第2話 追いかける!
――10分後。
彼女はまだ頭上に音符マークを漂わせながら、余韻に浸っていた。
ぱたぱたと髪も、はばたかせているし、足もまだぶらぶらさせている。
すると、なにかを思い出したかのように「ハッ!」と声を出して立ち上がり、その手に持っていたオレンジジュースを喉を鳴らしながら、一気に飲み干し。
そのまま目にもとまらぬ速さで、にゅらいむパーカーのポケットからスマホを取り出したかと思えば、
「ウフフッ! 待っていろよ。“おにゅーにゃ”腕輪さぁぁぁーーーん」
と叫びながら、足をアニメのようにぐるぐる回転させながら外へと出ていった。
当然ながら、足音エフェクトもドラムロールのように鳴らしてだ。
一瞬しか見えなかったが、彼女のその目は一等星のようにキュピーンと輝き。
周囲には、「ゴゴゴゴゴォォオ」という黒いオーラが漂っていた。
いつも思うが、欲しい物を手に入れようとする時は、獲物……いや、動き回る何かを見つけた時の子猫のような感じになっている。
とはいえ、あの状態の楓さんを、野に放つのは正直なところ、心配でしかしない。
それはそのあまりの可愛さに、怪しい車から出てきた黒スーツ、黒のサングラス姿のThe強面3人衆とかに、攫われてしまうかもしれないからだ。
これはあくまでも、僕の想像だが――そいつらの特徴はこんな感じだろう。
攫ったときにテンプレをなんの捻りもなく言葉にする奴。
スマホ片手に動画を回しながら、低俗な視線を向ける輩。
妙な高笑いを響かせる色白の奴。
そんな3人に連れ去られた彼女は、目隠しされたまま暗い部屋に連れていかれ、辱められるかもしれない。
「無事に帰れると思うなよぉ……へへへっ」
「ふへへっ、いい表情じゃねぇか」
「おやおや、こんな表情。お子さんに見せられますかね。おーほっほっほーっ!」
そいつらは、その後。
ただ、動画を撮るだけでは飽き足らず、椅子かなんかに楓さんを括り付けて、身動きが取れなくなってたところを、全身猫じゃらしでくすぐるとか、とんでもない暴挙に出るかもしれない。
いや、もっとひどい事をされる可能性もある。
何と言っても、相手はその道のプロ。
動けない彼女を前にして、全員で腰に手を当てポンジュースのボトルを一気飲みとか。
または、コップに注ぐ音だけを聴かせるAMSR攻めなんていうことも考えて、楓さんの精神すら壊すことも企んでいるのかもしれない。
許せない、可愛い我が妻を弄ぶとは……死すべし。
「うん?」
自分の体に違和感を感じた僕は立ち上がり、異変がないか確認した。
どうやら感情の高ぶりのせいか、丸太ほどの腕からは血管がほとばしり、体からは蒸気が出ているようだ。
だめだ、少し落ち着こう。
こういう時は、深呼吸だ。
「すぅー……はぁー……」
でも、可愛いからな……楓さん。
こんなことを想像しているのは、田中 敦 48才。
会社では一人称を「俺」といい、その見てくれから熊とゴリラのハイブリットと呼ばれる、ヒエラルキー上位のチームリーダー。
100人以上の部下を持つ男。
そして、妖精のような3人の子供の父親。
いい立場で、いい歳なのに長年連れ添った妻相手デレデレ、いや、極デレしてるオジサンを目の当たりにしている方々は、さぞかしドン引いていることだろう。
だが、しかし。
他人にどう思われようと、楓さんの溢れんばかりのキュートさはそこまでのものだと感じている。
何か有名な言葉で例えると、天上天下唯我独尊という言葉がぴったりくるほどだ。
そう、宇宙で彼女ほど尊い者なんていない。
「よし、行こう……」
そして、僕はピンチに陥っているかもしれない、楓さんの後を追うことにした。
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