第二集「お願いごと」
「……まさか、
翌日。
ここは世界有数の都として名を馳せる広大な
焼餅屋で並んでいたとき、城市の南側は誰も寄り付かないって話を耳に挟んだから、ほんの一晩だけ、休むつもりだったのに。
「ごめんなさい、あなたを脅かすつもりはなかったんだけれど……」
昨夜出会った娘は「
ではあるのだが――。
「もう三年か、そんなになるんだ……」
清燕は、天上を目指す月を見上げながら、唇を尖らせた。そのうえ、足をぶらぶらさせ始めている。
かわいい娘だな――先ほどの恐怖心は何処へやら、琳瑯は青白い横顔を見ながら、そんなことを思ってしまった。こんなに愛らしいなら、きっと大事に育てられたに違いない。
何だか気の毒になってしまい、
「これも何かの縁だから、俺が家の人に知らせてあげるよ。そうしたら君も家に帰れるし、家の人も――安心する」
気づいたら琳瑯は、そう口にしていた。
ああ俺、また余計なことを。明日をも知れぬ身だというのに、人(鬼)の心配をしてる場合か! 思ったけれど、もう遅い。
だが、琳瑯の提案に清燕は首を振った。そして言ったのだ。
「家族より先に知らせて欲しい人がいるの」
彼女が家族より先に知らせて欲しい人というのは、男だった。
男は中央官僚を目指し、難関の地方試験に合格し、超難関の最終試験受験のため都にやってきたのだという。そこで二人は出会い、恋に落ちた。しかし貧しい地方出身の男との恋を、大店の当主である彼女の父は、許さなかった。
男は最終試験に落ち、二人は男の故郷へ駆け落ちすることにした。そして待ち合わせたのがあの廃寺。だが先に着いた彼女は誤って井戸に落ち、死んでしまったという。
「きっと約束の場所にいなかった私を、裏切り者だと思っているに違いないわ。大好きな彼に誤解されたままかと思うと、辛くて……」
あれから三年、今年も最終試験の年である。都に来ているだろう男に真実を伝えたい――それが清燕の望みだった。
「でも、全土から集まる受験生の中から彼を探すって……」
「それなら、いい方法があるの」
それで、
足元に目をやる。
ボロい布靴を隠す丈の長い紅梅色の
上衣は菜の花色、凝った刺繍の施された袖口と襟は、裙子と同色。結い上げた髪には蝶を模した、何故かこれだけ安っぽい
琳瑯が井戸端でつまづいたのは、清燕が家を出た時に持ち出した着替えの包みだったのだ。彼女の衣装と、男から贈られたという簪を身に着けて城内を歩き回っていれば、向こうから声をかけてくるはずと言われたときは、いや無茶だろ――そう思った。
だけど「名案でしょ!」と目を輝かせる彼女を前に、琳瑯はその言葉を口にすることはできなかった。
追い打ちをかけるように、とりあえずと着せられた衣装は、多少の窮屈さ、短さは感じたものの、そこまで不自然な感じもなく、清燕に「かわいい!」とまで言われる始末。
嗚呼、都でも、そう言われてしまうのか……もう怒りやら情けなさやらは通り越して、笑うしかない。
琳瑯は溜息混じりに、「分かった、俺は何をしたらいい?」ついさっき、何事にも首を突っ込んでしまう自分を反省したことを忘れ、そう、彼女に尋ねていた。
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