第3話 僕はプレゼントをもらった。

 長時間ソリに乗っていることはなく、数秒空を駆けると、窓から部屋へと入る。その繰り返し、これなら自転車とかのほうがまだコスパがいいんじゃないかとも思うけど、ソリ以外の乗り物になっているサンタさんを想像すると、嫌な気分になった。


「次はここじゃな」


 最初は躊躇っていたこの窓からの侵入も慣れちゃった。

 部屋に入ってカチュウシャをつける。


--お人形セット


 この子のものだと思われる声でそう頭に響く。


「この子は何が欲しいんじゃ?」


 サンタさんには聞こえないこの声を代弁する。


「お人形せっ--」


--大きいぬいぐるみ


「えっ?」


--お姫様の服


 それ以外にもどんどんと同じ声で頭に響く。


「んじゃ?どうした?」


「……この子、欲しいものがいっぱいあるみたいです」


 別におかしなことでもないのかな。欲しいものがたくさんあるのは小さい子供ならではだと思う。だけどこの夜では初めてのパターンだった。


「そうか。だが、ワシらは一つしかあげることはできない。必ず一つじゃ」


「なんでですか?」


 確かに、サンタさんに頼めるのは一つだけだって暗黙の了解みたいなものがある気がする。でもいっぱいももらった方が嬉しい決まってる。

 

「なぜワシらが子供たちにプレゼントをあげると思う?」


「さ、さあ?」


「それは子供達が一年を良い子に過ごしたことへの褒美だからじゃ。あげなくてもダメ、多すぎてもダメじゃ。一個。それがこの子へらを次の一年を過ごさせる」


 サンタさんの言い分は納得できそうだったけど、難しいなとも思った。僕はやっぱり多くもらったほうが嬉しいから。


「少年よ、決めるんじゃ。この子にあげるものを」


「そんな……」


 誰かの欲しいものを選べ、なんてどうでもいいとも思うかもしれないけど、この子からしてみれば酷な話で、どれもこれも一番欲しいものに違いない。全てを貰えるなら大喜びだけど、この中から一つしか貰えない。その時点でこの子が落ち込むことが想像できる。

 そして、僕が選ぶものによって明日の笑顔の種類が変わるなんて想像すると、さらに気分が重い。


「誰も少年を責めたりはせんよ」


「……」


 今日はクリスマスだ。起きた時には一番の笑顔をしてもらいたい。サンタさんの言うように僕は一般人にすぎないのに、そんなことを考えていた。


「ほれ」


 萎れた袋を渡してくる。僕はそれを受け取って目を落とす。


 --お人形セット

 --大きいぬいぐるみ

 --お姫様の服

 -- etc……


意を決して、僕は袋の中に手を入れて、それを取り出した。

 これでいいと思った。

 片手では待ちきれないそれをベッドにもたれ掛けさせた。


「クマのぬいぐるみか」


「はい」


 僕が取り出したのは一メートルくらいの大きさのクマのぬいぐるみだ。

 首にプレゼント用のリボンが巻かれている。


「んじゃ、次行くぞ」


 僕は夜よりも暗いクマの目を窓から出るまでずっと見ていた。

 ソリになると鈴を鳴らして光のトナカイは駆ける。

 夜景にはもはや興味はなかった。


「なぜ、ぬいぐるみだったんじゃ?」


 サンタさんは前から目を逸らさずにそう僕に尋ねる。思いもしていなかったから答えるまでに間が空いた。


「えっと……」


「いや、なに、ああ言う子供は少なくない。今までも経験しておる。でもワシは一番最初に聞こえた物を選ぶ。だから少年がお人形セットではなくぬいぐるみを選んだことが気になったんじゃ」


 どうして、か……


「……ずっと思い出になって欲しいと思ったからだと思います」


 僕はさっきの場面を思い返しながら、整理するように答えた。


「お人形はそのものに寿命はなくても歳を重ねていくうちに遊ばなくなっていく。服もそうです。いつか着れなくなっていきますよね。そうなったら捨てられて、今日を忘れていきます。でも、ぬいぐるみならボロボロになろうとも、きっと他のものよりはずっとあり続けると思ったんです」


 一緒に遊ぶことは無くなっても部屋のインテリアとしてそこにあり続けるかもしれない。その度に今日のことを思い出してくれる。

 喜んだ日を忘れることは悲しいなって僕は思ったんだ。


「大きなお世話だったんですかね。やっぱり一番最初に聞いたものが一番欲しかったものなんですかね」


「さぁな。ワシたちの役目はプレゼントを届けることじゃ。子供達の朝起きた時の顔は見れない。その点で言えばやりがいはないのかもしれん。でも、見れないからこそ確実に喜んでもらえる物を届けるんじゃ。少年はその喜びを明日に限定させず、この先の遠い未来まで想像した。それが間違ったこととはワシには思えん」


