第2話 僕はトナカイになる。

 サンタさんが言うと、否応言わせず、右手を横に勢いよく突き出した。シャランシャランと手首につけられていた小さな鈴が夜の世界に響き渡る。

 たった一回の振りで何回も耳の中でこだました。

 すると僕の周りに風が吹き荒れた。咄嗟のことで手で顔をガードする。師走だというのに不思議と寒さは感じなかった。これもクリスマスのせいなのかな?

 おさまったところで目を開けると、


「わぁ……!!」


「驚いたじゃろ」


 そこにはソリがあった。サンタさんが乗っているような赤い大きなソリだった。

 でも、ソリというよりは人力車の方がイメージしやすい。形はまさにそれだった。


「これはイメージ通りか?」


「……はい」


 目の前ににあった豪華な造りのソリに目を奪われて、返答に身が入っていなかった。

 ソリの次に目を引くのが、そのソリを動かす動力。二匹のトナカイ……?


「トナカイ……なんですか?あれ」


 そこにいたのはトナカイの形に集まっている光の粒子だった。ちゃんとトナカイっぽい動きをしているけど、本物とは言えないし、まず生きているかも難しいところだった。


「少年よ、よく考えてみるんじゃ。本物のトナカイが空を飛べると思うのか?」


「それは、そうですけど」


 なんか、いきなり現実の話になった。

 あれ?クリスマスのせいは?


「こやつらに名前はない。ただ、ワシらの手伝いをしてくれる。な?」


 サンタさんの問いかけに答えるように首を動かす光のトナカイ。なんか首を振った気もするけど。


「こ、これ乗っていいんですか?」


「乗らんとプレゼントを届けに行けんじゃろ」


「で、でも免許証ないのに乗って……っわ!!」


 僕が言い終わる前にサンタさんは僕を軽々持ち上げて、有無を言わさずソリへと投げた。


「よいっしょっと」


「うわっ!!」


 意外にもふかふかな座席に驚きながらもお尻を擦る。


「んじぁ、行くぞ。振り落とされることはないと思うが風はちゃんと感じるからの」


「うわっ!!」


 返答する前に手綱を引っ張った。それに呼応して光のトナカイが駆け出した。

 せめてちゃんとした姿勢に整わせてから出発して欲しかったな。変な体勢のままだったからあまり座席にフィットしてなくて不安定だった。けど、今更動くのも怖かったからそのままだ。

 ソリは早いスピードで夜の空を駆け抜ける。

 風はすごい、けれど体を押すほどの力はなかった。振り落とされることはないと言っていたのはこういうことなのかな。


「目はちゃんと開いているか?この景色は格別じや、もう二度と見られないから焼き付けておくがよい」


「はい……」


 夜景とはいっても今はクリスマスの深夜。電気なんてついているところは少なかった。真っ暗とは言わないまでも綺麗というわけでもない。

 でも確かに、こんな経験はジェットコースターや観覧車でも味わえないものだと思った。

 免許の有無は関係なく、ここまでされたら流石に信じるしかない。この人はサンタさんだ。


「ところで、今はどこに向かってるんですか?免許証落としたなら、こんな空の上にはないと思うんですけど」


「ああ、次の子供の家じゃ。プレゼントを届けるついでに見つけたいところじゃな」


「え、でも新しく行くところにあるわけないじゃないですか」


「大丈夫じゃ」


 何が大丈夫なのかわからなかったけど、僕より物事を知っているのはサンタさんの方で、サンタさん言うのなら、きっと大丈夫なんだろうと、無理やり納得させた。


「到着じゃ!!」

 

「え?もうですか?」


 とあたりを見渡すと僕の家からそう離れていなかった。だって僕のマンション見えるし。なんなら近所だ。


「さっきすごい走ってたと思ったのに」


「パフォーマンスじゃ」


「えぇー」


 また夢のない話をする。もしかして僕より現実に生きてるんじゃないの?このサンタさん。

 子供部屋につながっているであろう窓にソリを近づける。ジャンプしたら届きそうなところまで来たところで、


「どうするんですか?」


「少年よ、これを着るんじゃ」


 と手渡された茶色のモコモコとしたルームウェアのようなもの。

 首を傾げながら受け取ると、それが何かを確認した。


「……」


 間違いなく上下一つになったつなぎ型のルームウェアだった。クリスマスらしくトナカイの。


「……」


 目線だけで、どういうことか聞いてみる。けれどもサンタさんも何も言わずにクイクイっと顎で「着ろ」と急かすだけだった。

 幸いにもパジャマの上から着れるのでこの場で着ることにした。

 裸足の裾から出して、袖を通した。寒くはなかったけど、裏起毛のおかげで暖かくなる。

 サイズは僕にピッタリだった。

 そして再び、


「なんですか、これ」

 

