第32話 柳井と大切な生徒

 ゴーシールシャから魔力を吸うとすぐに帰還となった。スタミナが切れているので、リンドヴルムさんの背に隠れながら帰る。

 途中で何匹か魔物に遭遇するが、リンドヴルムさんが視界に入った瞬間逃げて行くので、何事もなくダンジョンの入り口まで来た。

 後少し。そう思いながら、帰還地点の方向を見ると人のような影が見える。誰だろう? リンドヴルムさんの背に隠れながらもじっと見るとその影が柳井先生と杉村さんだとわかった。

 私たちの事を出迎えに来てくれたんだ。


「先生。帰還しました」


 先生に声をかけると先生たちも私たちの方に来てくれた。普通に話せるくらいの距離になると柳井先生が少し安心したような表情で私に声をかけた。


「羊川。おかえり。怪我はないな」 

「はい」


 先生が怪我をしていないか私をチェックした。そのまま大人しく立っているとすぐに先生が私に視線を戻した。


「君に怪我がなくて何よりだ。スタミナ切れの上にゴーシールシャが近付いていると聞いていたからね。まずはここまで戻って来てくれて良かったよ。話したいことはあるが、まずはダンジョンの外に出よう」

「はい」


 そのまま先生達と一緒にダンジョンから帰還する。ダンジョンの外に出ると杉村さんが私達に声をかけた。


「どうやらゴーシールシャには出会わずにすんだようですね」

「いえ。倒した方が早かったので、倒して来ましたよ」


 相変わらずリンドヴルムさんはさらっと言う。リンドヴルムさんの空気を読まない言葉に柳井先生がため息をついた。


「そうか。リンドヴルムが倒したのか」

「ええ。真白はちゃんと僕の背中に隠れていましたよ。ほら」


 リンドヴルムさんがスマホをいじると先生達に先ほどの映像を見せていた。リンドヴルムさんはそう言っているが、多分杉村さん達にとっては私が背中に隠れているよりもリンドヴルムさんがゴーシールシャを倒している方が大事だろうな。


 そう思いながら先生達を見ると、やっぱりそうみたいで、リンドヴルムさんがゴーシールシャを倒す映像を柳井先生と杉村さんは何も言わずに真剣な表情で見ていた。


「あなたにとってはゴーシールシャも敵ではないのですね」

「ええ。ただの牛ですよ」

「そうですか」


 リンドヴルムさんの言葉に杉村さんが再び映像を見る。

 ゴーシールシャをソロで簡単に倒せるのはそれなりの実力がないと無理だしな。杉村さんの確認を大人しく待っていよう。

 そう思いながらまわりを見渡すと先生と目があった。先生は私と目が合うと目を伏せて、困ったような表情をした。

 なんとなく何か言葉を探しているようで、そのまま先生を言葉を待つように見ているとゆっくりと口を開いた。


「羊川。おめでとう。立派だったよ」

「ありがとうございます。先生! あのっ。魔力をコントロール出来ました」

「あぁ。配信を見ていた」


 先生が目を細めて嬉しそうな表情をしながら言った。そうだよね。先生も配信を見てくれていたんだよね。褒めてくれるとは思っていなかったから嬉しい。


「せ、先生が言ってくれたからです」

「私が?」

「はい。魔力量が増えれば火をコントロール出来るって言ってくれて、そ、それで、その、盾を作れたんです」


 嬉しいって気持ちがいっぱい出てくる。頭に浮かぶ言葉をそのまま伝えると先生がクスクスと笑った。


「それは君の力だ。だがそう言って貰えると私は君の教師として誇らしく思うよ」


 先生が私の頭に優しく触れる。誇らしく。その言葉が嬉しい。


「こ、これからも頑張ります!」

「気張る必要はない。君は期待されると頑張り過ぎるところがある。いつも通りで良い。周りの状況は変わっているが、しっかりと一歩ずつ成長していくんだよ」


 変わっていても先生は変わらずに声をかけてくれる。それが嬉しくて先生に返事をする。


「はい!」

「楽しそうですね」


 突然杉村さんの声が聞こえた。そのまま視線を移すと珍しく穏やかな表情で私たちの方を見ていた。


「次長すみません。話の途中でしたね」

「いえ。許可したのは私です。すみません。あなた方を見ていたらつい声が出てしまいました。やはり教師は良いですね」


 杉村さんが微笑んだ。杉村さんは無表情と言うかあまり感情を見せる事がないからかそれが凄く珍しく感じた。柳井先生も心なしか嬉しそうで、私もちょっとだけ嬉しくなる。


「羊川さん。あなたはまだ一年目。しっかりと成長して下さい」

「は、はい!」

「無理をして再起不能となる冒険者もいます。誰が何を言おうとあなたは自分のペースで良いんです。今日はゆっくり休んで次の戦いに備えて下さい」

「はい!」


 勢いよく返事をすると杉村さんが先生のように口元を緩める。それから杉村さんはリンドヴルムさんの方向へ視線を移す。


「リンドヴルムさん。先ほどの配信を見ている限り、あなたは信頼出来ます。六本木……。いえ。羊川さんをよろしくお願いします。この子は私達の大事な宝でもありますからね」

「ええ」

「た、宝!?」


 杉村さんの言葉に思わず反応してしまった。突然そんな凄いことを言われるとは思っていなかった。びっくりして杉村さんを見ると杉村さんは穏やかな表情のまま私に視線を向ける。


「ええ。生徒は皆宝です。柳井もあなたの同期も先輩も。そして今学んでいる後輩達も全員私達の大事な宝ですよ」


 そう言う杉村さんはまるで先生みたいで、雲の上の存在だと思っていたガードマンさんが少しだけ身近な存在だと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る