第13話
寮には各部屋にシャワールームが備えつけられているが、水圧が弱すぎるので音羽は基本的に大浴場を利用している。大浴場の使用時間も食堂と同じく部屋番号ごとに決められているのだが好んでシャワーを使う生徒も多いので、今日のように指定時間以外に行っても空いていることがほとんどだった。
音羽はいつものように手早く入浴を済ませて部屋に戻る。すると、さっきまでベッドに寝転んでいたはずの瑠衣がテーブルの前に座っていた。
「起きたの?」
しかし瑠衣は答えない。よく見ると、彼は膝にタブレットを置いたまま眠っているようだった。どうやらタブレットの画像を眺めながら寝落ちしてしまったらしい。
音羽はため息を吐いて入浴セットを床に置くと彼の膝からタブレットを拾い上げて瑠衣の顔を見つめる。あどけない顔で眠る瑠衣は、こんな体勢でも熟睡しているのか起きる気配がない。
起こした方がいいのだろうか。しかし、かなり疲れている様子だった。起こすのは可哀想な気がする。かといって座らせたままというわけにもいかない。音羽はベッドへ視線を移した。瑠衣を持ち上げてベッドに寝かせることができるかどうか、しばらく脳内でシミュレーションしてみる。
「……うん。無理」
そんな腕力があるわけもない。音羽はため息を吐くとタブレットをテーブルに置いて瑠衣の肩を揺すった。
「瑠衣くん。起きて」
しかし起きない。ただ返事をするように低く唸っている。音羽は瑠衣の顔を覗き込みながら「瑠衣くん、起きてってば。こんなところで寝ないで」とさらに声をかけた。
「寝るならちゃんとベッドで――」
そのとき、強い衝撃を受けて音羽は尻餅をついた。ギュッと身体を締めつける柔らかな温もり。気づけば、すぐ目の前に瑠衣の顔がある。彼は目を閉じたまま音羽に抱きついていた。
「ちょ、ちょっと、瑠衣くん!」
しかし彼はやはり低く唸るだけだ。間違いなく寝ぼけている。
「もう、ちょっと! 離れ――」
「――理亜」
ふいに聞こえた悲しそうな声。音羽は言葉を呑み込んだ。
「理亜」
瑠衣の口が微かに動く。夢でも見ているのだろうか。夢の中でも、理亜がいなくなってしまったのだろうか。瑠衣の肩が微かに震えていた。
「まったく……」
音羽は何度目かのため息を吐くとそっと彼の背中に腕を回してポンポンと叩いてやる。理亜がそうしてくれたように。
こうして触れ合って改めて感じる瑠衣の身体の細さ。中学生にしてはやはり小柄だと思う。
小さな身体は温かくて柔らかい。すぐ近くにある幼い顔は悲しそうに歪められている。その肌は真っ白で、まるで人形のようだ。頬をくすぐる柔らかな髪からはシャンプーの香りがした。
「瑠衣くん。起きて」
耳元で囁く。すると彼の頭が少し動いた。
「……ん。理亜?」
彼の身体が動いて音羽から離れる。薄く瑠衣の目が開いていた。
「違うよ。理亜じゃない」
微笑みながら音羽が答えると、彼は眠そうに瞬きをした。そして眉を寄せながら音羽の肩に手を置いて動きを止める。やがてようやく目が覚めてきたのか「なんだ、音羽じゃん」と欠伸をしながら言って音羽の肩から手を下ろした。
「呼び捨てなの?」
音羽は苦笑しながら「ほら、肩貸してあげるから立って」と瑠衣の右腕を肩に回す。
「寝るならちゃんとベッドで寝て。風邪ひかれると迷惑だから」
「うん」
まだ寝ぼけているのか、素直に頷いた彼は音羽に体重を預けながら立ち上がった。そして促されるままベッドに転がるようにして倒れ込むと、そのまま寝息をたて始めた。音羽は彼に布団をかけてやりながら浅く息を吐く。
「ちょっとびっくりした……」
寝ぼけていたとはいえ、男の子に抱きしめられたのは初めてだった。まだ胸には瑠衣の身体の柔らかさと温もりが残っている。
「んー……」
瑠衣が眩しそうに顔をしかめて布団の中に潜り込む。音羽はそんな彼を見て自然と微笑んでいた。
「まあ、まだ子供だからいっか」
一人呟きながら音羽は瑠衣が眠るベッドのカーテンを閉めてやった。
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