クリスマスの夜に
平椋
第1話 僕はサンタさんに出会った。
「あ……」
なかなか寝付けないその夜に僕は物音を聞いた。閉じていた目を開くと、暗闇に慣れているせいで何が起きているのか瞬時にわかった。
--そこには女の人がいた。
あまりの信じられない光景に僕は目元を擦った。ありえない。そんなわけがない。ここは僕の部屋でそれ以外の人がいるなんて。
でも、擦っても擦っても目の前の女の人は消えてくれない。
あっちもびっくりしているようで固まっていて動こうとしなかった。
「ふほうしんにゅうしゃ……」
現実味がなさすぎて、つい呟いた。すると女の人は腰に手を当てて胸を張った。
「ワシは可愛い子供に夢と希望と欲しいものを届けるサンタさんじゃ」
腰まである長い髪を靡かせた。
サンタ帽子に赤色衣装に身を包んでいて、確かに世界共通のサンタさんそのものだけど……
「……」
よく、考えてみたらサンタさんは白髭が特徴的でぽっちゃりとしたおじさんのはずだけど。でも目の前ににいる人は性別は違うし、年齢だって相当の若作りをしていないと納得がいかない。
ということは?
「コスプレした不法侵入者?」
「だから、違うっていうとるじゃろ」
不審者は僕に近づいて軽く頭をチョップした。突然のことでそんなに痛くなかったけど、思わず頭を押さえた。
「はぁ、最近の子はサンタさんも知らんのか。これが時の流れか」
そんな独り言を呟く。
なんか、バカにされているような気がして不貞腐れながら言った。
「サンタさんは知ってます」
「なら、なぜわからない?どっからどう見てもサンタさんじゃろうが」
両手を広げてアピールしてくるけど、やっぱり僕が想像しているサンタさんと格好が一緒なだけでサンタさんではない。
「……」
僕が訝しげな目で見ていると、不審者さんは自分の身なりを確認する。両手をグーパーグーパー。見えないはずの背中を確認しようと首を伸ばす。
「……なるほど、そうきたか」
さっきの独り言とは違う、微かな声量で呟いた。何がなんなのか僕にはわからないままだ。
「あ、あの……?」
「少年、ワシは正真正銘本物の可愛いサンタちゃんじゃよ。ほら喜べ?」
ニコッと笑ってピースを決める黒髪ロングのサンタ(不審者)さん
「もっと胡散臭くなった……」
口調はお爺さんぽいけど、やっぱダメだ。僕にはサンタさんの真似事をしている不審者としか思えなかった。
「何をすればサンタだと信じでくれるんじゃ」
肩を落として、あからさまに落ち込んでいる。前髪が瞳を隠す。
これって僕が悪いのかな?
「何か証明できるものがあればいいんですけど……」
我ながら、不思議なことを聞いた気がする。でも、それくらいしか本物か偽者かなんて確かめる方法はないんじゃないかな。
「身分証明書とかないんですか?」
「サンタに身分証を求めるとは、可愛くない子供じゃの……免許証でも見せれば信じてくれるか?」
「め、免許証があるんですか」
「んじゃ、あるんだなーこれが!!」
まさか本当にそんなものがあるなんて。
サンタさんの免許証なんて、どんなものなんだろう。見てみたい。
僕が興味を示したことが嬉しかったのかサンタ(不審者)さんは表情を明るくして腰あたりを触る。
「持ってないとトナカイ乗れないからなー。えーとぉ?」
ポケットに手を入れて、空気を握る。一度手を出してぱんぱんと二、三回叩く。
「ビスケットでも出るんですか?」
「少年がそれを望むのならば、それもやぶさかではないんじゃが。えーとぉ」
再びポケットに手を入れる。「あれこっちじゃったか?」と誰かに言い訳をするように呟く。
ポケットの内側を引っ張って外に出すけど、お菓子の包み紙が虚しく落ちるだけだった。
「ほ、ほれビスケットじゃ」
それは確かにビスケットの包みであるけど、肝心な中身であるビスケットはなかった。つまりはゴミだった。
「これ、あなたが食べたやつですよね」
「……」
何も言わない。というか表情一つ変えない。
「冗談じゃ」
真顔で言われても。
「あの、免許証は……?」
僕は免許証が見たかった。興味本位だけど。それで目の前にいるのが本物のサンタさんだって信じられるかもしれない。
「……まぁ、まぁ、そんな騒ぐなって。一旦落ち着こう」
すると裏返したはずのポケットを戻して、また二、三回叩く。
「……まぁ、いっか。バレなければ問題ないじゃろ」
何かとても聞き捨てならないことを聞いた気がする。
