閑話1

閑話 1-1.真白と喧嘩 上

 スクランブルエッグを半分ずつお皿にのせて、横にウィンナーを二本ずつ。これでよし。そのままお皿を二個持つと机と向かう。


「真白。パンも焼けていますので、持っていきますね」


 運んでいる途中にリンドヴルムさんの声が聞こえた。どうやら頼んでた珈琲は淹れ終わっていたようで、トングとお皿を持ってトースターの前に立っていた。


「リンドヴルムさん。ありがとうございます。トースターは熱くなっているので気をつけて下さいね」

「竜輝です」


 私が言うと慣れた手付きですぐにパンを取り出すと早歩きでこっちに来た。その表情はむすっとしていて不機嫌なのはすぐわかる。


 昨日竜輝さんと名前を決めてから、ずっとこうだ。私が間違えるとすぐに訂正してくる。

 最初は間違えてしまって悪いなと思っていたけど、昨日二時間近くずっと訂正をされていたからか、だんだんとリンドヴルムさんの事をうるさく感じてきた。

 私が悪いんだけど、リンドヴルムさんも言いすぎだ。


「はい。気を付けますね。リン、いや竜輝さん。それよりご飯ですよ」

「だから竜輝です。スクランブルエッグで絆されませんからね。作って頂いたのは嬉しいですが、それとこれとは別です」


 私の前にパンのお皿を置きながら、拗ねたような声で言った。

 いちいちうるさいなぁ。って。言っちゃだめだ。口から出そうになるが、堪えながら別の言葉を探す。


「わかっていますよ」

「ほら、真白だって人と呼ばれるのは嫌だって言っていましたよ」


 確かに昨日そう言っていたけど。だけどだ。リンドヴルムさんは昨日まで気にしていなかった。なので全くといって良いほど説得力がない。


「わかっていますが、リンドヴルムさんは急なんですよ」


 そもそも私だって間違えたくて間違えているわけではない。竜輝さんと呼ぼうと思っているけど、一週間ずっとリンドヴルムさんと呼んでいたからか無意識で出てしまうんだ。

 それでも最初は悪いと思っていた。だけど口癖になるんじゃないかと言うくらいに”竜輝です”と口うるさく言われ過ぎて、リンドヴルムさんも悪いんじゃないかと思うようになっていた。


「ほらまた。僕は竜輝ですよ」

「知っていますよ。しつこすぎです。もう朝ごはんを食べちゃいますよ」


 リンドヴルムさんが座っていることを確認して、そのまま「いただきます」と言いながらパンを取ろうとする。そうすれば竜輝さんも食べるだろうと横目で見ると未だに頬を膨らませていた。


「冷めま」

「流さないでください。真白。だんだん雑になっていませんか? もしこれ以上僕の事をリンドヴルムって言うのならば、僕も真白を困らせます! えーっと。そう! お寿司屋さんに連れて行って貰いますよ」

「お寿司屋さん?」

「はい。真白が嫌がってもお財布を持って勝手に出かけちゃいます。嫌だったら無理でも竜輝と呼んでください」


 本当に私が困ることを選んできた。いやリンドヴルムさんが行きたいのなら連れて行ってあげたいってのが正直な所だけど、ついこの前にパフェを食べたばかり。今月はこれ以上贅沢は出来ない。


 一食くらいならと思っても、それが続くときっと生活が成り立たなくなる。どうしようか考えていると「真白」と呼ぶ低い声が聞こえた。

 やばっ……恐る恐るリンドヴルムさんの方向を見ると今度は申し訳なさそうな表情をしていた。


「あの……やっぱり忘れて下さい」

「リンドヴルムさん?」

「少しわがままが過ぎました」


 そう言うと気まずいのか視線を逸らす。そのまま見ていると反省した犬のようにシュンとした表情に変わった。

 怒られるよりも、この表情をされる方がきついかもしれない。


「いえ、本当に行きたかったら連れて行ってあげたいんです」

「え? 連れて行ってくれるんですか?」


 目が輝いているんじゃないかってくらい嬉しそうな表情をしていた。行きたいのなら本当だったんだ。我慢させてしまっているのは悪いな。


「ら、来月に行きましょう」

「本当ですか? 来月なら連れていってくれるんですか?」


 ん? さっきからなんだ? 行きたいって言っていたのはリンドヴルムさんなのに、驚いた顔を射している。遠慮しているのかな? もしかしたらお金ないって私もしつこく言い過ぎたかもしれない。いや、けど、大事だし。このままなぁなぁになっちゃうのはいけない。ちゃんと言おう。


「もしリンドヴルムさんが行きたいのでしたら、お寿司もパフェにも行きますよ。ただそんなに贅沢をしてばかりは出来ないんです。今月は贅沢をいっぱいしたので、来月なら」

「やっぱり真白はお金なんですね」


 お金なんですね? いやいやいや。お金でしょ。お金があってその上で幸せだ。お金があれば美味しいものが食べられるし、諦めなくて良いことだってある。


「リンドヴルムさん! お金は大事です」

「いえ、知っていますが、その、僕と、一緒に出かけるんですよ」

「リンドヴルムさんと? ん? もしかして一人で行きたいんですか? 流石にそれは」

「違います! 真白と一緒が良いです! ……あの、その。ぼ、僕のわがままで真白の邪魔をしているんですよ」

「邪魔?」

「僕が出かけたいとわがままを言う度に真白の自由に使える時間が減ってしまうんですよ」


 邪魔? 時間が減る? そんな事はないのに。

 リンドヴルムさんの言っていることよくがわからなかった。

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