第38話 魔物とフレンチトースト

 リンドヴルムさんは手を繋いでいる以外はいつも通りだった。意識したら私の負けだと思うほど。

 ただの子供扱いだからな。ただのね。もやもやしていた気持ちを治めるように言い聞かせていると冷静になれた。

 ただ私を心配してくれているだけ。右手に繋がれたがっしりとした手はまだ慣れないけど、そのうち慣れることを信じよう。


 なるべく気にしなように他愛ない話をしながらお店に向かう。リンドヴルムさんが行きたいと言っていたお店が少し家から遠いので、いつものように電車に乗る。

 遠いと言ってもいつも日本橋ダンジョンに行っていたからか、お店が遠いと思わなかった。


「つきましたね」


 意外とあっという間だった。電車がスムーズだったからか、思ったよりも早く着いたな。ちょうど開店したばかりみたいで、並んでいる人は誰もいなかった。


「すみません。二人です」


 リンドヴルムさんは私の手を引いたまま店員さんに二名と伝えると店員さんが奥の席を案内してくれた。

 そのまま店員さんについて案内されている席へと向かう。向かっている途中に店員さんや他のお客さん達が私達に対して何も言うことはなかった。

 私達がそこまで有名じゃないか。もしくはリンドヴルムさんの識別阻害の影響か。わからないな。


「識別阻害のおかげですよ」


 席に座るとリンドヴルムさんがと自信満々で言った。相変わらずだな。だけどリンドヴルムさんは竜だし、注目を浴びるのは確かだ。こう何事もなくお店に入れるのは助かるな。


「そうですね。助かってます」


 私たちに気づいている人がいないか確認するようにさりげなくお店の中を見渡す。やっぱり私達のことを特に気にする様子はなさそうだ。少し安心しながらリンドヴルムさんへ視線を戻す。


「そこまで気にする必要はないですよ。識別阻害で僕の事を気にする人はいませんので、周りのことは気にせず、美味しいものを食べましょうね」

「はい」

「ふふっ、真白は何を食べますか?」


 ふわりと笑いながらリンドヴルムさんがメニューを私に向けて言った。


「あっ。私は決まっています。このフレンチトーストです」


 そう言いながら季節限定と書かれているシャインマスカットのフレンチトーストを指さした。

 昨日、お店の行き方を調べた時に一緒にお店のメニューも見ていたので、その時から気になっていた。


「でしたら、後は僕ですね」


 リンドヴルムさんはその言うとメニューを持ち読み始める。悩んでいる姿も格好良いので、見とれそうになる。

 って良くない。無だ。無。別の事を考えよう。ん? リンドヴルムさんは決まっていなかったんだ。昨日は無花果の話をしていたからてっきり無花果のパフェでも頼むのかと思っていた。