「ないんですね……」
見たい気持ちはあったけど、ないなら仕方ない。
目の前の不審者さんをサンタさんだと証明するものも無くなってしまったけど、そもそも、僕は信じていなかったし。
でも、側から見れば僕は落ち込んだいるように見えたんだと思う。まぁ、少なくとも期待はしていたし、あるなら、みたいと思っていたから。
だからか、自称サンタさんは僕を見て、こう言ったんだ。
「少年、ワシの免許証を探すのに手伝ってくれんか?」
「はぁ?」
そんな唐突な提案に僕は顔を引き攣らせた。
「免許証無くしたんですね……」
「んじゃ」
「それを僕が探すんですか?」
「切にお願いします」
土下座をする自称サンタさん。長い黒髪が綺麗なカーブを描いた。
僕は半ば諦めていた。だから、投げやりになりながらずっと気になっていたことを聞いた。
「あ、あのどうして、そのおじさんじゃないんですか」
そもそも僕がサンタさんだと信じられないのはそこだ。サンタさんは恰幅の良いおじさんだと相場が決まっている。
「失礼なことを聞くんじゃな。じゃが、良い。説明してやろう」
サンタ(自称)さんは立ち上がって、痺れていた足を伸ばした。
「ワシたちサンタという存在は実在していないんじゃ。その時、見た人によって形を持ち、見たい姿になるんじゃ。つまりワシのこの姿は……欲求不満な少年の頭の中が生み出した姿ということじゃな。ちょっとワシからもう少し離れてくれんか」
両手で自分の体を守る仕草をとる。侵害にも程がある。
「僕の中でのサンタさんのイメージは全国共通だと思うんですけど」
「まぁ、まぁ気にすることはない。そんなことより免許証探しに行こう」
「え、ちょ、ちょっと!!」
サンタ(自称)さんは僕の手を強引に取って窓枠へと引っ張る。
「えっ--?」
あれ?そういえば僕窓閉めてたよね?
サンタ(自称)さんを見た時から、僕の部屋の窓は空いていて外の風がカーテンを靡かせていた。
僕は寝る時はいつも窓を閉める。なのに、開いていた。
サンタ(自称)さんは窓枠に足をかけると躊躇うことなく暗闇の支配する空に踏み出した。
手を引っ張れる僕もそれにつられて、恐怖を感じる隙もなく投げ出される。
「うぁぁぁぁぁ!!」
「今宵は、一夜限りの特別な日じゃ。不思議なことが起こるのもご容赦願うぞ」
そんなことを言っても僕はそれどころじゃなかった。
安定しない体は風の影響を受けて、ぶらぶらと揺れる。上昇するわけでもない体は二十階建ての高さをただ落下していく。
恐怖は暗闇に紛れて、やがて僕に辿り着く。
残念ながら、今日は曇りで月の光の居所は知らない。僕の行く末は真っ暗ということなのかな。
目を閉じて口にぎゅっと力を込めた。
このまま地面に激突して死ぬんだろうか。
--すると、下から突風が吹いた。
それは僕の体を押し上げ、いつのまにか僕のマンションよりもはるか上まで上昇していた。
「え、何これ……?」
風が僕を優しく包んでいるようだった。
恐る恐る目線を下に向けた。
まばらではあるけれど家やビルから漏れる光が夜の世界を微かに照らしていた。
そして、僕はそんな世界を上空から眺めていたんだ。
「……」
僕の足元には何もない。けれども地面を歩くのと変わらない、何かの上に立っている、確かな感覚があった。
「どうなって……?」
「言ったじゃろ、今宵は特別な日だって。摩訶不思議なことが起きても、それは全部クリスマスのせいじゃ」
「そ、そんな……!!ほ、本当に……!!」
今日が特別だからで済ませられるほどのことじゃない。
「全く可愛げのない子供じゃのー。それくらいまかりとおらんか?」
呆れられてしまった。それが僕の心にちくりと刺さって押し黙らせた。もう、魔法だのを本気で信じる程幼くないんだよ。
「ほら、復唱してみろ。『今日起こることは全てクリスマスのせい』はいっ」
未だ納得いってないけど、今日は僕を引っ込めることにした。
「今日起こることは全てクリスマスのせい」
「んじゃ」
ただ復唱しただけなのに、気持ちがスッキリした。暗闇がやけに明るく感じた。
「では、行こうー」
十二月二十五日とあるマンションの一室でなんの因果か、僕は自称サンタさんに出会い、これまたなんの因果かドジっ子サンタさんが無くした免許証を探すことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます