したのならそれ相応の格好で行かないといけないと考えながら、家の中に戻って外出準備を始めるのだった。

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