「すぐに決めますね」


 ぼんやりとリンドヴルムさんを見ていると気付いたのか、リンドヴルムさんが私を見ながら困ったように笑った。


「い、いえ、急いでいないですよ。ゆっくり決めて下さい」


 特に急いでいないし、折角来たんだから好きなのを食べた方が良い。見ていたら邪魔になっちゃうだろうし、リンドヴルムさんを見ないように視線をそらす。

 どうしようかな。そのままリンドヴルムさんが見ているメニューへ視線を移そうとしたら、リンドヴルムさんの声が聞こえた。


「あと三分で決めます」

「だ、大丈夫です。ほらお客さんも少ないですし、きっと大丈夫ですよ」

「そうすると真白のご飯が遅くなりますよ」

「十分くらいなら変わりませんよ。それよりもせっかく来たんです。好きなのを選んで下さい」


 今日は配信の予定も入れてないし、特に急いでいない。お店が混んでいたら気にするかもしれないけど、人もまばらだ。別に急ぐ理由もないな。

 リンドヴルムさんはメニューをじっと見る。すぐに私の方向を見る。


「真白はどちらが良いと思いますか? 無花果のパフェとシャインマスカットのフレンチトーストで迷っているんです」

「シャインマスカットのフレンチトーストですか?」

「どんな味か気になりまして」

「味が? でしたら私の少し食べますか?」

「え? 真白のを?」


 一口どうですか? のノリだったけど、そう前のめりに聞かれたら、言って良かったのか迷う。


「あっ、全部はあげられませんが味見程度でしたら」

「一口で充分です! お言葉に甘えて、一口頂きますね。そしたら僕は無花果のパフェにしますね。真白。カフェオレはホットにしますか?」

「はい」


 リンドヴルムさんはそのままメニューを閉じるとベルを押して店員さんを呼ぶ。お客さんが少ないからかすぐに店員さんが来た。


「注文お願いします。いちじくのパフェとシャインマスカットを一つずつ。飲み物はホットカフェオレ二つで、あと取り皿も二つお願いします」


 リンドヴルムさんが先に店員さんに話す。そしてちゃっかり取り皿もお願いしている。二つなんだ。一つで良いって言っておけばよかったな。私の分も気を使っているのかな。

 残念なところもあるんだけど紳士的なんだよな。複雑な気持ちでリンドヴルムさんを見ながら注文しているのを見ていた。

 注文の確認が終わり、店員さんがいなくなったのを見計らいリンドヴルムさんに話しかけた。


「リンドヴルムさん。私の分は気にしなくて良いんですからね」

「僕が食べて欲しいんです。真白も僕が頼んだものを一口食べてくれませんか?」


 微笑みながら言った。

 椅子に座っているからか少し上目遣いの表情は相変わらず心臓に悪い。


「そ、そしたらお言葉に甘えて」


 話を終わらせるように伝えると、満足したのかリンドヴルムさんが嬉しそうに笑う。


 そう息を吐くように口説くのはやめて欲しい。本当にリンドヴルムさんの気持ちがよくわからない。ガードが高いくせに私をドキドキさせる事ばかりいってくる。


「はい。一緒に食べましょうね」


 一緒にと言うのが強調されているようだったけど、そこには気付かないようにした。



 暫くして店員さんがパフェを持ってきてくれた。

 店員さんがいなくなるとリンドヴルムさんはスマホを取り出し机の上のパフェ達に向けてスマホを構える。そう言えば写真が撮るのが好きと言うよりもつぶったーに投稿するネタと言っていた。相変わらずリスナーさんへのサービスに余念がない。


「つぶったーにあげるんですか?」

「はい。リスナーと話していましたからね。これで識別阻害が解けたら良くないので、家に帰ってからあげますね」


 相変わらず徹底しているな。感心するように見ているとカシャとシャッター音がすると少しスマホの操作してからすぐにしまった。


「真白。お待たせしました」


 そういうと取り皿を1つ取り、パフェを取り分ける。


「無花果のパフェです」

「ありがとうございます」


 リンドヴルムさんから受けとると私も急いで残ったお皿にフレンチトーストを取り分ける。


「もっと要りますか?」

「いえ、充分です」


 リンドヴルムさんが嬉しそうに受け取った。それから手を合わせていただきますと言ってフォークとナイフを持つ。


 よし。食べよう!


 一口サイズにフレンチトーストを切ってクリームとシャインマスカットをのせてプチフレンチトーストの完成だ。フォークでさし、そのまま口に運ぶ。


「おいひい」


 フレンチトーストはふわふわで、口の中に入れた瞬間に溶けてしまうようだった。

 フレンチトースト自体の甘さは少し控えめだがクリームとシャインマスカットがほどよく甘さを主張していてバランスが取れている。

 朝からこんなに美味しい物が食べられるなんて贅沢だ。


 口の中でじっくり味わっているとリンドヴルムさんの笑い声が聞こえた。

 そのままリンドヴルムさんの方を見るとフレンチトーストを食べるリンドヴルムさんが視界に入る。


「幸せですね」


 私と目が合うとそう言いながら目を細めた。リンドヴルムさんもフレンチトーストを気に入ったのかな。良かった。

 この笑顔を見ると色々あったが、今日来て良かったと思ってしまうので、私はやっぱりこの顔とリンドヴルムさんに甘いようだ。

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