第1話 【中学時代】映画館
俺は今日卓志と二人で映画を見にきており、鑑賞中の恋愛映画はクライマックスに差し掛かっていた。
恋愛映画を見に行きたいと言いだしたのは、俺ではなく卓志である。
卓志は普段絶対に恋愛映画なんて見たいとは言い出さないのだが、その映画に卓志が推している女性声優が女優として出演しているからという理由で、どうしてもこの映画が見たかったようだ。
そんなの一人で行けよと断ったのだが、『入場者特典がほしいんですぞぉ。一生のお願いでござるぅ』と泣きつかれたので、断ることができず渋々ついてきたというわけ。
それなのに、その女性声優は彼氏を奪われてヒステリックになるし、その末に序盤で自ら命を断ちお亡くなりになるし、一体何を見せられているんだか……。
まあ卓志の欲しがっていた入場者特典は手に入ったのでそれはよかったが。
色々あってようやく迎えたクライマックス。
スクリーンに映し出されているのは、主人公とその婚約者が二人でデートを楽しんでいるところに、突然現れたストーカーが婚約者の胸を刺し、地面に倒れこむ婚約者を主人公が抱き抱えているシーン。
長年寄り添い、結婚するはずだった婚約者が死んでしまうというクライマックスは御涙頂戴のシーンなのだろうが、涙ひとつ出ないどころか、俺の心はピクリとも動かされていない。
この主人公、婚約者が刺されたことに涙を流して泣いてはいるが、ここに至るまでに他の女に手を出しては別れを繰り返しているクセに、最後には『やっぱり君しかいない』とぬかしているクソ男だ。
しかも、序盤に卓志の推しの声優がお亡くなりになったのはこいつのせいなので、卓志も心中穏やかではないだろうし全く感情移入ができない。
展開的にもあまりにも単調で、素人である俺が次の展開を容易に予想できてしまう酷い展開だった。
いや、まあダメな方向で期待を裏切ることは何度もあったんだけどもね……。
うん、正直言ってこの映画、全く面白くない。
感動して涙が止まらないなんて前評判だったが、こんな映画で感動して涙を流すやつなんて--。
「ゔっ、ゔぅ……。ひっぐっ……。そんな、ごんなの、ごんなのあんまりだよぉ……。ゔぅぅぅぅぅぅ……」
……いや、いたわ。しかも左隣の席に。
まさかこんな低俗なB級映画にここまで涙を流す人がいるとは驚きである。
こうなると気になってくるのは映画の展開ではなく、どんな人物が大粒の涙を流してしまうほど感動しているのかということ。
泣き声から女の子であるということだけはわかるが、一体どんな女の子がこんな映画で大粒の涙を流しているのだろうか。
俺は気になって、首を若干左隣の女の子の方に向け、できるだけ視線を左方向に向けた。
俺の左隣に座っていたのは、恐らく同年代くらいと思わしき女の子。
映画館は暗いのではっきりと顔が見えたわけではないが、その子を一言で言い表すとするなら、純白という言葉がぴったりな、清楚で顔立ちの整った女の子だった。
こんなクソみたいな映画で大泣きできる程、感受性が豊かな女の子もいるんだな。
婚約者の女性のほうはともかく、こんなクズな主人公のためにこれだけ泣けるのは、この子が優しすぎる証拠である。
そうでもないと、こんな映画で涙を流せるはずがない。
(……将来の嫁がこんな子だったら、どんなに幸せなことだろうか)
俺のために、笑ったり、泣いたり、ときには怒ったり--。
毎回本気で反応してくれるから、どれだけ時間が経ってもこの女の子との時間は新鮮で……。
俺はいつの間にか、映画の内容そっちのけで左隣に座っている女の子に対して、そんなことを考えていた。
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