無窮・演舞~異能と魔術と芸能で戦う最新英雄譚(ニュー・ミソロジー)~
平御塩
序章「色づく月」
第1話「燻る心」
2060年4月7日
「大崩壊」の後、日本政府の都市開発が行われた総廻市の居住地域である西の五切区。一軒家とマンション立ち並ぶ住宅街があるこの地域には、総廻市の人口五割の市民が暮らしている。
その住宅街の端……。人通りの少ない場所に建つ和風建築の家に住む黒髪の少年、
『……昨日夕方、総廻市・
テレビでは歓楽街のある葛野区で起きた異能法違反者による乱闘騒ぎについての報道がされていた。
「昨日、帰りが遅くなるとか言っていたのってこれ?」
誠は自分の対面に座る男に聞いた。
「ああ、そうだが? 通報があって駆け付けた所、3人の
白米をがつがつと食う男、
彼こそまさにテレビで言っていたヒーロー「ブリザーウルフ」本人であり、公的な職業として認められた「プロヒーロー」として日々戦っている、誠の兄弟子である。
白のメッシュの入ったウルフカットに鍛えられた大柄な筋肉質の体と、上腕二頭筋が狼のキャラクターがプリントされたシャツから見え、獣と見紛うほどの鋭い目つき。それでいてどこか愛嬌のある誠とは5つ年齢の離れた青年はいつもののようによく笑い、よく食べる。
そのような兄弟子の姿がまるで犬みたいな人だなと誠は常々思っていた。
「そりゃあまぁ、ご苦労なこった。おおよそ対応に当たっていたから警察のお世話になって、事情聴取とか受けて遅くなったといった感じかと思ったよ。心配する必要はなかったみたいだ」
「お、心配してくれていたのか? いやぁ、やっぱイイ弟弟子を持って俺は幸せ者だなぁ」
「安心してくれ。元から心配なんてしていないよ。相手が人間だったから遥かにマシだっただけだし。アンタがケガをするイメージなんてこれっぽちもないから」
「そりゃあひでぇよ。まぁ、お前さんの言う通り俺はケガなんかしないからな! なんたって先生のシゴキの方がよっぽど死にそうだと思ったし!」
ハハハと自信満々に笑う銀司に誠は白米の入った茶碗をテーブルに置いて目を細める。
「はぁ。ヒーローって、ホントよくわからん生き物だな。正義とか、国民のためとか、大層な事言っているけど、どこまでも俗っぽすぎて目が眩んじゃうな」
テレビに目を向けつつ、誠はどこか睨むような目つきで言った。箸を握る指先には無意識に力が入っているのか、僅かに軋むような音がする。
「……なぁ、誠。お前、入学式も一昨日に終わって明日から学校で定期検査があるだろ? それでさ、もし
銀司は茶碗をテーブルに置いて、穏やかな視線を向けて言った。
この国では中学校、高等学校に進学した際に
人類の敵である「メトゥス」を倒す力そのものである
かつて「大崩壊」と呼ばれる厄災で人類史上最悪の被害をもたらしたメトゥスを倒すことが出来る存在である「ヒーロー」は
「銀司。それ、また言う?」
……だが、誠から返って来たのは侮蔑の込められた言葉と、殺気すら感じさせる濁ったような鋭い目つきだった。
「いや、それはな。お前と俺は剣術の腕は互角だろ。もし、お前に
「先生がどうなったのか、わかっているのに? 銀司は当時まだ学生だったし、その場にいなかったからわからないかもしれないけど」
「それは……」
誠の口から出る言葉に銀司は言葉を返せず、押し黙ってしまう。
2人の言う先生、
だが、とある事件で末里大和は死亡してしまい、事件に巻き込まれた誠はそんな
彼の一部始終を知っている。この出来事がきっかけで、
「……でもよ。剣術だけ覚えても、しょうがないだろ。それこそ使い道は限られるだろうし、だからといってお前は警察官を目指すわけじゃないだろ? 先生に剣術だけじゃなくて魔術も教えてもらったりしていたわけだけど、生粋の魔術師を目指すわけでもないし」
「それとこれとは別だよ。あの日、先生が亡くなって、僕は聞きたくもない事を何度も何度も耳にしたし、視たくもないものをいくつも視てきたんだ。だから、仮に検査で僕に
「だ、だがよ。俺はお前のその、言っていることがよくわからないんだよ。見たくないとか、なんだか……。俺はお前の兄弟子なんだぜ? なんでも言ってくれたっていいじゃないか」
銀司は純粋に誠を案じて言っている。
その態度や言動に噓偽りがないことは、誠も身に染みてわかっている。だからこそ、心苦しい。
「ごめん。今の僕に、銀司の望む答えは返せない。この話はまた持ち越しにしてほしい。あ、弁当は作ってあるから、仕事行く前に持っていって。今日、イベントとかライブとか控えているんでしょ。遅刻するよ」
「お、おい……」
誠は突き放すように言いながら自分の食器を持って台所に向かった。
銀司から向けられる心配の視線が突き刺さり、後ろ髪を引っ張られるような気分になりながらも、誠はそれに対して何も返せない。
食器を置いた誠はそのまま仏壇のある一室に向かい、ロウソクに火を点けて線香をあげ、手を合わせる。
立派な仏壇には享年56歳とは思えない30代後半と見間違いそうなほどの若い風貌の男……末里大和の遺影が置かれており、かつての彼の門下生たちから贈られてきたお供え物が多くあげられている。
座布団の上で合掌し、冥福を祈る誠は、口を開く。
「先生……。ヒーローって、本当になんなのでしょうか……? もしも、貴方が生きていたのなら、なんて答えたのですか?」
誠は静かに遺影に向けて呟く。
師を亡くし、ヒーローへの憧れも道を見失って既に2年の月日が経つ。こうして仏壇の前に座り、墓地にある墓前に立つ度に自問自答を繰り返す日々。
そんな、望むような答えは返ってくることはないとわかっていても、誠は手を伸ばせずにはいられない。
「……今日も一日鍛錬かな」
雑念を払おうと頭を振り、誠は鍛錬用の服に着替えるために仏壇から離れるのだった。
夢を見失い、失意に沈んだ誠に遺されたもの。
それは、亡き師から教わった剣術で「剣の道を極めること」。
時代にそぐわない、見果てぬ目標であった。
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