第4話 これからも、ずっと一緒に!
――突然、頭に鈍痛が走った。
その衝撃で息も漏れ、片膝を着いてしまう。
「ゴフッ――」
だが、視界に無数の星々をちらつかせながらも、立ち上がる為に見上げた。
そこには頬を色づかせて、そっぽを向く妻がいた。
「あっくん……調子に乗っちゃだめ。ここはお外……」
強烈な一撃を炸裂させたであろう、右手刀部分からは白い煙が出ている。
うん、全く楓さんの言う通りだ。
50手前にもなって、路上キスとかさすがに痛すぎる。
いくら、可愛いの化身。天使様。キューティでキュート過ぎて、天上天下唯我独尊の存在でもだ。
それに、色々と多感な時期の子供たちにこの事が知れたら、何か大切な物を失ってしまうし。
もちろん、ご近所さんにもとんでもない印象を与えてしまうだろう。
止めてくれてよかった。
いや、やはりちょっと残念な気もする。
せっかくのチャンスを逃したと言っても、過言でないような……。
しかし、やはりよくない。
「すみません。僕としたことが……」
色々なことが頭によぎり、複雑な胸中になった僕がその場で背中を丸めていると、楓さんが腕を掴み、軽々と立ち上がらせてくれた。
「落ち込まなくてもいいよ……私も場所さえわきまえてくれれば。その……さぶさかでない……」
「へっ?!」
いや、待ってほしい。
今の発言は、聞き間違えかなにかだろうか?
それとも可愛すぎて結婚25年目にして、とうとう妻の幻を見るようになってしまったとか?
もしくは、脳内のイマジナリー楓さんの声を自分でアテレコできるようになったとか?
この真相を確かめる為、彼女に聞いてみた。
「か、楓さん。い、今なんていいました?!」
「………………」
だが、その聞き返したことが楓さんの琴線に触れたのか、焼いた餅のように膨らませて黙り込んでしまった。
どうやら、現実だったようだ。
なんというか、いくつになっても不思議な人だ。
どう見ても、僕を持ち上げることなんてできるはずなんてないのに、軽々と持ち上げたり。
かと思えば、普通の女性のような反応を見せたり。
こうなると可愛いだけじゃない。
色んな魅力も兼ね備えた素敵な女の子……いや、大人? の女性と言ったほうがしっくりくるのかもしれない。
とはいえ、もちろん。
一番の魅力は、その目に入れても大丈夫な超絶怒涛の可愛いさだが――。
楓さんをまじまじと見つめていると、聞き慣れた音が聞こえた。
「きゅぅぅぅん………」
子犬が甘える鳴き声のような可愛い音。
彼女のお腹の虫だ。
すると、楓さんは袖を掴んできた。
「ケーキ……ケーキ買いに行こう……記念日だし」
振り払うことすら敵わない。圧倒的な膂力。
その表情は狩りをする前の、虎やライオンの類い。
本当にお腹が減った時の猛獣モードだ。
こうなると、楓さんが望む物を口に入れるまで、他のことができなくなる上、その周囲には謎の黒い稲彼女のようなオーラが漂い始め。
そのオーラを見た者は、等しく動けなくなってしまう。
それは夫である僕も例外ではなく、猫に睨まれたネズミのように動けなくなっていた。
しかし、もう25年、いや付き合い始めた頃を合わすと30年も繰り返していると、その解除方法も熟知している。
それは、とても簡単なこと。
彼女の提案を受け入れることだ。
ということで、僕は身動きの取れない状態の中、必死に笑顔を作り、その提案を受け入れた。
「あはっ、あはははっ……行きましょうか! ケーキを買いに!」
すると、楓さんは満面の笑みを浮かべて、腕を力強く引いてきた。
「んっ……いこう!」
そう語る彼女は、フードごしでもわかるくらいに、特徴的な髪の毛はぱたぱたと音を立て、はばたかせている。
可愛い。
可愛すぎる。
やはり彼女は地上に舞い降りた天使様――。
コロコロと表情を変える楓さんに、いつもながら面食らってしまった僕は、たまたま地面に目を向けた。
すると、そこには重なっている僕らの影があった。
これはこれで、幸せだ――。
その影を横目にしながら、彼女といつもの道を歩いて行った――。
◇◇◇
――1週間後。
1週間も経ったというのに、楓さんはなぜか頑なに腕時計を外そうとしなかった。
僕はそれを不思議に思い、子供たちが寝静まってから、隣で猫のように丸くなっている楓さんの腕時計を確認した。
すると、その文字盤にも英語で小さな文字が刻まれていたのだ。
僕の胸は、また出逢ったあの頃のように、締めつけられた。
人生で、そう何度も味わえない。
好きな人を愛しく思う気持ち。
「僕はまた、あなたに心を奪われたよ……楓さん」
さまざまなことがあったとの日々を思い出し、想い出に浸っていると、妻は追い打ちをかけるように寝言を口にした。
「むにゃむにゃ……あっくんも婚約指輪付けたことに……る。ふふっ、ペアリングならぬ。ペアうでわ」
楓さんの本当の狙いは、これだったようだ。
僕とペアの腕時計を婚約指輪の代わりにつけること。
それは、婚約指輪を自分1人だけ付けているのが、申し訳ないと思っていたのかもしれないし。
いや、ただ単に。
にゅらいむのペア時計を付けたかっただけなのかもしれない。
直接、言葉を交わしたわけではないので、その真意はわからない。
だが、時計を盗み見たことも、寝言のことも言わないでおこうと思う。
彼女の思いは、しっかりと伝わっているのだから――。
☆☆☆
僕はそんな楓さんに今日も優しくキスをする。
家を出ていく時、帰ってきた時、就寝前。
この僕が持てる最大級の愛情と心を込めて。
これからもずっと一緒にいれますようにという願いも込めて。
おしまい
僕の妻は地上に舞い降りた天使様っ! かえでさん♪ ほしのしずく @hosinosizuku0723
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