第3話 天使降臨!
――家を出て20分後。
この住宅街の隅から隅まで目を向けて、出勤する時の100倍は速く駆けてきた。
自分の体感的には、地面に足がめり込み、音を置いてくるくらいだったと思う。
その速度を保ちながら、色んな場所を探し回った。
それこそ仲良くしているご近所さんと、そのお子さんたちからの刺さるような視線を浴びながらだ。
まず、自宅とお隣さん家の間。
ここでは、窓から不思議そうに見つめるお隣さん夫婦に、「敷地内に雑草が生えてきたんで」という体で草の根をかき分けるように探し。
その次に、立ち寄った近所のタコ公園では、そこで遊ぶ子供たちに「オジサンも、よーして」という声を掛けて、かくれんぼの鬼となって探し続けた。
「実写の鬼がきたー!」と泣き喚く子供たちをあやしながら――。
その後も、楓さん行きつけの怪しい雰囲気の駄菓子屋。
よく小銭を拾いにいく、古びた自動販売機の下。
駐車場にコンビニなど、彼女が立ち寄りそうな場所全て見て回った。
だが、一向に楓さんの姿は見つからない。
「ハァ、ハァ……」
待ってほしい……もしかして。
もう手遅れとかか……。
変な3人組に攫われてしまった後なのか……。
自身の心配が現実となってしまったことに、ショックを受け膝から崩れ落ちていた。
「くっそぉぉぉぉぉぉおおおー!!」
住宅街に自分の声が響き渡り、金木犀の香りを纏った風が吹き抜ける。
「……子供たちになんて伝えれば……」
そのあまりの不甲斐なさに、僕は空を仰いでいた。
すると、聞き慣れた音が、小気味よいテンポで後ろから近づいてきた。
――とてとて♪
――とてとて♪ とてとて♪
――とてとて♪ とてとて♪ とてとて♪
間違いない、この音……楓さんだ。
いち早く、楓さんの無事をその目で確認したい。
怪我とかないかな?
危ない目にもあっていなかっただろうか?
色んな感情が入り交じる。
そんなことを考えながら振り向くと、そこには天使様がいた。
にゅらいむの真っ白なパーカーを身に纏い、その頭んはフードを被り、軽快なステップを踏みながら僕の元へ向かってくる。
フードを調節する紐も、そのステップに合わせて縦横無尽に動く。
その様はまるで踊っているようだ。
そして、その天使様は僕の前に来ると、頬を桃色に色づかせながら口を開いた。
「あっくん……手、出して……」
突然、目の前に天使(楓)様が現れたことで、呆気にとられてしまい、彼女の小さな手に導かれるまま、左手を出した。
「えっ、あ。はい……」
すると、楓さんはパーカーのポケットから「シュパッ」猫のように素早い動きで何かを取り出し、そのまま流れるような動きで、差し出した左の手首にその何かをつけてきた。
手首を確認すると、そこにはにゅらいむのロゴが入った自動巻きの時計があり。
太陽を模した文字盤には、結婚記念日と英語で
彼女の顔は、不安と期待が入り混じったような顔をしている。
こういう時の楓さんを何度も見てきた。
結婚しても、子供が生まれても、十数年経っても、恋人、妻、3児の母というように、どれだけ関係が変わっても、姿の変わらないサプライズ好きで、サプライズが苦手な彼女は、いつもこうして上目づかいでお伺いを立ててくる。
婚約指輪を売ると言い始めたのも、この為の資金が欲しかったからなのだろう。
「これもしかして……」
「んっ……私とおそろい」
妻は嬉しそうな顔で袖を捲り、左手手首を見せてきた。
その小さな手首には、月をモチーフにした小ぶりの時計があり。
僕が時計に夢中になっていることが嬉しいのか、珍しく尖った犬歯を見せていた。
それは、30年前に神社で出会った頃と全く変わらない屈託のない笑顔。
そんな姿に愛しくてたまらなくなり、腰を落とし楓さんに近づく。
それは、彼女の息遣いがわかるほどの距離。
徐々に僕と楓さんの距離はなくなっていく。
彼女のトクトクン鳴る鼓動が聞こえてくる。
楓さんはそれに伴って、雪見だいふくのような真っ白な頬をほんのり桃色に色づかせていた。
そんな僕らの影が重なりそうになった時――。
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