私は転生トラックである

かんたけ

私は転生トラックである

 異世界転生、と言う言葉をご存知だろうか。

 平凡な主人公が死んでしまい、異世界に転生するアレである。

 主人公の死因は様々で、中には何のモーションもなく、気づいたら転生していたというのもザラだ。


 しかしながら、異世界転生の殆どは、トラックに轢かれてから始まる。

 何故、ここまで言い切れるのか。


 ーーそれは、私がそのトラックだからである。


「かー!! ったく、お袋は心配しすぎなんだよ。姉貴じゃあるまいしさあ! 俺だって立派に、社会人やってるっつーの!」


 駐車場、私の中にある運転席に腰掛けたおっちゃんが、お茶を煽って酔っ払いのフリをした。

 彼の目の下には隈ができており、限界ドライバーという感じだ。1年間休みなし、夜勤有りのまあまあブラックな仕事。彼の仲間には、5年間休みのない者もいるらしいので、彼はまだラッキーな方だろう。おっちゃんは、スルメイカをエナジードリンクで流すと、「残業サイコー!」と白目で言っていた。


 私はつい3年前に作られた比較的新しいトラックである。機種はさほど重要では無いので割愛しておく。

 このおっちゃんは、私の第三十代目の運転手だ。前に運転していた29人は、全員漏れなく刑務所にいる。罪状は、業務上過失致死傷罪。人を轢き殺しちゃったアレである。

 私の体内に備えられた運転席の性能が良いのか、はたまた休みがないからか、運転手は皆、居眠り運転をしてしまうのだ。結果、私は29人の罪のない一般人を轢き殺してしまった。お悔やみ申し上げる…。


 最初の被害者は、猫を庇った少年だった。

 恐らくは塾の帰り道、横断歩道で轢かれそうになった猫を庇って、少年は刎ねられてしまった。


「猫…さん、無事でよかった……」


 優しい台詞だが、私は知っている。

 彼の鞄に、女物の下着が入っていたことを。跳ねられた際にバッグの中身が飛び出してしまったらしい。地面に転がった桃色のパンツに、私は微妙な気持ちになった。

 恐らく、この近くにある女性用のアパートから盗んできたに違いない。猫を発見する少し前、挙動不審な動きをしていた。

 自分の欲に目が眩んだ哀れな若人が、最後には良いことをして死んだようだ。猫を庇っていた時は、「すまない少年…」とない歯を噛み締めたが、下着を見てからは「少年…」と蔑みの目線を向けた。


 私はトラックなので、人間に対して同情はない。しかし、少しの罪悪感を抱くのは、私が元人間だったからだろうか。




 次の被害者は、社会人女性だった。

 彼女はふらついた足取りで信号無視をして横断歩道を渡り、私に轢かれてしまった。


「推しの…更新……まだ…」


 血塗れになりながらスマホに手を伸ばす様は、一種の狂気を覚えた。ホーム画面に表示されたのは、最近流行りの乙女ゲーム。私の三代目ドライバーの娘さんがハマっていたものだと後になって気づいた。




 人を二人引いたあたりから、私は「殺人トラック」として巷で有名になった。なんとも不名誉な渾名である。私ではなく、私を運転した者たちに言うべきだろうに。

 三代目からは、私の担当になった者たちは皆顔を両手で覆い、「終わった…俺の人生終わった…」と絶望するようになった。

 いつ自分がしでかすのか怯え、安全運転だったものの、1週間もすれば慣れる。「何だ普通のトラックじゃん!」と笑った側から事故を起こし、ショボくれた顔をして警察のお世話になるのがいつもの流れだった。



 転機が訪れたのは、10代目のドライバーが来てからだ。

 彼は豪運らしく、半年は人を轢かなかった。この記録は、現在も破られていない。


「たとえお前が呪われてても、お前は俺の相棒だからな!」


 洗車の際、そう言って笑った彼は、3日後に痴漢で捕まった。

 何でも、電車通勤の途中で好みの女を見つけてしまったらしい。「あの子は俺の天使!!」とほざきながら逃走し、警察に連行されたと、十五代目が言っていた。十五代目は、十代目が痴漢をした女性の兄だった。

