ミシャグジ

 それからまた日が経って、ムクは戦輪部隊に限らず村の兵を軒並み統括する地位に立っていた。しかしやはり彼の性格はそうまで変わっておらず、防衛戦となれば一切の妥協こそ見せないものの他国に戦を仕掛ける事もなく、私から見れば昔の優しいムクのままだった。その度々の防衛戦も水天の予言とムクの戦略によって敵の悉くを撃退せしめることが出来た。未来予知とその戦略眼が組み合わさった以上、戦において殆どの局面を有利に進めることが出来るのは当然と言えた。

 村でもよく稲が実り、村人たちは私にも多くの米を納めてくれた。この実りが私のおかげなのか、実際の所私にも良く分からない。けれどそれで村人たちが幸せならそれでよかった。お腹いっぱいに食べられること程幸せな事はないのだから。

 奉納の儀式が終わった日の夕、儀式が普段よりも長引いたので少し疲れてしまい宴には出ず、いつものように裏の祠でカエルや何かと遊んでいるとムクがやってきた。私は不思議に思って声をかける。

「どしたの? こんな時間に」

 彼は随分酩酊した様子で答える。

「んー、ちょっと酔いを冷ましに来ただけ。祭りだからってみんな凄い飲ませに来るんだもの」

 ムクは顔を赤くして祠によりかかった。昔は飛び降りるほどだった祠も今は寄りかかって丁度いいくらいの大きさに見える。

「強くなんないとね。これからも多分吞まされ続けるよ」

「なれるのかなあ」

「なれるよ、きっと」

 遠くから笑い声が聞こえてきた。一際大きいのは鍜治場のナガスネの声だろう。直ぐに酔っては祭りの音頭を取り出す、壮年を迎えてもなお元気な男だ。

 祭りはいつも秋に行われる。収穫の時期に豊穣を私に感謝するのと同時だからだ。それに加え収穫期はどこの国でも人手が足りなくなって戦どころではなくなる。第一、食料や物資が足りている以上そこまで戦をする動機もないのだ。秋は一年において最も平和な時期だった。念のため水天にも聞いたがこの秋に限らず向こう数年は戦はないという事だった。

 本当だったら村人たちに教えてやって安心してほしい所なのだが、どうも難しい所だ。みんな私や水天の姿が見えてくれればいいのだけど。

 気づくと秋虫やカエルの声に囲まれてムクは落葉を床に眠り込んでしまっていた。その顔はやはりあどけなさを残したままで、いつになってもあの幼いムクの面影が抜けないのだった。


 気づくとムクの隣で私も眠り込んでしまっていた。秋にしては比較的暖かかったせいもあるだろう。目をこすりながら開けて見ると、夜はとっぷりと更けてしまっていた。


 だと、言うのに。

 向こうの空は、赤く燃えていた。

 隣を見るとムクがいない。厭な予感が駆け巡る。何だろう。何かおかしい。何か……


 聞こえて、しまった。

 悲鳴が。

 人の、悲鳴が。

 森の、悲鳴が。

 虫が、草が、木が、山が、石が、土が。

 人が。

 泣いている。

 叫んでいる。

〈燃やすのだ‼ 私を嘲ったこの村の、灰一つとて残すでないぞ‼〉

 遠くからそんな残忍な声が聞こえてくる。

 やめて。やめて。何も起こらないで。何かの間違いであって。

〈ムク‼〉

 どこかでその名を呼ぶ声がした。私はその名に頬を叩かれたような気になって、ただよろよろと村の方へ足を動かし始めた。

 私の国。空を赤く燃やす、私の村へ。


 死んでいた。みんな、死んでいた。

 燃えていた。みんな、燃えていた。

「…………………………■■、■■■■■■……」

 声が出ない。西から来た兵達が村に、人に、火をつけて回る。その中にはいつかの戦いで見た将達もいた。

 悲鳴が上がる。その声に聞き覚えがあった。村で一番木の実を取るのが上手かった……今のは、この前、子どもを産んだばかりの……子どもの泣き声が、途切れて……

 彼らには私が見えない。彼らの剣は私に届かない。今になって、それが苦しくてたまらなかった。

 私を見て。私を殺して。私を彼らと一緒に死なせて。私を彼らと一緒にいさせて。私を……

「お前がここの神か」

 そう、後ろから声がした。振り向こうとすると突然強い力で以て背中を突き飛ばされた。その力に身体が少しの間空を飛んだ後地面に激しく打ち付けられる。

「今までどこにいたんだ?」

 打ち付けられた地面から恐る恐る視線を上げると、それは、大きな神だった。真っ赤な服を纏い、青紫の髪をして黒の渦巻く瞳をこちらに向けていた。神は私に近寄ると、その鳩尾をまた思い切り蹴りつけた。

