第43話
驚いて反射的に声がした方へと顔を向ける。そこには制服姿の涼が呆然とした様子で立っていた。
「――下村? 誰もいないこと確認したのに、なんで」
舌打ちと共に理亜は呟きながらキャップをさらに深く被る。涼はそんな彼女には気づかないのか「崎山さん、なんでこんなところにいるの?」と近づいてきた。そして理亜の隣に立つと「え、誰?」とその顔を覗き込む。理亜は顔を背けたが、どうやら無駄だったようだ。
「ウソ……」
涼は目を大きく見開いた。
「あなた、宮守さん? え、なんで? 本物? そんなはずないよね。だってあなたのお葬式だって――」
混乱した様子の涼の声が公園に響き渡る。理亜は慌てて「ちょっとうるさい」と素早く涼の口を手で塞いだ。
「静かにしてくれない?」
涼の耳元で理亜が低く言う。苦しいのだろう。涼は理亜の腕をバンバン叩きながらもがいている。
「静かにする?」
涼が何度も頷いたのを確認して理亜はそっと手を離した。
「ちょっと、鼻まで押さえることないんじゃない? 死ぬかと思ったんだけど」
「そりゃ悪かったね」
悪びれた様子もなく理亜は謝る。涼は何度も大きく肩で息を繰り返しながら「昨日も同じようなことされた気がする」と呟いた。理亜が問うように音羽を見てくる。音羽は苦笑して「それより」と立ち上がった。
「なんで下村さんがここに?」
「お前、まさか音羽をストーカーしてんじゃないだろうな」
瑠衣もその場に立ち上がりながら疑わしそうに涼を見ている。涼は不愉快そうに顔を歪めた。
「そんなことするわけないでしょ」
「いや、信じられないね」
「なんでよ!」
「お前、監視魔だもん」
すると涼は深くため息を吐いて「実家が近いのよ」と言った。
「実家? ほんとか?」
「だから、なんでウソつく必要があるの。向こうの横断歩道を渡った先にあるの。家、今は誰もいないから空気の入れ換えに来たんだけど、喉渇いちゃったからコンビニに行こうとしてたところ」
でも、と音羽は首を傾げる。
「下村さんって理亜と同じ中学だよね? 地元ってここじゃないんじゃ……?」
「ああ、中学までは祖父母のところにいたから」
「そうなの?」
「うん。うち、親が海外赴任してるから。義務教育の間は祖父母のところにお世話になってたの。実家も祖父母が管理してくれてて、だけど二人とも高齢だからあまり甘えられないと思って、高校はこっちを選んだの。家の掃除とかなら、わたし一人でもなんとかできるから」
「へえ……」
そう声を漏らしたのは瑠衣だった。彼女は意外そうな表情で涼を見ると「お前、わりとしっかりしてんのな」と言う。
「あなたに言われても嬉しくないし、褒められてる気もしないわ」
涼は嫌そうに顔をしかめると「それで?」と腕を組んで理亜へ顔を向けた。
「宮守さん、あなた本物なの?」
しかし理亜は答えず不思議そうな顔で「瑠衣のこと知ってんの?」と言った。
「え? ああ、うん。昨日、崎山さんの部屋にいるところを見つけたから」
「ふうん……」
理亜が呆れたような表情で瑠衣に視線を向ける。瑠衣は肩をすくめた。
「学校にはバレてないから平気だって」
「いや、ていうか、そんなことはどうでもいいのよ。ねえ、宮守さん。あなた本当に本人なの?」
はぐらかされたと思ったのだろう。涼がグイッと理亜の肩を掴んだ。しかし理亜は彼女から顔を逸らしたまま俯いてしまう。
「……崎山さんの様子がおかしかった原因って、あなただったのね」
それでも理亜は答えない。涼は理亜の肩から手を離さないまま「わたし、知ってるからね」と強い口調で続けた。
「あなたとそっくりな、香澄美琴っていう子のこと」
その瞬間、理亜がパッと顔を上げた。そして彼女の手を払いのけると「音羽?」と鋭い視線を音羽へ向けてきた。
「勘違いしないで」
涼が再び理亜の肩を掴む。そしてグイッと自分の方へと理亜を振り向かせた。
「わたしが勝手に調べたの。まあ、崎山さんに香澄美琴っていう名前の子を知らないかって聞かれたことがきっかけだったけど」
理亜は眉間に皺を寄せて涼を睨んでいたが、その視線をゆっくりと音羽へと移した。音羽は「ごめん」と謝る。それしかできない。まだ事情を知らなかったときのことだ。それでもきっと、理亜は音羽以外には知られたくなかったのだろう。たとえ香澄美琴という名前だけであっても。
「……ったく」
理亜はため息交じりに呟くとキャップのツバに手をやって顔を俯かせる。すぐ近くを観光客らしき女性二人組が通り過ぎて行った。二人が離れるのを待ってから、涼は「話してくれない?」と静かに口を開く。
「どうしてあなたが生きてるのか。どういう状況なのか」
理亜は俯いたまま「ここじゃ嫌だ」と息を吐くように言う。
「人がいないところがいい」
涼は理亜の肩から手を離すと周囲を見渡した。音羽も同じように視線を周囲に向ける。さっきよりも少し人の数が増えた気がする。ちょうど飼い犬の散歩コースにでもなっているのだろう。犬を連れた者が多い。
音羽たちのような女子高生がこの時間に集まっているのは珍しいのかもしれない。時々、こちらへ視線を向ける者もいるようだった。
「わかった」
涼は頷くと一歩先へと足を進める。
「わたしの家ならいいでしょ? 誰もいないから」
その言葉に理亜は微かに頷く。そして無言のまま、涼の後ろに続いて歩き出した。
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