第37話 応接室に来てくれる?
「ふわ~、終わった終わった」
隣の葵が大きく伸びをしている姿は、いつ見ても猫みたいだ。
終業式は滞りなく終了したが、校長先生の話が無駄に長いのはおそらくいつの時代も同じだろう。教室に戻った生徒達に、担任から通知表と夏休みのしおりが渡され、高校一年の最初の学期が終わった。
葵が立ちあがって、鞄を肩にかける。
「つぼみ、報道部寄っていく?」
「あ、うん」
夏休みの活動について簡単な打ち合わせをすると部長から連絡が来ていた。
「大丈夫? 今日も調子悪そうだけど」
葵は近づいて、私の顔を覗き込む。
「いや、そんなことないよ。だいぶ回復してきた」
「それならいいけど、あんま無理しないでね」
「うん、ありがとう」
さすが長年の幼馴染だけあって、葵は些細な変化にも気づく。
私の懸念は、すみれと会えていないことだ。今日は何時くらいに来る予定なのだろう。それが気になってずっと上の空だった。まだ通知表の中身も確認していない。教壇のそばに立つ担任の松永先生に尋ねようとしたが、先に厳しい視線を向けられる。
「お前達、台風が近づいているのは知っているな。速やかに帰宅するように」
「はーい。簡単な打ち合わせだけなんで、部活はすぐ終わります」
葵は右手を高く上げ、残る左手で私の腕を軽く引っ張る。周りに他のクラスメイトがいることもあり、なんとなくすみれのことは聞きづらい状況だ。後で職員室を訪ねようと考え、私は葵と一緒に報道部の部室に向かうことにした。
部室には既に大橋部長と水野先輩の姿があった。
「さて、まずは一学期お疲れ様と言っていこうか」
席についた私達に部長が目を向ける。
「しかし、イブ計画の件は残念だったな。記者会見で小さな一歩に見えても、人類にとっては大きな一歩と言っていたのは、アポロ十一号で初めて月面着陸をしたニール・アームストロングの言葉――これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な一歩である――の引用だな。本当にそうならばいいが」
記者会見の後、株式市場が大変なことになったという話は聞いたが、表面上は世間の人々の様子は変わらないように見えた。ただ、元から漂っていたなんとも言えない閉塞感は、一段階強まったような気がしている。
それでも大橋部長はそれならそれでやることは色々あると前向きな口調で言った。
彼女にはどういう状況でも変わらない信念がある。それは私にはないものだ。
「では、気を取り直して、台風が来る前に手短に済ませよう。話というのは一年生の取材テーマのことだ。君達にもそろそろ独自のテーマを考えてもらいたいと思っている」
部長が言うと、水野先輩が横から口を挟んだ。
「話を始めていいの? 海老沢いないけど」
「海老沢君からは既に二十個ほどテーマの候補をもらっているから問題ない。ほとんどアニメや漫画に関係したものだが……」
大橋部長は苦笑いした後、葵に語り掛けた。
「まずは榎本君だが、どうする? 君の場合はこちらの要望で兼部にしてもらっているから、無理強いはしない。適当にテーマを作って、活動実績は私のほうで捏造してもいいが」
さらりと不正行為を口にした部長に、葵は首を振って答える。
「いえ、部員として最低限の活動はしたいと思ってます。バド部のほうは大会が終わればしばらく練習ないと思うので」
理由は暑いから、らしい。以前から感じていることだが、うちの部長もなかなかの自由人だが、バド部の部長も相当である。
「何か興味のある分野はあるかね?」
「まだわかりませんけど……私はどっか取材旅行に行きたいです。夏休みですし! ね、つぼみ」
「え、あ、うんっ」
急に話を振られて、私は慌てて頷いた。
「なるほど……そういう動機もありと言えばありだな。まあいい、榎本君の場合は急がないから、バド部の大会とやらが終わったら相談しようか」
部長は腕を組んで何度か首を縦に振ると、最後に私に視線を向ける。
「それで、花守君は?」
「あの、それがまだ……」
「ふむ。君は秋には新聞コンクールもあるし、七月中には決めておきたいところだな。候補だけでも幾つか出せないか?」
「は、はい、すいません、頑張ります……」
恐縮して身を縮こまらせる。私は一体何がやりたいのだろう。
「もし決まらなければ、私の恋愛に関する調査を手伝ってもらうことになるが……こっちはこっちで行き詰っているのも確かだしな。色々試しても恋愛感情とやらが少しも理解できない。気づいたらその人のことばかり考えるなんて、一体どうやったらそんな状態になるんだかな」
「その人のこと、ばかり……」
次の瞬間、顧問の進藤香先生が勢いよく部室のドアを開けて入ってきた。
「ああ、先生。もう終わります」
部長が言うと、進藤先生は「え、ええ、そうね。台風が来るから早く帰りましょうね」と普段より早口で答え、私のそばにつかつかとやってきた。
「花守さん、急いで応接室に来てくれる?」
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