 息の出来ないままにまた身体が宙を舞う。背中をじりじりと火が焦がした。

「お前の民がお前のために戦う間、お前は」

 蹴。

「どこで」

 蹴。

「何を」

 蹴。

「していた‼」

 踏。

 ギリギリと頭を踏みつける音がする。身動き一つ取れなかった。顔も上げられなかった。何も見たくなかった。何も

「目を瞑るな」

 ガ、と音を立てるように髪を引っ張って頭を持ち上げられる。私をのぞき込む神の目は、今まで見た何よりも強い力を有していた。神はその口をいっぱいに開いて私に言う。

「目を瞑るな。耳を塞ぐな。これがお前の国だ。お前の村だ。これがお前と、お前の民の成れ果てだ」

 その言葉と共に投げ捨てられる。痛みは最早感じなくなっていた。背を焼く炎の熱だけがぼんやりと伝わってくる。神は私のもとに再び歩み寄ってきて、私の手を地面が抉れるくらいに踏みつけた。神は吐き出すように言った。

「随分と私の民も死んだ。それ自体は良い。殺す殺されるが戦の常だ。何より彼らは私の為に死に、私は彼らの為にこうして生きる。彼らが助け、私が助け、彼らが殺し、私が殺し、彼らが生かし、私が生かす。それは実に崇高で健全で清廉で純粋な在り方だ。神はそのために人と在り、そのようにして人と在る。だが、お前はどうだ?

「何も戦に負ける事が悪ではない。私が腹を立てているのはその根本だ。お前は神でありながら、民を顧みなかった。いや、そもそも顧みるだけの力も持たないくせして神を名乗り、神としてこの国に在り続けた。その結末がこれだ。お前の民は残らず死ぬまでお前を信じ続けた。お前の救けがないと悟っても尚、『これは人の戦いだ』と言って譲らなかった。お前の民はお前の力を借りようともせず、しかしお前の名を護る為に死ぬまで剣を、槍を、弓を、金輪を振るい続けた。降伏を問われてなお女子供は舌を噛み切り、或いは刺違え、男は四肢の全てを奪われるまで私の兵に立ちふさがった」

 ムク。

「死ねばよかったのだ。お前だけが。自らの存在を否定し、見える総てを窕へ抛り棄て自らの死を肯定すればよかったのだ。お前と言う存在が消失すれば同時に人の心からお前も消失する。お前の社は何か別の、遠い地の更に強い神のものとして祀られていただろう。戦に身を投じた奴らは自分がなんのために戦っているのかを忘れ、どれだけ馬鹿らしい戦に自分が挑んでいたのかを理解し、無用な血を流す事を好まなかっただろう。――そこまでして生きたかったのか? 力不足を知りながら神を名乗る事が、どれだけの悲哀を生むか考えなかったのか? そもそもお前、

「なんで神なんて名乗ってるんだ?」

 ……なんで? なんでなんだろう。

知らない。知らない。私はいつから、いつから、『神なんてもの』になってしまった?

 ムク。

 違う。違う違う違う。彼のせいじゃない。絶対に、

 人と話したかったから、なんて。

 ただそれだけで、茫漠とした精霊から、神の形を取ろうとして、

 違う。違う、彼のせいじゃない。

 人と、

 ちが、う。ち が

「……ここまで気分の悪い戦は久しぶりだ。私は帰る。後の処理は任せるが、最低限二度とそいつの顔を見なくて済むようにしておけ――

「水天」


   ◆


 昔々の話です。その地に名前もない時代に、精霊たちが生まれました。精霊たちは草や、木や、虫や鳥たちと一緒におりました。森や湖と一緒におりました。精霊たちは山の一部で、森の一部で、川の一部で、湖の一部でした。

