第39話 真白ともやもや


 フレンチトーストを食べて、カフェオレで一息つく。とても贅沢な時間だった。

 カフェオレも飲み終え、お客さんも増えてきたのでそろそろお店を出た方が良い。名残惜しいが鞄と伝票を持ってからリンドヴルムさんに声をかけた。


「お会計してきますね」

「僕も一緒に」

「邪魔になっちゃいますので、リンドヴルムさんはお店の外で待っていてください」

「……はい。わかりました」


 納得していなさそうだけど無視だ。そのまま急いでお会計を済ますと店の前にいたリンドヴルムさんに声をかける。

 リンドヴルムさんは近付くとすぐに私の手を握る。不意打ちのように来た男の人の手の感覚にドキドキしそうになるが、なるべく気にしないようにリンドヴルムさんの方を見る。


「お待たせしました」

「はい。会計の間、人が襲ってこないか心配でしたよ」

「来ませんよ」


 相変わらずだ。ため息をつきながらリンドヴルムさんを見るとリンドヴルムさんは「良かったです」と言いながら微笑んだ。


「ふふっ。真白。ごちそうさまでした。ありがとうございます。とっても美味しかったです。またパフェに連れて行って貰えるようにこれからも頑張ります」


 そしてそのまま私に微笑みかけながら続けた。律儀だな。


「リンドヴルムさんには充分なくらいに手伝ってもらっています。そんなには無理ですが、また食べたくなったら言ってください」

「はい」


 後は帰るだけだ。どこかに出かけませんかって言われても流されない。心の中で言い聞かせてリンドヴルムさんを見る。


「それでは真白。家に帰りましょうか」

「は、はい」


 リンドヴルムさんがさらりと言った。パフェを食べに来ただけ。言い聞かせているのは自分だけど、そうはっきりと言い切られるのはちょっと複雑だな。


「あっ。真白」


 曇った顔にすぐに気づいたのか、リンドヴルムさんがすぐにはっとした表情をする。気付いてほしくなかった。


「帰りにスーパーでしたね。寄っていきましょうか」

「そうですね」


 そうかもしれないけど、そうじゃない。リンドヴルムさんにとってはただパフェを食べに来ただけなんだな。そう思うと少しもやもやした。


 ***


 結局あの後は駅近くのスーパーに買い物をして帰宅した。

 別にリンドヴルムさんが何かあって欲しかったと期待していたわけではない。だけどここまで何もないと複雑だ。何も起こらないで欲しいと思っているのに、実際何もないとないでなんかモヤモヤする。私は意外と面倒な人間だったんだな。


 こんな気持ちは初めてで、私はこの気持ちをどう消化すれば良いかわからない。

 だからかリンドヴルムさんと顔を合わせるのも気まずくて、家に帰るとすぐにコメントの確認と理由をつけて、配信部屋にこもった。


 そんな行動をする自分が最低だとは思うけど、どうすれば良いかわからない。

 せめてリンドヴルムさんに伝えた通りにコメントの確認をしようとするが、後ろめたさや色々な気持ちが頭の中でぐるぐるしていて、何も入らなかった。

 それでも頭の中に無理矢理入れようと同じ場面を繰り返し見ているとノックの音が聞こえた。


「はい」


 扉へ向かって声をかけるとすぐに扉が開き、カップを二個持ったリンドヴルムさんが視界に入る。

 リンドヴルムさんはそのまま部屋に入るとキーボードの横に私のコップを置く。

 コップが置かれるとすぐにリンゴの甘い香りがした。アップルティーを持ってきてくれたんだ。


「チェックは順調ですか」

「はい……」


 優しい言葉に更にいたたまれなくなる。リンドヴルムさんと顔を合わせたくなかったから逃げていたとは流石に言えない。


「ふふっ、ずっと根を詰めていては疲れてしますよ。ほら。休憩しましょう」


 順調じゃないと悟ったのか、リンドヴルムさんが私に笑いかける。その優しさが凄く気まずい。やっぱり一緒にいるのはきつい。なんとか一人になれないかと理由を探していくが、さりげなく阻止されそうな気がする。それでもなんとか言うしかない。


