終章

第36話 魔物とデート未満

 これからリンドヴルムさんと一緒にパフェを食べに行く。

 そう。パフェを食べに行く。食べに行くだけだ。これは断じてデートなんかじゃない。


 とても緊張をしている気がするのは、気のせいだし。服もいつもと違いスカートをはいていて、メイクもバッチリだけど、それは外出をするからだ。


 って心を強く持たないと。リンドヴルムさんは男の人だ。しかも私に恋をしているって言っている。そんなリンドヴルムさんとパフェ。一歩間違えたらデートになってしまう。

 そのまま雰囲気に飲まれてリンドヴルムさんにうっかりときめいてしまったら大変だ。配偶者欄だけは死守しないと。


 ってそもそも私とリンドヴルムさんって結婚出来るのかな? リンドヴルムさんは竜だし。それを言ったら竜が人を好きになるのはおかしい。

 きっと私をからかっているだけだ。何度目かになる言葉を頭に言い聞かせながら、寝室の扉を開けた。


「真白」


 私が部屋から出るとリンドヴルムさんの声が聞こえた。

 その声と共にリンドヴルムさんが私の近くに来る。その表情は緊迫していて、何かがあったのはわかる。


「何かありましたか?」

「僕の服は可笑しくないですか」


 緊迫した表情で勢いよく言った。

 僕の服? 予想外の言葉だったからか、すぐに理解出来なかった。

 頭を整理するように小さく息を吐く。えーっと……リンドヴルムさんは服って言った、よね? なんだろう? そのままリンドヴルムさんの服を見る。

 ワイシャツに黒のスキニーに黒のカーディガンを羽織っていた。服装からとても気合い十分と言うのが伝わる。

 あれ? リンドヴルムさんにとって服って着るだけじゃないの? なのになんで私に聞くの? まるでデートみた……ってちょっと待て。それ以上は考えちゃだめだ。


「も、問題ないですよ。似合っていますし」


 頭の中に出てきた言葉を消しながら急いで言う。って似合っているって……リンドヴルムさんの事を格好良いって言っているみたいじゃん。いや、実際格好良いけど。今は思ってはだめだ。

 なるべく直視しないように少しだけ視線を外しながら言う。


「似合っていなくても問題ないですよ。今からパフェですよ。パフェ。人の店は服装一つで追い出されるんです。真白。僕の服はパフェを食べれますか?」


 なんか違う話をしているみたいだ。

 似合っているってのはスルーされたのかな。そっとリンドヴルムさんの表情を見ると、私の言葉に興味なさそうな表情をしている。

 私が格好良いって思ってもどうでも良いんだ。私よりもパフェなんだな。


 それで良いんだけどさ! なんかモヤモヤする。私に恋をしているって言ったのはなんだったんだろうな。


「迷ったらサンダルとジーンズを外せば問題ないらしいですよ」


 胸の中に生まれて来たモヤモヤした気持ちを消しながら言う。そもそも今日行く店はドレスコードはない。なんでも良いんだ。


「そうでしたね。この格好ならパフェが食べられますね」


 そっとリンドヴルムさんを見ると嬉しそうに笑った。なんで似合っていると言っていた時より嬉しそうなんだ。この甘党竜め。


「そうですね」

「ん? 真白。どうされましたか? 問題がありますか?」


 未だに心の中に残っているモヤモヤをどう消そうか考えていると、リンドヴルムさんが突然のぞき込むように私の顔に近付く。

 顔が近い。私の唇に触れれば私に何が考えているかわかるようで、気になったときはこうやって近付いてこようとする。

 今回もいつものようにこれ以上近付かないように手の平で制止する。


「ないです。ないです! 唇はダメです」

「知ってますよ。痛いのは我慢すれば良いだけですから」

「私に誠実って言いましたよね?」

「誠実ですので、真白の本音を知りたいです」


 いつもは引き下がるのに、今日のリンドヴルムさんは引き下がる様子はない。さすがにキスはしたくない。ここに関しては流石に許可出来ない。


「いつもはそこまで服装に気にしていないので珍しいと思っただけです」


 なら言うしかない。後ろに下がりながら早口で言うとリンドヴルムさんはその言葉に納得したのか私に近づく事はなかった。

 あっさりしすぎだ。本当に私の記憶を知りたかっただけなんだな。更にモヤモヤしそうな気持ちを落ち着かせるように息を吐きながらリンドヴルムさんを見る。


「服はただの服ですからね。人に擬態が出来ていると誉めて貰うのは嬉しいですが、それよりも真白には僕の顔が綺麗と言っていただける方が嬉しいです」


 僕の顔が綺麗。さらっと言うな。さらっと。本当にこの竜は私好みの顔って知っているからって。ばか。


「そうでしたか」

「ええ。ただ服を選ぶ気持ちもわかりますよ。TPOですね。服を当てはめるだけで、他の人の視線を気にせずに真白と楽しめるのは良いですね。ふふっ。どうやら真白も同じ気持ちのようで嬉しいです」


 私の洋服を全身見ると嬉しそうにふわりと笑う。最後の最後で油断していたらこれだ。似合っていると言われるよりも破壊力が強い。


 このままじゃデートになってしまいそうだ。

 パフェを食べるだけ、先ほどから何度も言い聞かせている言葉を再び自分に言い聞かせた。

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