第35話 魔物とパフェ
眷属の命令に背ける。リンドヴルムさんは何気なく言っているけど、そんな事は聞いたことがない。
と言うかそれが本当なら眷属の魔物はダンジョンの外に出せないし、あり得ない話だ。
「嘘じゃないですよ。僕は真白の命令に背けます。背こうとすれば。ですが」
私の聞き間違いじゃないかと考えているとリンドヴルムさんが言った。急いでリンドヴルムさんの方向を見ると「顔に書いてありましたよ」と言いながらくすくすと笑った。
そんな笑って言う話じゃないのに。あり得ない。そもそも私はリンドヴルムさんには危害を加えないように言ったが、触らないでとは言っていない。
「私はリンドヴルムさんに触らないでと命令してませんよ」
していない命令に背くというのはおかしい。
そんな真剣な表情をしていないし、ごまかそうとしているみたいだ。
もしかして何か隠そうとしている? リンドヴルムさんを見ながら考えていると、リンドヴルムさんは表情が変わらず微笑みながら言った。
「命令と言っても口にしないといけないわけではないですからね。僕が真白の記憶を見た時に真白は僕に触れないで欲しいと願ったんです。だから僕から真白に触れることは出来ないんですよ」
触れないで欲しい。それなら思ったかもしれないな。寄生されるかと思ったし、なら考えられるかもしれない。
よくよく考えるとリンドヴルムさんが私に触れてくることはなかった。距離感がおかしい割に手を差し伸べることもないし、紋を光らせる時も手の甲を近づけていただけ。
命令していたからと言われても説明がつく。
そしたらならなんであの時は私を支えた? 命令に背いたって言っていたけど、そんな事が出来るの? いや、それ以前になんで魔物が自分より弱い人の命令を聞くんだろう。
「リンドヴルムさんはどうして命令を守るんですか?」
その質問になぜかリンドヴルムさんが少し驚いた表情をした。だがすぐに笑う。
「僕が真白に忠誠を誓っているからです」
「忠誠? 確かにここで暮らす以上守って欲しいことはありますが、全てに誠実じゃなくていいですよ」
「ふふっ。普通なら僕みたいに強い魔物は誠実じゃないと一緒にいてくれないんですよ」
「一緒にいてくれない、ですか?」
「いつ僕が真白を殺すかわからないでしょ」
リンドヴルムさんが笑いながら言った。竜だからと言いたいのかな。だけどリンドヴルムさんは信じたいし……ってなんで笑っているんだ。真剣に考えるのが馬鹿らしくなってくる。
「なんでそう笑いながら言っているんですか」
「真白がそう思わないのを知っているからですよ。けれど僕を危険と思う魔物や人もいる。だからあなたを裏切らない。あなたのためならなんだって出来ると心に伝えるんです」
伝える? リンドヴルムさんは何か言っていったけ? と言うかリンドヴルムさんは勝手に花の紋を刻んでいたしな。
ん? もしかして花の紋の事? 眷属は人の命令に背かないからダンジョンの外へ出ることが許可されている。授業の時の先生の言葉が頭に浮かぶ。
「もしかして花の紋ですか」
「ええ。そうですよ。今僕が真白の隣にいれるのも、僕が真白に忠誠を誓っていると知っているからです。この紋ははっきりと見えるので、わかりやすくて便利ですね」
そう言いながら手の甲の紋を光らせた。便利なのかな? なんかすごく他人事みたいな言い方だ。私の命令に従うってこんな穏やかな表情で言う内容ではないはずだ。
「なんで、そんなに呑気に言っているんですか! 私に命令されるんですよ」
「真白に命令をして貰うのは嬉しいですよ。真白の不快な事がわかりますからね」
「わかりやすいって。そんな単純なことじゃないですよ。嫌なことだって」
「嫌な事はないですよ。真白は僕のことを無下に扱いませんからね。それに真白がする命令は真白がされて嫌な事と困る事だけなんです。僕は真白に可愛がられたいので、嫌な事をしようとしたと時にこれはいけないと教えてくれるのは助かります」
「背こうとしたとき? あー……ダメって言い過ぎないように気を付けます」
なんかリンドヴルムさんにあんまり言いすぎるのもよくなさそうだな。なるべく気を付けよう。
そう思いながらリンドヴルムさんを見ていると気まずそうに視線をそらした。
なんだろう? そのまま見ているとリンドヴルムさんが小さく息を吐いてから私の方を見る。
「気持ちは嬉しいのですが、少し違うんです。真白が教えてくれるからではなく、その、真白の命令に背こうとすると胸が、すこっ……。いえ、かなり苦しくなるんです。それくらいじゃないと信用して貰えませんからね。ですから普通は命令に背くような愚かなことはしません。安心して僕を側に置いていて下さいね」
苦しい。命令に背いた。私に触れられなかった。その言葉が一気に一つになった。
あの時私が支えて良いと返事をしてから急に落ち着いた。やっぱり私が重かったわけじゃなくて、私の命令に背いていたから胸が苦しかったんだ。
「もしかして私を支えたから」
「あの時は見苦しいところを見せてしまいましたね」
確認するように尋ねるとリンドヴルムさんは視線を外す。気まずそうな表情をして言うと誤魔化すように缶チューハイを飲んだ。
あの時の表情はとても苦しそうだった。きっと私が転ぶよりも痛いよね。それなのに支えてくれたんだ。
「そんなことはなかったです。おかげで助かりました。けど次は助けないで下さい。リンドヴルムさんが辛い思いをしてまで、助けて欲しくないです」