 そのうちヒトが生まれて、森に暮らし始めました。森はヒトを受け入れました。精霊たちも彼らを受け入れました。ヒトは他の動物たちと同じように森を使いながら、森と共に生きていました。

 いつしかヒトは服や道具を作るようになり、言葉と言う音の集まりを生み、ムラと言う場所を造りました。その様子は明らかに他の動物たちとは違いました。動物たちは興味を持ちましたが近づくことはできませんでした。殺されてしまうからです。でも精霊たちは違いました。

 精霊たちはヒトの目には見えません。普通は話すことだって出来ません。でも他の動物たちと同じように、時たま精霊の言葉が分かる人がいました。しかし精霊の言葉はとても簡単で、「きれい」「あつい」くらいしか話す事は出来ませんでした。

 しかしヒトにとってはそれで十分でした。ここには目に見えない何かがいる、と言うだけで、彼らはその大きな頭を働かせ、精霊たちを祀る事を始めたのです。

 精霊たちは祀られたからと言って形を変えるような事はありませんでしたが、ヒトが自分たちに興味を持ってくれたことが嬉しくて仕方ありませんでした。

 そのうち、精霊たちの中でも少し頭のいい精霊が思いつきました。

(ひと と はなし たい)

(ひと に なり たい)

 そう思うと、他の精霊たちがその精霊に集まってきて、

(なりたい)

(なりたい)

(ひとに なりたい)

(ひとと はなしたい)

(人と あそびたい)

(人とはなしたい)

(人と暮らしたい)

 精霊たちは雨露が集まって湖になるように、次第にその形を大きく変えていきました。精霊たちがその「目」を開けると、視点は随分高くなっていて、そこから見下ろすと体のようなものが見えました。人の身体のようなものです。精霊たちは自分たちが望んだように、ヒトの形を得たのでした。

 一つの群体となった「精霊」は喜び勇んでムラを訪れてみる事にしました。

 ムラではちょうど祭りが行われていました。精霊はヒトの前に立ってみる事にしました。でもヒトは誰も精霊に気が付きませんでした。おかしいなと思って触ってみても、ヒトは驚くばかりで精霊を見てくれないのです。

「何かが触れた!」

「神様じゃ、ミシャグジ様がおいでになった!」

「頭を下げえ! 供物を納めよ!」

 それからずっと、祭りが終わるまでヒトは地面を見つめるばかりで精霊の事なんて見てくれませんでした。ヒトの形を取ってなお、私達は見えないままなんだと、精霊は肩を落として一人森の奥へと帰りました。

 それでも精霊は人が好きでした。ムラで宴のある日は納められた酒を持って行きましたし、鍜治場に焚かれる火を恐る恐る眺めたりもしました。子どもが生まれそうになると産婆さんと一緒になって母親を応援しました。そのせいか、そのムラではみんな安産でした。

 そんなある日の事でした。

「……おめでとう、立派な男の子よう」

 ある家に産声が立って、出産を見守っていた精霊はホッと胸をなでおろしました。失敗したのは見た事がありませんでしたが、それでも命の始まりと言うものは緊張するものです。母親の安堵と言えば当然それ以上で、汗水をいっぱいに垂らして穏やかな笑みを浮かべているのでした。

「ほんとうに元気な男の子だこと。泣き止む気がしないわあ」

 産婆はそう笑いながら男の子を母親に手渡します。産婆の言う通りその産声は本当に大きくて、ムラの端から端まで聞こえない人はいない程でした。精霊はその声を軽く耳を塞ぎながら笑って聞いていました。

 その時でした。男の子が精霊を見て泣き声を止め、

「あら、笑った。やっぱりお母さんが良いのかしら」

 精霊は、それはもう驚きました。偶然かと思いましたが、男の子の目はしっかりとこちらを見ているのです。その細まった瞼の奥から精霊を認めていたのです。精霊は試しに身体を左右に揺らしてみました。すると男の子は顔を振るようにしてその動きについてこようとするのでした。

「あらあら、どうしたの? そんなに頭を振って」

 それはとてもおかしな動きだったでしょう。他の人から見れば目に見えない何かを追っているようにしか見えないのですから。すると母親が肩で息をしながら言いました。

「ひょっと、すると……この子は、ミシャグジさまが、見えるの、かもね……」

 産婆はそれを聞いて驚いたような顔をすると、顔一杯に笑顔を浮かべてそうかもしれないねえ、と言いました。


 精霊の喜び方は並大抵のものではありませんでした。

(早く大きくならないかなあ、早く歩けるようにならないかなあ!いっぱい話がしたいんだ、いっぱい一緒に遊びたいんだ!)

