第34話 魔物とビール

 

「真白はレモンハイですね」

「はい。ありがとうございます」


 リンドヴルムさんが台所に向かったと思ったらすぐに声が聞こえた。

 返事をするとすぐにお寿司とお酒とコップをお盆にのせたリンドヴルムさんが視界に入る。

 リンドヴルムさんはそのまま机まで来ると、机の上にお寿司と飲み物を置いていく。


「ありがとうございます」

「いえいえ。真白。ご飯にしましょう」


 そう言いながら私の隣に座り、缶ビールのプルタブを開けた。私も急いで缶チューハイを開けるとコップに注ぐ。


「お疲れさまでした」


 机の上に缶チューハイを置くとリンドヴルムさんが私の方に缶ビールを向けながら言う。

 急いでコップを持ち、リンドヴルムさんが持っている缶ビールに軽く当てた。


「リンドヴルムさんもお疲れさまでした。色々とありがとうございました」

「僕は大したことはしていませんよ」


 ゴーシールシャを倒したのにな。本当に規格外の強さだ。これ以上の話が出てきても私では処理出来そうもないし、話を広げないようにしよう。何も言わずにコップを缶ビールから離し、一口飲んだ。


 同じタイミングでリンドヴルムさんも自分の口の方へ缶ビールを寄せ、そのまま口をつける。

 豪快だな。ただその姿も絵になっていて、本当に顔が良いのはずるいと思う。

 視界から外した方が良いのに、目をそらせなくてそのまま見ていると、リンドヴルムさんの綺麗な顔が少し歪んだ。やっぱりビールが思っていたのと違う味だったみたいだ。


「ビールは思っていたよりも苦いですね」


 そのまま困ったように笑った。リンドヴルムさんは甘党みたいだし仕方ないか。だからと言って捨てるのは良くない。リンドヴルムさんが飲めないときは私も協力しよう。


「残りは飲めますか?」

「はい。初めての味ですが、まずくはないので大丈夫ですよ」


 ふふと笑いながらリンドヴルムさんが言うともう一口飲む。また苦い顔をしているのは気になるけど、本人が大丈夫って言うのならまぁ良いか。

 コップを置いてから、手を合わすとリンドヴルムさんも缶ビールを机の上に置く。そして二人でいただきますと言って食べ始めた。


 上寿司は滅多に食べられないご馳走なので、どれから食べようか迷う。アワビやウニは一年振りくらいだし、大トロは脂がのって綺麗なピンク色。やっぱりとても迷う。


 んー。やっぱりまずはウニからかな。小さく息を吐いてゆっくりと箸で取る。口にいれるとすぐに溶けていった。美味しい。


 幸せだな。食べたらなくなるのが当たり前なのに、なくならないで欲しいと思ってしまう。

 だからかいつもよりもゆっくりと噛み締めるように食べる。それでもすぐになくなってしまった。


 また食べたいな。これからも上寿司を食べられるように頑張ろう。お寿司の入っていた空っぽの容器を見ながら心に誓った。


「ごちそうさまでした」


 これ以上見ていても空の容器からお寿司が出てくるわけではないし、早く片付けよう。そう思った瞬間、リンドヴルムさんの声が聞こえた。


「ごちそうさまでした」

「リンドヴルムさん。ごみを捨てますね」


 リンドヴルムさんも同じタイミングで食べ終わったようだ。なら一緒に捨てよう。そう思ったが、リンドヴルムさんが私を制止するように声をかける。


「それなら僕が。冷蔵庫からお酒を取ってくるので、一緒に捨ててきますね」

「あっ。ありがとうございます」


 そう言うとリンドヴルムさんはごみを集めて台所へと向かう。すぐに缶チューハイを持ってきた。

 そして私の横に座る。いつものように配信部屋で作業しないんだ。珍しい。まぁけど少しは休んだ方が良いか。

 何も言わずにリンドヴルムさんをさりげなく見ていると、缶チューハイのプルタブを開け、そのまま口をつける。格好いいな。


「お酒は美味しいですね」

「えっ。は、はい! じゃなくて、いくら美味しくてもお酒の飲み過ぎはダメですよ」


 竜がお酒に酔うのかわからない。だから飲み過ぎ厳禁だ。

 リンドヴルムさんは私の言葉が伝わっていないのかクスクスと笑う。


「はい。普段は1本にします。今日は特別です」

「特別?」

「ええ。真白がケンタウロスを討伐しましたからね」


 リンドヴルムさんがチューハイを一口飲むと未だに楽しげな表情で言った。

 倒せて特別か。そんな事を言ったら毎回特別なんじゃないか。


「毎回特別になりますよ」

「それは頼もしいですね」

「私が強い魔物を倒せるって自信たっぷりに言っているのはリンドヴルムさんですよ」


 矛盾している。ため息をつきながらリンドヴルムさんを見ると、何かに納得したような表情でこっちをみていた。


「僕は真白がケンタウロスを倒せるとは思っていませんでしたよ。だから特別なんです」

「えっ!?」


 どういう事だ? 真意を探るようにリンドヴルムさんを見るとリンドヴルムさんがクスクスと笑った。


「僕が手を出さなかったのは様子を見ていたからです。今の真白は格上相手にどこまで戦えるのか。知りたかったんです。そしたら突然火の壁は作るし、予備動作なしで魔力を発動したんです。あれは想定外でしたよ」

「偶然です。あの時はがむしゃらで、それどころではなかったです」

「違いますよ。真白が意図して作ったんです。未知の魔物にあっても僕に頼らず、諦めずに自分の力を信じた結果です。今日の真白は間違いなくヒーローでしたよ」


 目を細めて優しい表情で言った。見ていると段々と恥ずかしくなり、そっと視線を外す。


「そんな事ないですよ。反省点はいっぱいあります」

「はい。知ってますよ。それはちゃんと次に活かしてくださいね」

「わかってます。まずはスタミナ切れしない。後は倒れないようにする。あっ、私、重かったですよね」


 私を支えた時のリンドヴルムさんが頭に浮かぶ。あれも良くなかったな。

 気を付けないとと思いながらリンドヴルムさんの方向を見ると、リンドヴルムさんが苦く笑っていた。まるで言葉を探しているようだった。女性に重いと言うのは良くないし。


「良いですよ。言葉は選ぶ必要はないです」


 言葉を選ばれる方が良い。リンドヴルムさんは少し悩んだ表情をしてから気まずそうに口を開いた。


「別に真白が重かったわけではないですよ。実はあの時の僕は真白に触れられなかっただけです」

「え?」


 予想外の言葉が来た。触れられなかった。どういうことだ? リンドヴルムさんは私をがっつり支えていた。

 怪訝な表情でリンドヴルムさんを見ていると未だに困った表情でゆっくりと口を開いた。


「あの時の僕はあなたの命令に背いたんです」


 さらっと言っているけど、眷属の命令ってそう簡単に背けるの? そのままリンドヴルムさんをじっとみていると誤魔化すように笑った。

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