第三集「まさかの出会い」

 琳瑯りんろうが目指すのは、西市。様々な店が集まる、都一の繁華街だ。昨日の焼餅ナン屋もある。

 ありとあらゆる人が集まる西市ここでなら、きっと男――相禄そうろくと言うそうだが――にも会えるはず。そう踏んでのことだった。


 だが。


「……これは拷問」

 正午と同時に店が開く西市に足を踏み入れた琳瑯は、思わず呟いた。


 ごったがえす人・人・人、そしてあちこちに満ちる様々な食べ物の匂い――「さあ都一うまい肉包が蒸しあがったよ!」の声に、人々がわっと集まり、もうもうと煙を上げている「烤羊肉シシカバブー」の店先では、焦げた肉と香辛料の芳しい匂いにつられた人々が行列を作っている。

 母が残した銅銭は、今、腹を満たしたら全てなくなるほどしかない。先が分からないのに、一銭たりとも無駄には使えない。

 きゅうと情けなく腹が鳴る。がっくり膝をつきたくなるのをこらえ、琳瑯がふらふら歩き出した、そのときだった。


 いきなり背後からガッと肩を掴まれ、凄い力で後ろを振り向かされる。そこには、琳瑯より一回り大きな男がいた。逆光で、顔はよく見えない。


 長めの上衣に褲子ズボンという軽装ながら、随分と質のいいものを着た青年だった。彼は琳瑯の肩を掴んだまま、琳瑯をじっと見下ろしている。

 

 まさか相禄? 琳瑯が期待を込めて見つめ返すと、青年は突如相好を崩し、

「ああ失礼。余りに美しい方なので、つい」


 ――なんだ。ただの軽薄子かよ。

 琳瑯は迷いなく踵を返し、スタスタと歩き始めた。

 すると、「ちょっと待って!」慌てふためいた声とともに、なぜか彼が追いかけてきた。


「ごめん、失礼をお詫びするよ。ただ君のその衣装が、三年前に家出した妹のものにそっくりだったから」

 琳瑯はピタリと足を止める。思わず目を向けると、彼はほっとしたように続けた。

「あ、挨拶もしなくてごめん。僕は、柳清鳳りゅうせいほう。この先にある衣装屋『柳屋』の息子なんだ」


 まさか身内が釣れるとは――琳瑯は大いに動揺する。

 逃げたい。でもそんなことしたら、却って怪しまれる。


 ここは――。


「その、家出中の妹さんって……」

 頑張って高めの声を出してみた。が、

「大丈夫? 声掠れてるけど。今日は風も強いし、このまま立ち話もなんだから、一緒にお昼でもどう? お詫びがてら、この先にあるおいしい店でご馳走するよ」


 ついていったのは、決して空腹だったからではない。のだ。

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