「今度は二つ破る事になりそうですね」
「笑い事じゃないですよ。もう! そう言うのでしたら、私を助けるかどうかはリンドヴルムさんに任せます。って触れられないんですよね。なら私に触れても良いです。これなら問題ないですよね? 命令の解除をします! 解除方法を教えて下さい」
解除方法を教えてくれるのを待とうとしたら、リンドヴルムさんは持っていた缶チューハイを机の上に置き、恐る恐る右手を伸ばす。少しの間の後にゆっくりと私の手に触れた。
触れた瞬間、昨日よりも強くリンドヴルムさんの手の甲にある紋が光る。解除されたのかな? 今、触れても良いって言っただけだよね。
「真白が触れても良いって思ったから触れられるようになったみたいですね。ふふっ、あんなに嫌がっていたのに簡単に決めて良いんですか」
「これから一緒に協力して戦っていくんですよ。問題ないです」
「そうですね。ふふっ。助かります」
リンドヴルムさんが私の右手に触れたまま微笑む。破壊力抜群だ。
……このまま触れられているのはまずいな。
「ほら。確認したなら、もう今は十分ですよね」
ダメって言ったらまたリンドヴルムさんが私に触れられなくなりそうだし、言い方が難しい。
離して欲しいと言うニュアンスで言うとリンドヴルムさんが微笑んだ。
「そんなに簡単に命令できないですよ」
「簡単に?」
「心から思うくらい強く願わないと魔物には伝わらないですよ。魔物は心から言葉を読みますから」
そう言いながら私に触れていた手をゆっくりと離し、私を見る。その表情を見ているともうダメとは思えそうになかった。
それにリンドヴルムさんが私に触れている時もなんか変な気持ちになりそうだったし、この空気はだめだ。
急いで空気を変えよう。そうだ。他の話題! 話題を変えよう。何かあるかな?
「リンドヴルムさん。タ、タグを見ませんか!」
「タグ、ですか?」
「は、はい! ほ、ほら。リスナーの皆さんがお寿司の写真を上げると言っていたので」
つぶやきの返信は見ていたが、まだタグ巡回はしていない。それを思い出したのでリンドヴルムさんに急いで伝えると机の上にあるスマホを取る。
すぐにつぶったーを開き、『#真白レベルアップ』と入力するとたくさんのお寿司の写真が出てきた。つぶやきの内容も『おめ』や『祝ミノタウロス討伐』優しい言葉がいっぱい。とても嬉しくなる。
お寿司の写真がいっぱいですね。そう言おうとしたらパフェの写真が視界に入る。
パフェ? あっ、こっちもだ。
「パフェの話をしていましたっけ?」
していた記憶がないけど、こんなに多いのは妙だ。理由がわからないかそのまま流して見ていくとパフェの写真と共に『リンドヴルムが言っていたから食べたくなった』とか『あんなに語られたら食べるしかない』と書かれている投稿が視界に入る。
そう言えばミノタウロスと戦っていたときにリンドヴルムさんがパフェと言っていた気がする。リスナーさんと何を話していたんだろう。
「もしかしてリンドヴルムさん。リスナーさんと何か話してましたか?」
「はい。リスナーの質問に答えていたんです」
「えっ。質問に? 大丈夫ですか? 魔衛庁からは?」
まずいこと言っていないよね。リンドヴルムさんならその辺り理解しているし、問題ないとは思うけど、それでもやっぱり心配だ。そのままリンドヴルムさんを見ながら言葉を待つ。
「僕に関しての話はあまりしていませんよ。人の生活の話をしていたんです。雑談です」
「そうでしたか。そう言えば、今朝もパフェと言っていましたね。何かあったんですか?」
「丁度ネット広告で秋フェアのパフェを見かけたんです。シャインマスカットがたくさん乗っていて美味しそうだったんですよ」
リンドヴルムさんがパフェを頭に浮かべているのか、儚げな表情に変わる。
そんな表情を見ていたら連れて行ってあげたくなる。けど今日はいつもよりも高いお寿司だったし、今月はお金を使い過ぎている。来月に。いや。シャインマスカットっていつまでだろう。
「気にしないでください」
考えるのを止めるようにリンドヴルムさんの声が聞こえる。声の方向を見ると申し訳なさそうな表情のリンドヴルムさんが視界に入る。気を使わせてしまったんだ。
「パフェ食べに行きましょう」
反射的に言葉に出ていた。貯金が全くないわけではないし、休みの日に支出を見直そう。節約するのはそれからでもいい。
その言葉にリンドヴルムさんが驚いた表情へ変わる。滅多にない表情で私の方がびっくりする。
「い、いえ。僕はそんなつもりはなくて」
なんと言えば良いか困っているようだ。きっと私がケチなのを知っているんだろうな。
「お金なら気にしないで下さい。リンドヴルムさんも配信を手伝って貰っていますし、生活出来る範囲なら欲しい物を言ってください」
「お金? ああ。そうですよね。パフェでお弁当が四個くらい買えますからね。その分、僕も一緒にお金を稼ぎます」
「そこはもちろんお願いしますよ。私はリンドヴルムさんを養えるほど稼ぎは良くないですからね。もしもの時はもやし生活に付き合って貰いますよ」
「はい。リスナーには内緒ですね。ふふっ。パフェ。楽しみですね」
リンドヴルムさんがパフェのことを考えているのか、とても嬉しくなりそうな表情で見る。
パフェに行くだけなのに。それでもそう嬉しそうな表情をしてくれるだけで十分だと思ってしまった。
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