「……」


 ぬいぐるみも欲しかったものには違いないから、喜んでくれるのは事実。だけど僕が想像した未来も保証しているわけではない。でもそうなったらいいなって僕は思うんだ。


「んじゃ、次で最後じゃな」


「え、もう終わりなんですか?もっと全国を回るんだと思ってました」


「そんなの重労働ではないか。日本では労働基準法っていうのがあるんじゃ」


「いや、でも……じゃ、どうするんですか?」


 僕の家に来る前に他の家を回りきっていたとしても無理がある気がする。


「ワシの担当地区はお終いということじゃ、他にもサンタはおるから心配無用じゃ」


 まさかサンタさんが複数いるなんて……その事実になんかショックを受けた。


「んじゃ、着いたぞ」


 そうこうしているうちに最後の家に着いた。僕はその家を眺めると、


「え?ここ、ですか?」


「んじゃ」


「でも、ここって……」


 他の家に比べると地上から離れたところにある窓に僕は驚きを隠さなかった。

 だってここは、僕の家だ。


「間違ってはいないぞ」


 考えてみれば僕はまだプレゼントをもらっていない。僕を送り届けることも考えれば、最後にここに戻ってくるのは当然だった。

 でも、


「でも、まだ免許証見つけてないですよ?」


 有耶無耶になっていたけど、最初の目的はサンタさんが落とした免許証を見つけることだった。結局最後までそれらしいものは見つからなかったけど。


「ああ、いいんじゃ。それで」


「どうしてですか」


「言ったじゃろ、プレゼントは一つしかあげられないんじゃ」


 急におかしなことを言う。それが免許証と何か関係あるんだろうか。そもそも僕はまだプレゼントはもらっていないし。


「僕、まだプレゼントもらってませんよ?」


 急にボケたのかな?


「いや、あげたよ」


 少し考えてみるけど、やっぱり何かをもらった記憶はなかった。


「言ったじゃろ。ワシたちサンタの姿は見た人が見たい姿じゃと。ワシがこの姿で少年の前に現れたのは少年が願ったことなんじゃ」


「えっ……?」


 今まで雲に隠れていた月が顔を出し始める。サンタさんの顔が月明かりに照らされて見えにくかったものが徐々に見えるようになる。


「少年は、なぜクリスマスの夜に起きていたんじゃ?いつもよりも早く寝る子供たちが多いと言うのに。何か考え事をしていたんじゃないか?」


「……」


「その考え事をしている時にたワシが現れたんじゃな。これは失敗した。申し訳ない」


 さっきまで見れていたサンタさんの顔を見れなかった。だってサンタさんは———


「少年は多分お姉さんのことを考えていたんじゃな」


「……はい」


 僕はあのときお姉ちゃんのことを考えていた。

 歳の離れていたお姉ちゃんは僕とよく遊んでくれた。一人暮らしを始めてからもクリスマスには帰ってきた。

 けど、今年は無理だった。

 二週間ほど前にお姉ちゃんは事故に遭った。命は取り留めたけど、今でも病院で寝たきりだ。親は変わりばんこで病院に通っている。今日だってそうだ。

 お母さんと二人っきり、会話の少ない夜を過ごした。

 僕だってお姉ちゃんは心配で仕方がない。クリスマスなんかどうでもいい。ただ、またお姉ちゃんと遊びたい。一緒にいたい、それだけ。だから、


「少年が欲しかったのはお姉さんとの思い出じゃったんだな。だから、ワシから免許証もビスケットも出なかった」


「だから僕を連れ出したんですね」


「んじゃ、この姿で少年と過ごすことがプレゼントになった」


 どんな顔をすればいいのかわからなかった。確かにお姉ちゃんと遊びたかったのは事実だけど、サンタさんはお姉ちゃんじゃない。


「そんな顔しないでくれ。ワシだって少年におもちゃのプレゼントをしたかった。こんなことワシも初めてじゃ」


「……」


「ほれ」


 サンタさんは僕にとある紙切れを突き出した。両手でそれを受け取ると、視線を落とした。それはサンタさんと撮った写真だった。トナカイのコスプレをして目を閉じている僕と、歯を見せてピースをするサンタさん。それはまさしくサンタさんのコスプレをしたお姉ちゃんそのものだった。


「……っ!?」


 サンタさんは子供の反応を見れない。だから確実に喜ぶ物をあげる、と。写真を手にした僕はそんな言葉を思い出した。

 写真に映る僕とお姉ちゃん。それはこの夜が見せてくれる奇跡の写真だった。


「もうすぐで日が上る。特別な時間は終わりじゃ。あと数時間後にはいつもの日常が訪れる。だからもう、おやすみ」


 僕は写真がシワだらけになるくらい指先に力を込めた。


「……こんなプレゼント、もらったことないです。……今までで一番のプレゼントです」


「なら、よかった。ワシもまさかプレゼントをあげた子供の顔を見ることになるなんてな。……報われた気がするな」


 斜め上を見ながら言うサンタさんに僕は何も言えなかった。ただ満足感に溢れていた。


「お別れじゃ」


「……来年も会えますか?」


 僕が聞くとサンタさんは笑った。


「無理じゃ。本来ワシたちはこうして姿を現すことはない。会うことはもうないじゃろう。でも、いい子にしていれば絶対に行くから、次の一年も良い子でいることじゃ」


「はい」


 こんなにも良い子であることを意識したことはないと思う。

 たった一回のご褒美のために僕は頑張れるんだ。

 ソリから降りようと窓に手をかける。最後にもう一度サンタさんを見た。

 やっぱりお姉ちゃんがコスプレをしているようにしか見えなくなっていた。

 名残惜しそうに僕が見るものだからサンタさんは一瞬笑みを浮かべた後に、

 

「大丈夫だよ。私は帰ってくるから」


「……!!」


 おじいちゃんのような口調だったのにこの時だけ変えた。それはまさしくお姉ちゃんだった。

 それだけで僕の不安は無くなった。

 部屋に入ってからもサンタさんを見る。僕が手を振るとサンタさんも手を振ってくれた。そして、言葉を交わさずにサンタさんはトナカイの手綱を引いて今宵の夜に消えていく。遠くなる鈴の音が聞こえなくなるまで僕は目を離さなかった。





 僕の部屋には写真がある。

 あの夜サンタさんがくれた写真。そしてもう一枚、その隣にトナカイの僕とサンタさんのコスプレをしたお姉ちゃんの写真。

 僕はこの写真を見るたびにこの夜のことを思い出す。ずっと、ずっと。

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クリスマスの夜に 平椋 @kangaeruhito

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