 精霊は今や群体でありながら個体でもありました。その集まった精霊たちの全てが同じことを考えていたのです。やっと自分を見てくれるヒトが現れた。やっと自分と話せるかもしれないヒトが現れた。その成長を願って誰もやみませんでした。

 その翌日でした。ムラにこんな噂が流れたのです。

「……隣村で祟りがあったらしいぞ」

「祟り?ってえとミシャグジさまの……?」

「違う違う、隣村だと別の名前の神様を祀っていたらしいんだがな。村のはずれで男が二、三人、まとめて狼に食い殺されてたらしいんだわ」

「狼か……しかもそりゃいっぺんにって事か? 余程大きい狼だったんだろうな」

「んでその隣村の祀る神様ってのが狼の神様だったもんだから、これは祟りに違いねえぞって訳らしい」

「ああ、それで生贄がどうとかいう噂が回ってんのか」

「そうそう。聞くところじゃ神の声が聞こえるーとか言う奴を山の祭壇で捧げたら収まったらしい」

「物騒な話だねえ。ミシャグジさまがそんな風にならないと良いんだが」

 精霊は驚きました。自分の他にも似たような存在がいるらしい事にも驚きましたし、何より神の声が聞こえる、と言うだけで殺された人がいるのに驚いたのです。

 精霊はあの男の子から距離を取るように決めました。もしもあの子が精霊を見ることが出来るという事がムラに知れ渡ってしまったら、殺されてしまうかもしれません。精霊は出来るだけ男の子に会わないようにムラにもいかず、森の祠で一人で過ごす事にしました。淋しくはありませんでした。元の暮らしに戻っただけだったからです。けれど、いつになってもあの男の子の事が頭から離れませんでした。


 ある年の秋でした。精霊は森でカエルたちと遊んでいました。動物たちは精霊たちがヒトの形を取ると途端に精霊の姿を見られるようになったのです。精霊の事を見られないのはもうヒトだけでした。

 すると落葉をかき分けるように何かが走ってくる音がしました。その足音はヒトのものでした。精霊はどうせ見えないだろうと思って気にせずカエルたちと遊んでいました。すると突然カエルたちがバッとどこかへ逃げて行ってしまいました。精霊が振り向くと、

「何してるの?」

 幼い男の子が精霊の顔を見ていました。ムクと言うその子の名を知ったのはその時でした。


「気のせいかなあ? ずっと昔、姉ちゃんに会ったことがある気がするんだ」

 精霊よりもまだいくらか背の低い男の子は、友達と追いかけっこをしている最中でした。森の中なら見つかりにくいと思ったものの、随分村から離れた所まで迷い込んでしまったようなのです。

「気のせいだよ。ずっと昔って言ったって、まだ六歳じゃん」

 精霊は出来るだけ普通のヒトのように振舞う事にしました。本当はいっぱい話したいことを抑えて、出来るだけ。

「そうかなあ。ね、さっき何してたの?僕が言うのもあれだけど、ここ村から随分離れてるじゃん。迷っちゃうよ?」

 まさかカエルと遊んでたと言う訳にはいかないので(ヒトはカエルと遊べませんから)、精霊は答えに困ってしまいました。

「え?えーっと……なんだろね?」

「なにそれー」

 男の子は笑い出してしまいました。精霊もそれを見ていると段々面白くなってきて笑い出しました。笑って、笑って。人と笑い合えるのがとても嬉しくて、ずっと、ずっと笑っていました。男の子もずっと笑っていました。


