第六集「対決」

 今朝、朝日の眩しさに目が覚めたとき、彼女はいなかった。

 起き上がったら、脱いだはずの彼女の衣装が肩からずり落ちた。

 昨夜、俺はあのあと――。


 情けない。恥ずかしい。ずっと一人で苦しんでいる彼女に、泣き言を言ってしまうなんて、合わせる顔がない。せめて――。

 


「ここで最後か」

 清鳳はそう呟いて、とある小路に立った。

 特に混み合う中央部からは遠い、いわば市の外れにある小路で、並ぶ露店は作りも行き交う人も、明らかに貧しい感じがした。


 進んでいくと、やけに人が集まる店があった。四柱に布を被せただけの露店で、もうもうと湯気が立ち上がっている。「最近話題の拌麺屋って、ここか」清鳳が呟いた。その言葉通り、店の外にみっしりと並べられた長机に、空きはなさそうだ。

 客はみな、椀に山と盛られた麺と野菜と肉に、机上に置かれた醤油と辣油を豪快に混ぜ、勢いよく啜っている。

 客はくたびれた衣の男ばかり。そんな中で小綺麗な女装姿の琳瑯は明らかに浮いていて、客たちは一様に好奇の目を向けてくる。しかしそんな不躾な視線にひるむことなく、その一人一人を琳瑯は凝視した。


 清鳳が「あ」と声を上げるのと、自分を見て顔色を変えた男を琳瑯が見つけたのは、ほぼ同時だった。


 勢い良く立ち上がった書生風の男は、逃げるように客を掻き分けていく。琳瑯は裙子スカートの裾をたくし上げると、「ごめんなさい!」言いながら遠慮なく机に上がり、驚く客の肩に手を置いてその頭上を飛び越え、男の背後に迫った。


 ガッとその腕を掴み、「取引したい。今晩あの廃寺で待ってるよ」


 驚きと困惑の表情で振り返った男は、琳瑯の髪に挿した簪に目を留めた途端、息を呑んだ。だけど琳瑯が力を緩めたのを逃さずその腕を振り払い、「貴様、待て!」と清鳳が追いついたときには、その姿は雑踏に消えていた。

 清鳳は悔しそうに「逃がした!」と吐き捨て、何度も首を振る。


 琳瑯は静かに言った。

「でも、ヤツが都にいると分かりましたから。――きっともうすぐ、カタがつきます」



 

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