 話を聞いた時は、「お前、嘘だろ!?」と衝撃だったが、人間誰しも過ちはあるのだろう。十五代目は、痴漢のニュースを見るたびに舌打ちをしていたが…。


 因みに、そんな十五代目も、スマホ運転で人を轢いてしまった。




 私に轢かれた人間たちが転生をしているのに気づいたのは、つい最近、二十五代目のドライバーが着任した時である。

 夏の暑さの残る初秋。彼女に振られた腹いせに飲酒運転をしていた二十五代目の目の前(正確には私の目の前)に、佇む青年がいた。

 慌てて急停止した私たちに気づかず、彼は驚愕に目を見開いている。


「あれ…僕、もしかして、元の世界に戻ってきてる!?」


 何を言っているのだと、彼を知らなければ呆れただろう。しかし、私は彼を知っていた。


 1番初めに私に轢かれた、下着泥棒の少年だ。2年ほど時間が経っているからだろうか。成長期だったらしく、あどけない若者から、背の高い若者へと成長していた。

 二十五代目が慌てて私から降り、青年の元へ駆け寄る。


「君、大丈夫かい!?」

「は、はい。大丈夫、です…」


 二人は互いに頭を下げ合い、低姿勢で別れた。その際、彼の薬指に光る、どう見てもこの世のものでは無い禍々しい指輪を、私はしかと捉えた。異世界帰りの話に、信憑性を感じた。

 まさか、下着泥棒の少年が異世界帰りだったとは。


 あり得ないと思いつつも、そのあり得ない現象は、多岐にわたって続いた。



 あれは、二十六代目が私を運転していた時のこと。

 またもや信号無視の少女が現れたのだ。急停車する私。目の前の少女の手には、スマホが握られていた。

 制服姿の少女は、冷や汗を拭ってスカートの砂を払う。震えていたのは死ぬ恐怖からかとも思ったが、どうやら違うようだ。


「…危ねー。また転生するところだった…。もう、あんな世界には行きたくねえ。イケメン怖い、イケメン怖い。乙女ゲーはゲームだからよかったんだ。所詮私は金のなる木。あの悪魔どもにとっては顔が良くても道具と同じ…」


 ガタガタと震える少女。もしやと思いスマホの待受を見ると、かつて私が弾いた女性が遊んでいたゲームの表紙に、鉛筆か何かでぐしゃぐしゃに落書きされたものが映っていた。…一体、異世界でどんな目に遭ったんだ彼女は。


