第五集「一緒に」

「やあ」

 翌日。正午に向かった西市の門前、手を振りながら近づいてきたのは、清鳳だ。

 昨日、小吃店を出た後、清鳳と一緒に西市の南半分を歩き、相禄を探した。今日は北半分を探そうと約束をしたのである。


 琳瑯は清鳳と並んで歩きながら、昨日、兄妹から聞いた話を思い出していた。


「三年前、相禄は仕事探しに地方からやってきた。ヤツが他の若者と同じように、受験生を真似た書生風の格好で歩く姿を見て、小妹が一目惚れしたらしい」


『私はすっかり彼にいれこんで、言われるまま彼が欲しがるものをあげた。彼のために何でもしたかったの。彼を合格させてあげたかった』


「小妹に好きな男ができたことはすぐに分かった。出かけると言っては、着ていく衣装に悩む姿を、微笑ましく思っていたよ。だけど――小妹が、自分の持ち物を売っているという話を教えてくれた人がいてね。調べたら、ヤツが偽受験生だって分かった。父が手切金と引き換えに小妹と別れるよう迫ると、ヤツは同意した。あっさりとね」


『私は連日部屋にこもって泣き暮らしていたから、見張りの目が緩むことが度々あったの。その隙をついて、私はひそかに彼に会いに行って、一緒に行くって言ったの。――あの日、私は鼓声が鳴り出して閉店作業に忙しい家人の目を盗んで、家を抜けだしたの』


「僕たちは小妹を傷つけたくなくて、ヤツに騙されていたことを言わなかった。小妹は家族に無理やり引き裂かれたと思い込んで、ヤツについていってしまった」


『ここに着いたとき、彼の姿はなかった。彼を探して、あちこち歩きまわるうちに、井戸に近づいたの。そしたら背後から――』



「どうしたの? 怖い顔して、具合悪い?」

 声にはっとして琳瑯が顔をあげると、清鳳が心配げにこちらを見下ろしていた。

「大丈夫です。ちょっと考えごとをしていて」

「それならいいけれど。もう少し歩いたら、少し休もう」

 清燕を思わせる柔らかい笑みを見せる清鳳の肩越しには、気持ちが浮き立つような、初春の青空があった。

 傍らから突如朗らかな笑い声。目を向ければ、往来の人はみな楽しげに笑い、おいしそうに食べ、生を謳歌しているようにみえる。


 だけど清燕はずっと、暗い水の中に沈んでいるのだ。ただ一人――「恨」の感情に囚われたまま。



「彼を見つけるまで、誰にも言わないで」

 清燕は、射し込む青白い月光よりもずっと冷えた色をした目で琳瑯を見据えた。

 これまで見てきた邪気のない笑顔が嘘のようだった。否、あれが本来の彼女の姿なんだろう。だけどその邪気なさを利用され、思いを踏みにじられたからこその、今なのだ――琳瑯はたまらなくなって、

「君が亡くなってるって分かれば、家族はきっと相禄を訴えて、ヤツは罰を受ける。もうそれでいいじゃないか。こんなところで一人、寂しい思いをする必要なんかない」

「そうよ。私は一人でずっと寂しかった。だから彼をつれていくの。引きずってでもね」

 そんなことしたら君は、相禄と同じになってしまう――そう口にしようとして、やめた。きっと「それが何?」と、彼女はさらりと言うだろう。

 

 そんな言葉、彼女には言わせたくない。


「寂しくなければいいんだ。じゃあ……」

 琳瑯は一つ大きく息を吐いた。

「俺が一緒に逝くよ。俺にはもう家族もいないし、これから一人で生きてくなんて正直ちょっとキツいなって思ってた。俺が自分の意思でついていくなら、君は悪くないし、寂しくもない」

 清燕が痛ましいと思ったのは本当。

 そして、ふとしたときに襲い掛かってくる、「いや、もう無理だろ」という気持ちも。


 だから、清燕と一緒に逝けるなら、どんなにいいか――。

 

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