第2話 どうして好きなの?
実家に帰ったり梨沙と遊んだりしていたらいつのまにか夏休みは終わり、後期授業が始まって夏休み前と変わらない生活を送っていた。ただ1つを除いては。
「最近新岡君の姿見かけないね」
そう。梨沙の言う通り、夏休みが明けて2週間経つにも関わらず新岡君の姿を見かけないのだ。授業にもいないし私にスイーツをくれることもない。真面目で授業には必ず出席している彼が2週間も大学に来ないのは明らかにおかしい。連絡先を知っているものの、自分から連絡する勇気は無かった私は、梨沙とともに三輪君達に話を聞きに行った。
「新岡?」
三輪君たちは、新岡君はどうしたのか、という私の質問を聞くと急にみんなで顔を見合わせた。どう答えるべきか迷っているようだった。しばらくして、こう返事が返ってきた。
「あいつ、今バイトしてる」
「バイト?」
「ああ。金欠だって言って」
「悪いけど俺らから詳しいことは話せない。でも、明日は大学来るって言ってたぞ。だから明日会えると思うけど」
「今日、どこで何時までバイトしてるか知ってる?」
「ああ、ここだよ」
そう言って新岡君の現在地を教えてもらった。そこはここから2時間ほどかかるところで、バイトの終了時刻まで後3時間。授業に出ていたらもしかしたら新岡君と入れ違いになってしまうかもしれない。連絡する、ということを思いつかなかった私は、荷物を持って教室を飛び出していた。
「ちょ、紫織?!」
「ごめん、私今日は帰る! また明日!」
明日では遅い、今日会わないと。そう思った私は初めて授業を欠席して彼の元に向かったのだった。
現在17時前。新岡君のバイトが終わるまで後数分。彼が出てくるのを今か、今かと待っていた。すると。
「え、山野さん?」
声のする方を振り向くと新岡君がいた。でもその姿は夏休み前とだいぶ変わっていた。頬はやせこけ、服はぶかぶか。明らかに体重が減って栄養が足りていない顔をしていた。
「新岡君? ごめん、三輪君達に場所教えてもらって、来ちゃった」
「いや、大丈夫。どうしたの?」
「色々聴きたいことあるけど、それよりご飯は?」
「あー、昨日の朝から食べてない」
「噓でしょ?」
私は新岡君が倒れたらいけないと思い、まずファミレスに行って夕食を食べることにした。
「ありがとう。助かった。中々飯食えてなかったから。お金は今度返すよ」
2時間後、夕食を食べ終えた私と新岡君は、ゆっくり話をするためにカラオケに来ていた。
「どういたしまして。お金はいいよ。今までのスイーツのお礼」
「ああ、ありがとう。それで、どうしてバイト先まで来たんだ? 明日は大学に行くつもりだったし、それ俺の友達から聞いただろ?」
「うん、聞いたよ。でも、今日じゃなきゃだめだって思って」
「そうか。それで、どうしたんだ?」
「夏休み明けてから1度も大学に来てなくて。どうしたんだろうってお友達に聞いたらバイトしてるって言ってたから」
「そうだよ。もしかして心配だった?」
「うん、心配だったし、なんか会いたくなって。なんで大学行けなくなるくらいバイトしていたのか聞きたくて。私のせいだったらどうしようって思ったらいてもたってもいられなくなったから」
「そうか。それで、本当に聞きたいのか?」
「うん。良ければバイト以外のことも全部」
「全部?」
なぜずっとバイトをしていたのかもそうだけど、なぜ私が好きなのか、なぜネットに出ていないスイーツのお店のことを知っているのか、なぜ知り合いなのに友人からの紹介という形をとったのか。新岡君に一歩踏み出せなかった原因をはっきりさせたくて、全部彼に言った。すると。
「へえ。それって割と俺のこと好きじゃん」
新岡君は嬉しそうにそう呟いた後、すぐに真剣な顔になってこう言った。
「全部話すよ。良くない話もあるけど」
そう前置きした彼は、小さい時のことから話してくれた。
「俺、双子の弟がいるんだ。そいつは、成績優秀、スポーツ万能、性格良し、それに加え誰もが振り返るほどにイケメン。欠点なんかないくらい完璧なんだ。一方俺は違う。イケメンでもないし勉強もスポーツもそこそこ。どちらかというと目立ちたくない性格なんだ。まあ、双子で性別が同じで真逆の人間ってなったら、劣っている方はいじめられるんだ。小学校の時はひどかった。いじめられない日は無いってくらいいじめられてたよ。中学に入っても変わらなかった。回数は減った分、内容が悪化したよ。先生に言っても駄目だった。主犯の父親がどこかの会社の偉い人だから手を出せないって。まあ、家族には隠してたから助けてくれる人は誰もいなかった。弟は見て見ぬふりだったしな。
そしたらある日、ある女子が助けてくれたんだ。その日は弟の陸上の大会の応援のために競技場にいたんだ。競技場って死角がたくさんあっていじめにはうってつけの場所だった。中学の同級生が普段以上に俺をいじめていた。中には、周りがいじめているからそれに乗っかってストレス発散している奴もいたけどな。もう限界、ってなったとき、知らない女子の声が聞こえたんだ。『なにしてんのあんたら!』って。安心して意識が飛んでその後のことは詳しくは知らないんだが、その子の声を聞いて飛んできた、のちに友人となる三輪が教えてくれたよ。ある女子が動画撮影をした上であいつらを一喝した、襲い掛かってきたあいつらを投げ飛ばしていたってな。動画見せてもらったけど、すごい格好良かった。俺はあの子に助けられたんだ。でも俺は声しか知らないし、三輪も顔は分かったけど名前は分からないって言うし、試合に出ていたわけでもないし誰にも名前を告げていなかったらしく、誰だか分らなかったんだ。でも、俺は彼女のおかげで救われた。顔も名前も知らないけど恋に落ちたんだ。