「だ、大丈夫ですか!?」

「あ、はい。大丈夫です。面倒をおかけしてすみませんでした。帰ります」

「は、はあ」


 まるで、怨霊のようだ。

 親指の爪をかみながら夜の闇へ消えていく少女に、私と二十六代目はある種の恐怖を覚えた。



 それからも、私の前には度々、異世界転移か転生してきた者たちが現れては去っていった。中でも危険だと思ったのが、異世界で無双してきた感じの人間たちである。


 「やはり、この世界の体だと魔法の制御が難しいな」とか、

 「早く、あの世界に帰ってみんなを助けなくちゃ!」とか、

 「あれは、夢…だった? いいや、違うはずだ。彼らとの記憶は、確かに僕の中にある」とかを呟いては去っていく。

 正直やめてほしい。私のドライバー全員が怖がっているんだ。やるなら人気のない裏路地とかにしてくれ。それはそれで怖いけども。


 年月を経ずにして私は確信した。

 私が轢いた者たちは皆、異世界に転移か転生していると。

 殺人トラック改ため、転生トラック。何なんだこの機能は。正直いらん。何でよりにもよって、轢き殺した人間たちを再び見なければならないんだ。

 向こうはトラックなど気にもしないだろうが、それでも精神衛生上悪い。トラックとはいえ、私だって気まずさや居た堪れなさは抱くんだ。

 もし、私に音声機能がついているのなら言ってやりたい。「貴方一年前に私に轢かれた人ですよね?」と。どんな顔をするのかとても興味がある。


「ふんふふーん」


 第三十代目のおっちゃんは、今日も元気そうだ。先ほどもエナジードリンクを摂取し、血走った眼で気力を漲らせていた。


 シンシンと雪の降る道。高速道路を静寂が駆け抜けていく。

 信号の多い交差点のあたりで、お仲間が見えた。私よりも大型のトラックだ。積荷は何だろうか。普通の宅配にも見える。

 彼らも、夜勤は大変だろう。労ってやれないかとは思ったが、トラックなので何もできない。


「…は?」


 瞬間、おっちゃんが目を見開く。


 スローモーションだった。


 前方のトラックの車体が、ゆっくりと傾いていく。観察すると、運転手が船を漕いでいた。側にはコーヒー飲料。大方、カフェインの力が足りなかったのだろう。

 トラックはそのまま吹雪に煽られてスリップし、こちらまで飛んでくる。


「…」


 あまりの事態に、おっちゃんは反応できない。ハンドルを握る手を硬直させ、ただトラックが突っ込んでくる様を見つめることしかできなかった。

 逃げろよ、おっちゃん。

 トラックが私に衝突し、私は横転した。タンクに穴が空き、横の腹から炎が吹き出す。エアバッグが作動したようで、奇跡的におっちゃんは無傷。壊れたドアを蹴り飛ばし、慌てて私から出たようだ。

 これは、修理できるか怪しいな。このままいけば私は延焼かスクラップだ。


「大変だ…」


 青ざめるおっちゃん。

 ふと、生前の記憶がチラついた。


 私がまだ人間だった頃、よく花火をしては庭を燃やし、怒られるのを怖がって、私に泣きついてきた人がいた。

 面倒くさかったので適当にあしらおうと思っていたが、「姉ちゃん助けて」と、私のスカートを涙ながらに引っ張る姿に、なんだかんだ絆されていた気がする。

 彼の表情と、おっちゃんの顔が重なる。記憶よりもだいぶ老け込んでいたけれど、不安そうな表情はあの頃と変わっていない。

 …そうか。

 おっちゃんは、私の弟だったんだな。


(大きくなったなあ)


 死んでから寝覚めるまで、結構な時間がかかってしまったようだ。

 すっかりオッサンになった弟を眺めて、感傷に浸る。もう人間ですら無いが、最後に弟の働く姿を見れたこと、弟を守れたことを誇りに思った。


(元気でやれよ、三十代目。我が弟よ)


 体内に熱が籠っていく。私は静かに目を閉じる。


(じゃあな)


 私は爆発し、意識を失った。






 

 子守唄が聞こえる。

 歌詞は認識できないけれど、優しい女性の声だ。視界が滲んでいて、よく見えない。

 だが、自身が生物であることは、自分の泣き声でよく分かった。


(…転生、したのか) 


 事故を起こしたのは、あちらのトラックだったか。

 トラックだった私は、同じトラックに轢かれて再び生物に転生したらしい。


(…ぐふ、ぐふははは)


 トラックがトラ転しとる。

 失笑を禁じ得ない。私が何の生物なのかは置いておいて、機械が動物になったというのも面白い。終始真顔だが、内心では意外とゲラゲラ笑っていた。



 私の両親は、一体どんな生き物なのだろう。

 その謎は、私が1歳の頃に解かれた。


「うおおおん!! 推しがあ! 推しがカッケェよおおお! 我が娘も超プリティ! ジャスティス世の中あああ!」

「ママは忙しいみたいだから、今日は、パパの冒険団をお話しするね。こことは別の世界なんだけど、とても、楽しかったんだ」

「あーうー」


 テンションが高いな、両親よ。昨日は祖父母に預けて二人でリフレッシュしてきたようで、気力が有り余っているようだ。


 母が崇めているのは、私がトラックだった頃に流行っていた乙女ゲームの最新版。

 父のポケットには、何故か母の下着が詰まっていた。

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