閑話 1-2.真白と喧嘩 下
リンドヴルムさんにとって外食は私の時間を減らしてしまうわがままな行為らしい。
と言ってもあんまりピンと来ない。この前リンドヴルムさんがパフェを喜んでくれたのは嬉しかったし、また行きたいって話した時は出来れば連れて行っていきたいと思っている。
「真白?」
リンドヴルムさんが恐る恐る覗き込むように私を見ていた。不安げな表情のリンドヴルムさんが視界に入る。
「いや。そんな事を考えた事がなかったので。ですのでリンドヴルムさんも考える必要はないですよ」
「え?」
「外食でリンドヴルムさんが喜んでくれているのなら嬉しいです。私の時間なら構いませんが、お金を使いすぎるのはだめです。贅沢はたまにです」
「は、い」
「あっ、すみません。さっきからリンドヴルムさんって」
意識しないとすぐにこうだ。リ、竜輝さんにまたちくちく言われるのかな。
そう思っていたが、予想とは違ってリンドヴルムさんは大きく笑っていた。なんで? 恐る恐るリンドヴルムさんの様子を見る。
「ふふっ。そうですね。真白は僕の事をちゃんと考えてくれますね」
「普通ですよ。普通」
一緒に暮らしているんだし普通だ。ここで特別だと思われるのは良くない。釘を刺すように言うが、伝わっていないのか未だにニコニコしていた。
「ふふっ。普通に大事にしてくれるのが一番なんですよ。ですので名前も思い出した時に普通に竜輝と呼んで下さい」
「え?」
「もうせかしませんので。代わり来月の収益が入ったらお寿司屋さんに連れて行って下さいね」
「リ、いえ、竜輝さん?」
「お給料日なら少しくらい贅沢しても良いんですよね」
また私の記憶からだな。そう私の記憶を知っている前提で話されるのは嫌だけど、お給料日の贅沢は特別だし、問題ない。
「それでしたら構いませんよ。食べたいものを決めていて下さいね」
「食べたいもの?」
「お寿司じゃなくてもいいですよ。パフェでもケーキでも」
私が好きだからお寿司を選んでいる可能性もあるしな。リンドヴルムさんが行きたい所が良い。そこまで楽しみにしてくれているのなら、なおさらだ。
リンドヴルムさんは食べたいものでも考えているのか、考えるように天井を見る。
「僕もお寿司が大好きです」
リンドヴルムさんの視線が私に戻ると照れたように微笑む。そんなリンドヴルムさんを見ていると嬉しさとか恥ずかしさとか色んな気持ちが混ざったような不思議な気持ちが生まれた。
うまく表せないのが少し歯がゆくて誤魔化すように微笑むとリンドヴルムさんも同じように笑った。
「真白。すみません。言い過ぎてしまいましたね。もう急いでないので、出来ればちょっとずつで良いので竜輝と呼んでください」
「は、い。と言うか元はと言えば私がちゃんと竜輝さんと呼べなかっただけで。すみません」
空気が変わったからか、先ほどよりもすらすらと素直な言葉が出てくる。
さっきまで意地を張っていたのがだんだんと恥ずかしくなってきて、誤魔化すように笑いながらリンドヴルムさんを見る。
リンドヴルムさんも恥ずかしそうに笑っていて、もしかしたら私と同じ気持ちなのかもしれないと思ってしまった。
「僕は、これからはちゃんと自分のわがままに向き合います」
なんとも言えない空気になりそうな中、最初に話したのは竜輝さんだった。
「わがままですか?」
「はい。最近の僕は目の前にあるものは全てすぐに欲しくてたまらなくなるみたいでした。だめな竜ですね」
だめな竜。そこまでじゃない。仕事も家事も一緒にしてくれる。
確かに気持ち悪い部分があるけど、そう卑下する程ではない。
「いえ、そんな事は」
「ありますよ。名前を呼んで欲しくて真白にずっと要求してましたよ」
「それは……確かに困りましたが、それは私だって悪いですし」
「いえ、真白は意地悪じゃなくて、ただ真白のペースで竜輝と呼ぼうとしていました。なのに僕のペースよりも遅いから奪おうとしたんです」
気まずそうな表情で私から視線を外すと誤魔化すように笑う。竜輝さんのペースか。確かに私は竜輝さんのペースに振り回されている。明らかに違うんだろうな。
「それでも私ももう少し」
「いえ、真白は真白のペースでいて下さい。本当は真白のペースで貰うからキラキラと輝いているんですよ」
私のペースで貰うから。いまいちピンと来なくて竜輝さんを見る。竜輝さんは私から視線を逸らし、何か考えるような少し困った表情をしていた。
しばらくしてから何かに気付いたのか嬉しそうな表情に変わると私に視線を戻した。
「真白が自然に僕を竜輝と呼ぶ時でしか得られない栄養素があるんです」
「そんなものはないですよ!」
突然変なことを言うのはやめて欲しい。思わず突っ込んでしまったが、気にしていないようで竜輝さんは変わらずにニコニコしていた。
「まだわかりませんよ。なのできっとありますよ。気長に待ちます」
「ないと思いますが、出来れば気長に待って欲しいです。竜輝さんはずっとリンドヴルムさんだったんですよ」
ん? あれ? 今、竜輝さんって呼んだ気がする。そう思っていたら竜輝さんも優しい表情で私を見ていたので、そうかもしれない。
「やっぱりありましたよ。ふふっ」
「だから、ないですよ」
「ありますよ。ふふっ。今の竜輝さんを録音しておけば良かったですね」
「え? 竜輝さん。やめて下さい」
軽く言っているが、口がとっても緩んでいて、嬉しそうだった。”竜輝です”と言い続けるんじゃなくて、こうだったらもうちょっと竜輝さんと呼ぶように努力するのに。
……だから努力しないと。早く竜輝さんと呼ぶのに慣れよう。
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