「見た通りトナカイになれる服じゃ!!」


「何のために⁉︎」


「雰囲気作りじゃ!!」


「いりますか!?それ!?」


「当たり前じゃ、サンタは子供たちに夢を与えるんじゃからの」


「それが、こんな手軽じゃ夢も何もないですね」


「だから雰囲気作りじゃ。実際子供は寝ておる時間じゃし見られることないじゃろ」


 そっか。普通なら寝ている時間なんだ。こんな時間まで起きている子供は僕くらいだったのかな。


「それと、ほれ」


 サンタさんはルームウェアのフードをぎゅっと被せる。目深に被らせるから、視界が暗くなる。


「ちょ、ちょっと何するんですか!?」


「いや、こっちの方がよりトナカイになりきれると思って」


「……なんか恥ずかしいです」


 僕の格好は鏡がないから見えなかったけど、このトナカイのルームウェアを着ている自分を想像すると恥ずかしさが込み上げてきた。


「……」


「可愛い反応するんじゃな。やっぱりまだ子供じゃな」


 追撃するサンタさんの言葉に身を捩った。僕はこういうのを着る人間じゃないのに……。


「少年、目をとじろ」


「……」


 訝しげな表情をするとサンタさんは、


「そんな怖い顔しなくてもいいじゃろ」


「……はい」


 渋々目を閉じると僕の頭に何かを乗せる感覚があった。フードの上から何かに挟まれている気がする。これはいったい……?


「目、開けるなよ」


「は、はい」


 もう、何かをする気配はなかったけど、サンタさんは頑なに「目を開けていい」とは言わなかった。


--ゲームのソフト


 どこからかそんな声が聞こえて、思わずその声のありかを探した。


「何か言いましたか?」


 少し高く幼いこの声の主がサンタさんじゃないのはわかっていたけど、思わず聞いてしまった。


「いや、ワシは何も言っとらん」


「そうですよね。もっと幼い声でしたから」


「何じゃと?まるでわしが年寄りみたいな言い方じゃないか!!」


「ち、違いますよ」


 不意に言葉が漏れてしまった。

 サンタさんも十分に若いけれど、もっとその声音は幼かった。


「あの、もう目開けていいですか」


「ダメじゃ」


「どうしてですか」


「それは一見、ただの可愛いカチュウシャだが、その実不思議な力が備わっている」


 あ、カチュウシャなんだ、これ。

 両手で頭部に付けられたれその形を把握する。なんかツノのような突起がある。


「それは人の心がわかるんじゃ。と言っても限定的で、詳しくいえば寝ている子供の心が読めるんじゃ。それで子供の欲しいものがわかるって寸法じゃ」


「えっ……すごい」


 確かに、耳から捉えられる空気振動の音じゃないくて、脳に直接響いてくる。

 そんな夢のようなアイテムを僕は今身につけているのか。


「でもそれは負荷が大きい。そりゃ脳に直接音を送っているんだじゃからな。だから余分な情報を遮らなければならない。五感の中でも視力は全体の約八割を占めていると言うじゃろ。だから目を閉じて視力を遮断することで、その分大きな情報をそのカチュウシャからもらっているんじゃ」


 夢のアイテムなだけに、代償と隣り合わせなんだ。今すぐにでもかながり捨てたい気持ちはあったけど、安易に外して更なる代償を取られても困る。


「目を閉じていても大体の場所や建物の構造がわかるじゃろう?」


 そんなサンタさんの言葉に気がついた。


「本当だ、目を閉じているのになんとなくわかる」


 視力ではなく頭に入ってくる。周りの風景が。


「それは音じゃ。イルカは特殊な波長の音を出し、その跳ね返ってきた音で全体を把握しているという。それと同じじゃ。だから何かしらの音を出している限り、目が見えなくても、わかるんじゃ」