「そんな事ないですよ。次の配信までやることもありますし、サボるのは良くないです」

「そうですか? 真白はしっかり戦っていますよ。当初の予定よりもかなり順調です。寧ろかなりのハイペースですし、本当は配信以外は休んだ方が良いんですよ」

「いつもよりも寝ていますので、問題ないです」

「ですが、ほら。全然動画が進んでいないですよ。疲れで集中が出来ていないんじゃないですか?」


 思っていた事を突かれたせいか、返す言葉が思い浮かばない。それでもそっと視線をそらしながら考える。

 ……思いつかない。すると私が反論できないとわかったのか、リンドヴルムさんが自分カップを机の上に置き、隣に置いておいた予備椅子に座る。


「ほら。休憩です」


 そう言いながら私のコップを持ち私に差し出す。


「は、い」


 諦めてコップを受け取るとリンドヴルムさんが小さく笑った。どうやら私が諦めるまではここにいるようだ。


「ちゃんと休んでくださいよ。真白は頑張り屋さんなんですからね」

「そんな事ないですよ」

「ありますよ。普通、こんな状況になったら僕に頼りきりになりますからね」


 ゴーシールシャを討伐して貰ったし、動画の編集もリンドヴルムさんがほぼやっている。私はリンドヴルムさんにおんぶにだっこだ。これで頼っていないと思うのはどれだけおおらかなんだろうな。

 だからかリンドヴルムさんのその言葉が心に突き刺さる。


「リンドヴルムさんに沢山頼っていますよ」

「僕にミノタウロスやケンタウロスも討伐させる人もいますよ。それなのに真白は自分で出来る事は自分で頑張ろうとしますからね。自分でも討伐出来るようにって」


 当たり前じゃないのかな? と言うかリンドヴルムさんも私に強くなって欲しいと言っていたし。


「力があっても使いこなせないと意味がないですよ。リンドヴルムさんだって」

「僕ならそれすらどうにか出来ますよ」


 早く六本木ダンジョンに行きたいということかな。私が弱いから? 真意を探るようにじっと見つめているとリンドヴルムさんが目を細めて私を見る。


「それでも僕だけに任せようとしないで、真白も戦ってくれます。とても心強いです」

「全然実力が違いますよ」

「今はですよ。いつか僕と同じくらい強くなってくれます。だから今は弱くて良いんです」


 相変わらず自信たっぷりだ。なんかすごいことを言っている気がする。


「ハードルが高すぎですよ」

「この状況で僕に頼らず強くなろうとしているんですよ。充分資格はあります。六本木ダンジョンは急いで欲しいですが、他はそんなに急いでいないので、ゆっくり強くなってくださいね」


 六本木は急ぐ。何かあるのかな?


「六本木ダンジョンに何かあるんですか?」

「暫くは何もないですよ。完全に僕の都合です」


 リンドヴルムさんの都合? 六本木ダンジョンの攻略は人のためだし、何かあるのかな?


「リンドヴルムさんの?」

「早めに人に取り入りたいんです。六本木ダンジョンを落ち着かせれば、僕が地上にいる事に対して余計なことを言う人は減りますし」

「そうですね。ってそれよりも言いたいことはわかりますが、リスナーさんの前でそんな言い方しちゃだめですよ。嫌な魔物だと思われてしまいますからね」

「はい。真白が僕の事を考えてくれて嬉しいです。ふふっ。真白は思っていたよりも少し意地悪ですが、優しいですね。あなたに会いに行って良かったです」


 意地悪なのはリンドヴルムさんが振り回すからだ。私だって別に冷たい言い方をしたい訳ではない。

 それよりも会えて良かった? リンドヴルムさんは運命のようなトーンで言っているが、ただの偶然だ。


「あの日はあそこにいたのは偶然ですよ」


 勘違いさせないように伝えるが、リンドヴルムさんは相変わらず柔らかい表情のままだった。


「必然ですよ。僕はあの日、真白に会いに行きましたからね」

「え?」


 私に会いに来た? どういうことだ? そのままリンドヴルムさんを見た。

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