第5話 魔物と名前
「真白。大事な話をしましょう」
リンドヴルムさんの急かすような声が聞こえるけど、それよりも配信の確認だ。配信が切れていなかったらまずいし。
配信は……ちゃんと終了と出ている。よし。そのままリンドヴルムさんの方向を見ると、すぐに食い気味でこっちを見るリンドヴルムさんが視界に入る。
「近いですよ」
少し怖いので距離を取ろうとするがすぐに詰められた。
「真白の大事な話ですよ」
「少し落ち着いて下さい。そんなに近いと怖いので、もう少し離れてください」
「はぁい」
少し不満げな表情をしながらもリンドヴルムさんはすぐに少し離れてくれた。
素直に聞いてくれるのは助かったが、ここまで素直だと言いすぎてしまったと思ってしまいそうにな……ってそれはダメだ。心を鬼にして、リンドヴルムさんの方を見る。
「リンドヴルムさんの名前の確認ですよ」
「どんな話でも真白にとって大事な話は僕にとって大事な話です」
相変わらず食い気味で言った。
そして”私にとって”って、興味があるのかないのかわからない言い方だ。って言っても今更だけど。竜だからで終わらせてはいけないのは知っているけど、リンドヴルムさんだから仕方ないか。
「もうそれで良いです。まずは確認をさせて下さい。リンドヴルムさんは名前がないと言っていましたが、何か特別な理由があるんですか?」
「ないですよ。ただ不必要なだけです。ダンジョン内で僕は光の竜と識別されていますからね。真白が僕を僕と認識してくれれば十分です。他の人も真白の眷属のリンドヴルムで伝わっていますし、支障はないですよ」
「支障はないかもしれませんが、他のリンドヴルムが現れた時に区別して欲しいとは」
「区別されていますよ。僕は真白の眷属のリンドヴルムです。真白も僕と識別してリンドヴルムさんと呼ばれてますし。ねっ。問題ないですね」
「そう、でしたか」
どうやら余計なお世話だったらしい。ならこのままで良いかもしれないな。話を終わらせるか考えていると、リンドヴルムさんが不思議そうな表情に変わる。
「真白は名前に拘るんですね」
「拘ると言うか、えっと。私はリンドヴルムさんに人って呼ばれたくないんです」
「呼んでませんよ」
「知ってます。だからです。リンドヴルムさんもリンドヴルムさんと呼ばれるのは嫌かもしれないって思ったんです」
「僕がリンドヴルムと?」
「はい。人さんと呼んでいると同じかもしれないって、ただ私が勝手に思っただけです! ですので気にしないで下さい」
ちょっと気まずいからか、そっと視線を逸らす。
これ以上話しても意味なさそうだし、この話は終わらせよう。よし! お風呂だ。
「でしたら、話は終わりですね。私は先にお風呂に」
「真白」
カップを持って立ち上がろうとしたらリンドヴルムさんが引き留めるように私を呼んだ。なんだろう? 声の方向を見るとリンドヴルムさんが窺うような表情で私を見ていた。
「もし僕が名前を欲しいと言ったら真白は名前をつけてくれますか?」
「え? 私が? リンドヴルムさんの?」
「はい。大事かはわかりませんが、真白の話を聞いたら欲しくなったんです」
話を聞いていたあら欲しくなった。なんか興味本位って感じがする。
それになんか軽い。名前は一度ついたら人の世界にいる限りはついて来てしまうものだ。こんな軽い気持ちのリンドヴルムさんにあげて良いものか迷う。
「そんな簡単に頼むものじゃないですよ。名前はとても大事で」
「はい。真白にとって大事な物なので欲しいんです」
「そしたら自分で名乗りたい名前を」
「いえ、真白がつけてください」
リンドヴルムさんが私の言葉を遮りながら早口で言った。
なんかこれは決まるまで聞いて来そうだ。うーん……別に私が名前を考えたからその名前をずっと使わないといけないわけではないしな。
リンドヴルムさんはしっかり自分の考えを持っているし、自分の好きな名前を名乗るのが一番良い。
「リンドヴルムさん。もし私が考えた名前が気に入らなかったら、すぐに捨てて下さいね」
「はい!」
私とは正反対に明るい返事だった。やっぱり私が名づけるのか。複雑だな。リンドヴルムさんがずっと使うものなのに。
せめてリンドヴルムさんに似合う名前をつけよう。そう考えるが、簡単に出てくる物ではない。希望を聞こう。もしかしたら名乗りたい名前が出てくるかもしれないし。
「リンドヴルムさん。何か希望がありますか」
「特にないですが、強いて言えば、動物をいれるなら竜。色をいれるなら白が良いですね。ほら白い竜に
たとえがずれている。
だけど言いたい事はなんとなくわかる。と言うかそんなツッコミ待ちな名前をつけるわけはない。
「そんな事しませんよ。名前は大事なものなんですよ」
「ふふっ。真白から頂けるのでしたら、兎黒でも嬉しいですよ」
何かを考えているのか、リンドヴルムさんが優しく微笑む。
なら兎黒ですって言ったらはいと笑顔で名乗りそうだ。なんでも良い。名前に対して軽すぎる。
本当に適当な名前を考えたくなるが、それは良くない。名前はやっぱり大事だしちゃんと考えよう。
動物なら竜。別に入れる必要はないけど、リンドヴルムさんは良く自分の事を竜と言っているし、竜は入れた方が良いかな。
他に特徴はないかな?
ひかり。ひかる。かがやき。輝く竜。きりゅう? 違うな。りゅうき。いや、それなら
「
思い浮かんだ言葉を言うと、リンドヴルムさんがこちらを見た。
「たつき?」
「竜に輝くで、たつき。です」
リンドヴルムさんは何も言わずにじっと私を見続けていた。やっぱり気に入らなかったか。
「や、やっぱり、リンドヴルムさんが決めて下さい」
「竜輝が良いです!」
「良いですよ。気を遣わないで」
「とても綺麗な名前でしたので、びっくりしていただけです」
「名前ですよ。ちゃんとつけますよ」
流石にここまでびっくりするとは思わなかった。リンドヴルムさんの気持ちを窺うようにじっと見るとリンドヴルムさんが困ったように笑った。
「違います。真白にとって僕は輝いて見えるんですね」
「えっ!」
「ふふっ。僕の事を考えてくれた僕らしい名前。それが輝いている竜。とても嬉しいです」
「そ、それは光の竜だからです」
「でしたら、この名前のようにあなたの隣で輝けるように努力しますね」
ふわりと笑いながら言った。そう話すリンドヴルムさんはとても眩くて、私の頭の中が”はい”で埋まってしまう。
「ま、間に合っています」
そのまま頭の中にあった言葉を無理やり消しながら、口に出すとリンドヴルムさんが満足げに笑った。
「ふふっ。これから僕は竜輝ですね」
「リンドヴルムさん。もしこれから名乗りたい名前が」
「真白。リンドヴルムじゃなくて、竜輝ですよ」
窘めるようにリンドヴルムさんが言った。もうリンドヴルムさんとは呼んではいけないらしい。
「た、つき、さん」
「はい。……名前なんて不必要と思ったんですが、実際貰うととても特別な感じがしますね」
「感じじゃなくて特別です」
「そうでしたね。僕は特別ですね。ふふっ」
とても嬉しそうに微笑んだ。リンドヴルムさんに名前を送ったのは良かったかもしれないけど、進んではいけないものが進んでしまった気がした。
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