「もし、目を開けたらどうなるんですか」


「……死ぬ」


 外に出て初めて冷たさを感じた。

 僕は今死と背中合わせになっているんだなと思うと、先ほどよりもぎゅっと瞼に力を入れた。


「ほ、本当ですか?」


「冗談じゃ」


 冗談としては説得力がある話だったから間に受けてしまった。でも、よかった。死にはしないのか。


「でも、まぁ、開けないほうがいいのは確かじゃな。それをつけている間はな」


 するとカシャっとカメラが鳴った。


「なんですか?」


「いや、トナカイのカチュウシャをつけた少年があまりにも良いもので」


「サンタさんがつけたんじゃないですか」


「まぁまぁ、一緒に撮ろうじゃないか」


 そしてもう一度パシャリ、目は見れなかったけど確かにわかった。でも写真の出来栄えまではわからない。僕にはカメラの映像までは見れないんだ。

 でもきっと、サンタとトナカイのコスプレをした男女が写っているんだろうな。

 側から見ればクリスマスパーティのような一枚だけど、まさか彼女が本物のサンタだとは思わないんだろうな。

 僕は一度カチュウシャをとった。ふとした時に目を開けてしまいそうだったから。


「さて、そろそろ仕事をせねばな」


 窓の付近で憚らずに会話をしていた僕たち。中の人起きてないよね?

 それだけが不安だったけど、電気がつかないと言うことはそう言うことだ。


「でもどうやって入るんですか、って……え!!」


 僕が戸締りしてある窓を見てから振り向くとサンタさんはトンカチを持って思いっきり振り上げていた。


「ちょ、ちょっと!!破るんですか!?」


「冗談じゃ」


 そう言いながら笑い。トンカチをしまった。

 なんなんだこのサンタさん。


「それじゃ、改めて行こうか」


 ソリから白い大きな袋を背負ったサンタさん。

 再びどうやって?っと言う前にサンタさんはなんの躊躇いもなく窓に手をかけてスライドさせた。なんてことはない。ただ鍵が閉まっていなかったのだ。

 呆気に取られていたら僕にサンタさんは、


「もしかしてサンタは煙突から来るものだと思っておったか?少年よ、ここは日本じゃジャパンじゃ。煙突なんてある家の方が珍しい。てってことで、入りやすいようにクリスマスになると親御さんたちがこっそり窓を開けといてもらうんじゃ」


「そ、そうなんですか!?」


 僕の部屋にもそうやって入ったのかな。鍵を閉めて寝た僕の部屋にお母さんかお父さんが入ってこっそり鍵を開けたのか。


「ほら、早く忍び込むぞ。侵入は素早くやるのが鉄則じゃ」


「言い方悪すぎわせんか!?」


 もたつきながらも、窓からその家へと入った。なんか、あんまりいい気分じゃない。サンタさんという免罪符がなければ僕はただの不法侵入者だもん。

 

「さて、仕事じゃ」


 侵入に成功すると、窓の右側のベッドにすやすやと眠っている少女がいた。

 勉強机にかけてある赤色のランドセルが見える。小学四年生くらいかな?


「少年よ、ほれ」


「あ、はい」


 トナカイのカチュウシャを頭につける。すると、


--ゲームのソフト


 先ほど聞いた声と同じ声音で聞こえた。


「この子は何が欲しいんじゃ?」


「ゲームのソフトだそうです」


「んじゃ、少年この袋の中に手を突っ込んでその物を想像するんじゃ」


 カチュウシャを取ると、萎んだ白い袋を渡された。

 サンタさんといえばのこの白い袋。子供達の夢が詰まった、それを手にしている事実に僕の胸は高鳴った。

 でもなんか思ったよりも見窄らしい。シミができているし、破れたことがあるのか当て布で縫われているところもある。

 僕のキラキラとひかるイメージは一気に埃を被った。


「あ、なんか感触があります」


 サンタさんに言われた通りに女の子が望むゲームソフトを想像しながら袋の中に手を入れて弄る。すると、さっきまでなかったはずの手のひらに何かが触れる感覚があった。

 それをしっかり掴んで取り出すと、クリスマス用にラッピングされたゲームソフトのパッケージくらいの大きさの物が姿を現した。

 

「すごい……」


 再び目の当たりにする摩訶不思議な現象に僕は思わず呟いた。


「こ、これ本当にゲームのカセットなんですか?」


 ラッピングされているから中身はわからない。だから本当に僕が想像したらゲームソフトなのか不安だった。


「ああ、大丈夫じゃ」


 それをそっと枕元に置くと、まだ自信が持てないまま窓に足をかけてソリヘと飛び乗った。


「乗ったか?」


「はい」


「んじゃ、捕まっとるんじゃぞ」


 僕たちは次の家へと向かった。

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