第36話 今ちょっと忙しいから
それからの三日間をどう過ごしたのか、私はあまり覚えていない。
数少ない記憶は、期末試験最終日の後、夏休みの活動について話し合うため報道部に顔を出したことくらいだ。ただ、私の顔色が異様に悪いということで、話に入ることもなく早々に解散になってしまった。
まるで今の気分と体調を反映したかのように、このところぐずついた天候が続いている。
バド部の大会が近いらしく、ここ最近は葵と一緒に帰れていない。終業式を翌日に控えたこの日も、鬱滞した熱気と世を悲観するような蝉の喚き声の中を、私は一人とぼとぼと家路をついていた。
重たい足を引きずりながら進んでいたら、前方に誰かが立っているのに気づいた。
「よう」
灰色の空の下、軽快に右手を挙げたのは、キャップ帽を被った金髪の少女だ。
「すみれ……」
私は同級生から少し距離を置いた場所で立ち止まった。
「何?」
「いや、明日終業式だろ。で――」
すみれはそこで言葉を止め、何かに気づいたようにまじまじと私を見つめた。
「って、なんか顔が暗くね? そういえば試験どうだったんだ?」
「……」
すぐに言葉を返せなかった。下ろした両手に自然と力が入る。
「……番だった」
「ん?」
「九十六番だった」
絞りだすように言った私に、すみれは軽く頷いて答えた。
「へー、まあまあじゃん」
「全然まあまあじゃないよっ」
思わず大きな声が出て、すみれの肩がぴくっと揺れる。
「風邪引いて全然勉強できなかった。熱のせいで初日はテスト受けられなかったし、その後もケアレスミスばっかり。名前を書き忘れたのなんて初めて」
「つぼみ……」
「ごめん、今ちょっと忙しいから」
私は俯いたまま、同級生の脇を足早に通り過ぎた。
後ろを振り返ることなく、ひび割れたアスファルトを強く踏みしめて歩く。
わかっている。風邪を引いたのも、そのせいで勉強が間に合わなかったのも、別にすみれが悪い訳じゃない。勝手に彼女が溺れたと勘違いして、慌てて転んで海に飛び込んでしまったのがよくなかったのだ。
イブ計画の失敗だって、当然ながら彼女には何の責任もない。
わかっている。わかってはいる。それでも――
人類の未来を賭けた計画が頓挫した今、唯一の取り得だと思っていた勉強で失敗し、自分なりのテーマだって何も見つからない。
私はいまだ何者でもなく、やりたいこともなく、子孫に道を繋ぐこともできない。
ただ緩やかに滅びに向かって進んでいくだけ。
だとしたら、私はこれから一体何をどうすればいいのだ。
+++
翌日は朝から曇天模様だった。
通りを吹き抜ける風が、部屋の窓枠をかたかたと揺らしている。そういえば昨日の気象ニュースで夕方に台風が関東沿岸を通過すると言っていた。
一応今日は終業式だが、午前中に終わる予定のため、休校にはならないようだ。
「最悪……」
制服のシャツのボタンを留めながら、私は溜め息をつく。
今さらながら、すみれに随分と失礼な態度を取ってしまったことを後悔していた。
散々だったテストのことを言われて、つい勢いのまま突き放すような行動を取ってしまった。私は下を向いていたのでわからなかったが、あの時彼女は一体どういう表情をしていたのだろう。
せっかくわざわざ会いに来てくれたのに――
「あ……」
私は思わず声を上げた。
そうだ。すみれはわざわざ私に会いにやってきたのだ。一体何のために?
確か明日が終業式だから、と言いかけていた気がする。
今日はアメリカにいる保護者の叔母さんとともに、すみれが学校にやってくる日だ。
退学のことに関して、何かを伝えに来たのかもしれない。
「もしかして、アメリカに……」
私は一人呟いて、自身の頬を両手で思い切り叩いた。
「ああもうっ」
どうしてあの時しっかり聞いておかなかったのだろう。
今すぐにでも謝罪したい気分だが、彼女はすぐに連絡を取れる手段を持っていない。
しかし、幸いにも不登校の彼女が今日は学校にやってくるのだ。
直接会って謝ろう。そして、彼女の真意を聞こう。
そう心に決めて、私は傘を手に家を後にした。
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