 村の近くまで男の子を送っていくと、精霊は言いました。

「お願いがあるんだ。森で私に会ったことは誰にも言わないで。お母さんにもだよ?」

「どうして?」

「えっと……私があそこにいるってバレちゃうと困るんだ」

「ふーん、姉ちゃんも追いかけっこしてるの? でももう暗いよ」

「え? そ、そうそう。ふふーん、姉ちゃんは大人だからね。暗くたって追いかけっこしてもいいのだ」

「えーいいなあ! 僕も……」

「ほらほら、子どもはもうすぐ寝る時間だよ? ね、お願い分かってくれた?」

「ちえー。うん、約束。誰にも言わないよ!」

 そう言って精霊は男の子と別れました。でもちょっと不安なので他の人には見えないのを良い事にこっそりついて行きました。男の子は今までどこにいたのか散々問い詰められていたようでしたが精霊の話はちっとも出しませんでした。


 しばらくたって男の子はまた少し大きくなりました。男の子はあれからしばしば森を訪れるようになっていました。

「また少し背伸びたんじゃない? 越されちゃいそうだなあ」

 精霊はそう何気なく言いました。すると男の子は言いました。

「姉ちゃん、背伸びないの?」

 精霊は一瞬虚を突かれました。精霊の背は伸びません。成長しないのですから当然です。こういう形で集まってしまったからには形を更に大きく変えるのも難しいのです。精霊はちょっと躊躇った挙句にとうとう言ってしまいました。

「うん……あんまり伸びないかな」

 男の子は言います。

「お母さんがいっぱい食べると誰でも大きくなれるって言ってたよ? あ、じゃあ家から何か持ってきてあげる! ここで二人で食べよ……」

「それは駄目」

 精霊は思わず口をはさみました。精霊にはもう騙しきれなくなり始めていることが分かっていました。今日に限らず、しばしば男の子はどきりとさせるような質問を挟んできたのです。当然追いかけっこなんて理由も通じなくなっていて、精霊はその都度別の理由を考えなければいけませんでした。

 しかしそれもそろそろ限界でした。

「私ね、神様なんだ」

 精霊はヒトが自分を呼ぶときに使う言葉を初めて使いました。


   ◆


「……すい、てん…………」

 雲のような衣を真っ赤に染めて、彼女は私の傍で歩みを止めた。

 どうして? そんな問いももう口から出る事はなかった。

「……私は君に謝る事は出来ない。これが正しい事だと思っているからだ」

 いつものように平坦な声。

「私はある程度、未来を見通すことが出来る。だがそれだけだ。見る以上の事は何もできない。君と一緒に大和に抗えば、いつか私達の軍勢では太刀打ちできない程の勢力がここと私の村を呑み込みに来るのは分かっていた。私は大和に服従する事を選んだ。私を祀る民を護る為だ。その大和から享ける信用の対価として君の村を選ばせてもらった。

「君にそれを伝えて共に大和へ服従する事を選ばせることも出来ただろう。しかし君達が私の村を裏切り私と同じ事を考える危険性を排除できなかった。何よりその場合君はどうあっても死んでいた。人は殖えるが神は殖えない。大和の神はああ言ったが、私は君に死んでほしくはなかった。君のような生まれを持つ神は随分珍しいからな。冷淡と思うかもしれない。けれど私の生まれた大陸では人は神の為の駒に過ぎなかった……こう言う事を大和の神に聞かれたら私もただで済まないかもしれないが」

 私の、せい。私が生かされるために、みんな殺された。私がいなければ。私さえいなければ。

 殺して。それならいっそ、私を殺して。


 ころして。


「大和の神の態度には危ぶまされたが、君を殺す気はなかったようで何よりだ。今殺されてしまえば文字通り君の民は無駄死にになってしまうからな」


 ころして。


「それとも生きながらえさせることが何よりの罰だと考えているのか……いや、ないな。そこまで考えてはいないだろう。ミシャグジ」


 ころして。


「今から君にまじないをかける。君の襤褸切れのようになった『神としての存在』をこの地に繋ぎとめるためのまじないだ。これがある限り君はこの地を離れられず、逆にこの地がある限り君は消えてしまう事もない」


 やめて。ころして。


「私には、これから君の過ごす未来が少なからず見えている。心配しなくてもそれほど悪い事にはならない。死ぬより悪い事など存在しないのだから」


 ころして。ころして。


 ……………………………………………………


 あしおと が とおい

 なに も みえない


 だれも いない

 

         くらい

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る