第二集「お願いごと」

「……まさか、ゆうれいが出るなんて……」

 翌日。琳瑯りんろうは一人、大路を北上していた。


 ここは世界有数の都として名を馳せる広大な城市まちだったが、人々は皇城やいち近くに住もうと北へ北へと移り住むようになった。結果、南に行くほど住民の数が減り、荒廃が進んだ。建物や壁が崩れ草木が伸び放題になるにいくにつれ、ワケありの死体だの凶悪犯だのがいると噂が立ち、さらに人は遠のいた。


 焼餅屋で並んでいたとき、城市の南側は誰も寄り付かないって話を耳に挟んだから、ほんの一晩だけ、休むつもりだったのに。



「ごめんなさい、あなたを脅かすつもりはなかったんだけれど……」

 昨夜出会った娘は「清燕せいえん」と名乗り、基壇の片隅、琳瑯の隣にちょこんと座った。心底申し訳なさそうに肩を竦めた彼女は、大きな目が印象的な少女だった。しかし濡れた髪をまとわせる青白い姿は、明らかに人ならぬものではある。


 ではあるのだが――。


「もう三年か、そんなになるんだ……」

 清燕は、天上を目指す月を見上げながら、唇を尖らせた。そのうえ、足をぶらぶらさせ始めている。


 かわいい娘だな――先ほどの恐怖心は何処へやら、琳瑯は青白い横顔を見ながら、そんなことを思ってしまった。こんなに愛らしいなら、きっと大事に育てられたに違いない。


 何だか気の毒になってしまい、

「これも何かの縁だから、俺が家の人に知らせてあげるよ。そうしたら君も家に帰れるし、家の人も――安心する」

 気づいたら琳瑯は、そう口にしていた。

 ああ俺、また余計なことを。明日をも知れぬ身だというのに、人(鬼)の心配をしてる場合か! 思ったけれど、もう遅い。

 だが、琳瑯の提案に清燕は首を振った。そして言ったのだ。

「家族より先に知らせて欲しい人がいるの」


 彼女が家族より先に知らせて欲しい人というのは、男だった。


 男は中央官僚を目指し、難関の地方試験に合格し、超難関の最終試験受験のため都にやってきたのだという。そこで二人は出会い、恋に落ちた。しかし貧しい地方出身の男との恋を、大店の当主である彼女の父は、許さなかった。

 男は最終試験に落ち、二人は男の故郷へ駆け落ちすることにした。そして待ち合わせたのがあの廃寺。だが先に着いた彼女は誤って井戸に落ち、死んでしまったという。

「きっと約束の場所にいなかった私を、裏切り者だと思っているに違いないわ。大好きな彼に誤解されたままかと思うと、辛くて……」

 あれから三年、今年も最終試験の年である。都に来ているだろう男に真実を伝えたい――それが清燕の望みだった。

「でも、全土から集まる受験生の中から彼を探すって……」

「それなら、いい方法があるの」


 それで、女装コレだよ。


 足元に目をやる。

 ボロい布靴を隠す丈の長い紅梅色の裙子スカート

 上衣は菜の花色、凝った刺繍の施された袖口と襟は、裙子と同色。結い上げた髪には蝶を模した、何故かこれだけ安っぽいかんざし

 琳瑯が井戸端でつまづいたのは、清燕が家を出た時に持ち出した着替えの包みだったのだ。彼女の衣装と、男から贈られたという簪を身に着けて城内を歩き回っていれば、向こうから声をかけてくるはずと言われたときは、いや無茶だろ――そう思った。

 だけど「名案でしょ!」と目を輝かせる彼女を前に、琳瑯はその言葉を口にすることはできなかった。

 追い打ちをかけるように、とりあえずと着せられた衣装は、多少の窮屈さ、短さは感じたものの、そこまで不自然な感じもなく、清燕に「かわいい!」とまで言われる始末。

 嗚呼、都でも、言われてしまうのか……もう怒りやら情けなさやらは通り越して、笑うしかない。


 琳瑯は溜息混じりに、「分かった、俺は何をしたらいい?」ついさっき、何事にも首を突っ込んでしまう自分を反省したことを忘れ、そう、彼女に尋ねていた。

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