第四集「真相」

「――君は本当においしそうに食べるね。見てるとこっちまで幸せな気分になる」


 都名物の白麺に、白米が贅沢に使われた粥、生姜のきいた具材たっぷりのスープ、クコの実などの漢方を詰めて柔らかく煮た鶏肉など、目の前には都名物がこれでもかと並べられている。

 冷えて、すっかり硬くなった焼餅ナンと水しか口にしていなかったから、柔らかく温かいものに飢えていた琳瑯は、あちこちの皿に手を出しては、にんまりしてしまう。

 清鳳はといえば、自分の食事はそっちのけで琳瑯の給仕をし、次々と注文をしている。おかげで琳瑯が満足して箸を置いたときには、まだ相当の料理が残っていた。


 しかし清鳳はなんら頓着せずに店の者を呼んで卓上を片付けさせ、食後のお茶を頼む。あれだけあれば何日分の食料に――そうは思うがどうしようもない。「有金かねもちが人にご馳走するときは食べきれないほど用意するのが礼儀」という信じられない話を聞いたことあるけど、本当だったんだなと思いながら、琳瑯は勧められるまま運ばれてきた茶に手を伸ばした。温かい茶は、爽やかな苦みがあり、口中をさっぱりとさせてくれる。


 腹は満たされ、喉は潤った。次は――。


「あの、妹さんのお話ですが――どうして、家出されたんですか?」

 琳瑯が尋ねると、穏やかに笑っていた清鳳がにわかに表情を収め、ふっと目を伏せる。僅かに口元を歪め、

「それが……。悪い男に騙されてしまってね」

 「騙された?」予想外の言葉に、琳瑯は思わず眉を寄せる。

「でも相手は受験者でしょ? 最終試験まで進むなんて優秀だし、悪くない相手じゃ……」

 茶碗に口をつけようとしていた清鳳だったが、ふとその手を止めた。

「あれ僕、相手は受験者って言ったっけ?」


 しまった! 琳瑯は慌てて、

「三年前って、ちょうど今と同じく受験期だったから、そうかなーと」

 苦しい言い訳を苦しい笑みでごまかしてみる。すると清鳳は何度も頷き、

「なるほど。君鋭いね、その通りだよ。――ただ、実は違っていたんだ。妹も、僕たち家族も、ヤツは受験者だと信じていたけれど」

「――どういう意味ですか?」

「ヤツは受験者じゃなかった。受験者のふりをして妹を騙してたんだ」


 鼓声を聞きながら、琳瑯は廃寺に戻った。

 「おかえりなさい」気づいたら、柔らかい笑みを浮かべて清燕が傍らに立っていた。着替え終わるのを見計らっていたかのようだ。

 相変わらず青白いが、月光を受けているからそう見えるのだと言われれば、そうだと思える。今日の成果を聞きたくてうずうずしている彼女の、まるで邪気のないまっすぐな目を見たら、帰り道に固めてきたはずの心が揺れる。


「君のお兄さんに会って、全部聞いた。君は騙されていた」

 真実を告げて、男探しは諦めさせる。そうして清鳳あににこの場所を教えて、きちんと弔ってもらう、そのつもりだった。

 だけどいっそ黙ったまま、彼女に勘違いをさせたまま清鳳に清燕の居所を教えて、弔ってもらった方がいいのではないか。俺のことを恨むだろうけれど、今さら真実を知って何になる。これ以上、無理に辛い思いをしなくたって――。


「その包みはなあに?」

 清燕に言われて、琳瑯は手にした包みの存在を思い出した。琳瑯は黙って、それを彼女の目の前で解いて見せた。

酥餅クッキーじゃない! 私これ大好きなの」

「知ってる。礼物おみやげにってそれをくれたの、君のお兄さんだから」

 すうっと清燕の目が細くなり、表情が消えた――と思ったら、口元に妖しく艶めかしい笑みを浮かべ琳瑯を見つめ返してくる。


 これは、誰だ――背筋がぞっとした。


「それならもう、隠し立ては無用ってことね。そう、私は相禄に騙されて――殺されたの」


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