それからずっと探していたけれど見つからず、途方に暮れていたら大学で山野さんに出会った。そしたら三輪が、『あの子だ!』って。大人びているけど顔が同じだっていうから。その大会に言ったか聞いたら、お兄さんの応援に行ったって言ってたし。運命だと思ったよ。大学で初恋の子に会えるなんて。でも勇気のなかった俺は、友人としての関係は築けてもその先に行けなかった。今の山野さんも好きになって、恋人になりたいと思った。それでスイーツ好きって知ったから雑誌とかネットとか、実際に色々な場所に行っておいしそうなスイーツのお店を見つけたりしていたけど、それを口実に山野さんに話しかけることも出来なかった。そしたら三輪が、『このままじゃ何もなく卒業、就職になるぞ。だから一肌脱ぐ!』って言って紹介する、って言ったんだ。俺は最初断った。『知り合いだから紹介しなくていい』、って言ったら、『紹介すれば、恋愛対象として意識してくれるかもしれないだろ?』って。それで三輪に説得されて、前ああいう風に山野さんに声を掛けてくれたんだ」
新岡君の話を聴いて、その時のことを思い出した。兄が出場する陸上大会について行って兄の出番まで暇だったからうろうろしていたら、いじめられている人を見つけて思わず乗り込んだのだった。その後は親に『危ないことをしないの。大人を呼びなさい』と怒られた。その時の両親がとても怖かったからその出来事を忘れていたみたいだ。その時の私をかっこよかったと言ってくれた、それで救われたと言ってくれて、その時の私の行動が間違いでは無かったと言ってくれているようで嬉しかった。
「そっか。そうだったんだね」
「そう。それでバイトのことだけど、まじで金欠なんだ」
「それって私のせい?」
「違うよ。親に仕送りやめるって言われたんだ。親は俺と弟のことを差別せずに育ててくれていた。いじめが発覚するまでは。いじめが分かってからは弟優先になった。いじめられるような息子は可愛くないんだろうね。食事はくれるし学校に通わせてくれるけど、俺に使うお金があるなら弟に使いたい、って言って、服は弟のおさがり、習い事なんてさせてもらえない。大学は私立に行くなら自分で学費を払えって。まあ、大学まで通わせてくれているから感謝してはいるよ。でもこの前、弟が留学したいって言うから、俺への仕送りをやめるって言ってきた。弟にお金を使い過ぎている両親は、俺への仕送りを続けたら自分たちが生きていけなくなると思ったのかもね。今までも最低限の仕送りしかしてくれていなくて、かつかつだったから貯金なんて無いし。やばい、と思ってバイト入れまくっていた。そしたら大学に行く暇がなくなって、今に至る、ってこと」
新岡君から語られる今までの人生に正直驚いた。想像していなかった経験をしてきたのだと知ったと同時に彼を抱きしめていた。
「や、山野さん?」
「あのね、こういうこと言うのが正解か分からないんだけど、生きていてくれてありがとう」
そう言って私はしばらく彼を抱きしめていた。
その後、我に返った私は新岡君から勢いよく離れた。ごめん、と謝ったら、いいよ幸せだわ、と返ってきたけど。
「そういうわけでしばらくスイーツあげられなくてごめん。でももう再開できそう」
「ううん、もういらない」
「えっ?」
「新岡君、ごめんなさい。私あなたの好意に甘えていたの。好きだ、って言ってくれたのに、色々考えて勝手に不安になってて。ちゃんと新岡君に聞けば良かったのに、それで関係壊れたらどうしようって。何も言わなければこのままスイーツもらい続けられて話せるんじゃないかなって」
「それでいいのに。落とすためにあげてるし」
「うん、新岡君ならそう言うと思ったけど、でも、私は新岡君を知りたい、それで好きになりたいの」
私は新岡君の目をしっかりと見つめて思っていることを話すことにした。
「私、中学生の時に好きな人に可愛くないって言われて。それで自信なくして新岡君と向き合わずに逃げてたの。でもスイーツくれるから何も言わなくて、すごいずるい人なの。私は新岡君を知りたい。スイーツをくれる人じゃなくて、あなた自身を知っていきたいの」
「分かった、そう言ってくれて嬉しいよ。じゃあこれからはもっと話そう。俺も山野さんのこともっと知りたいし。俺が恥ずかしくて自分のことほとんど話してなったしな」
「そうだね。私も恋愛に前向きじゃなくて男子に自分のことあんまり話そうとしてなったし」
「ああ。それから、さっき自分のことずるい人って言ってたけど俺もずるいから。気にしなくていいよ」
「え?」
「山野さんが、強く頼まれたら断れない性格だって知ってて、最初強引にいったんだよね」
「そういえばそうだったね」
そうして私たちは時間が来るまでお互いのことを話していたのだった。
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