第24話 【朝活】僕より弱いヤツに会いに行きます 1


 浅草ダンジョンに入り、リンドヴルムさんと一緒にカメラの最終確認をしてから、配信の待機画面を見る。


【朝活】僕より弱いヤツに会いに行きます

 概要欄:制限時間2時間。ミノタウロス耐久

 ※この配信は魔衛庁の許可を得ております。


 相変わらず緊張感のない題名だ。僕より弱いかもしれないけど、私より強いぞ。それに耐久ってなんだ。耐久って! 確かに二時間で二十五体討伐するけど。


『耐久?』

『相変わらずチャンネルが乗っ取られている』

『ミノタウロスくんバカにされすぎワロタ』

『変異種じゃないからな』

『ミノタウロスくん可哀相に』

『同情されとるw』

『まさかミノタウロスも竜王を引き連れてくるとは思うまい』

『そろそろ八時!』

『待機』


 配信時間が近づいたからか、待機画面のコメントも段々と流れが速くなる。あと少しなんだ。コメントの速度と同じように私の心臓も早くなっている気がする。


「真白」

「ひゃっ」


 びっくりした。声の方向を見るとリンドヴルムさんが少し気まずそうに笑っていた。


「真白。僕ですよ」

「きゅ、急に話しかけないで下さい」


 初めての浅草ダンジョン。しかも戦うのは教科書でしか見たことがない未知の魔物。緊張や色々な気持ちで情緒がごちゃごちゃだ。そんな状況なのに呑気に話しかけないで来ないで欲しい。


「真白。ほら深呼吸です」


 リンドヴルムさんが私に視線を合わせるように膝を曲げ、宥めるように優しい声で言った。

 思わずリンドヴルムさんを見るとリンドヴルムさんは優しく微笑み、ゆっくりと口を開く。


「真白。まずは息を吸って、はい。吐いて」


 リンドヴルムさんに言われたとおりに深呼吸をする。何回かしていたら、少しずつ落ち着いてきた気がする。


「落ち着きましたか」

「はい」


 落ち着いてきて、先ほど八つ当たりのように言ってしまった事を思い出す。「ごめんなさい」気恥ずかしさからか、小さな声で言うとリンドヴルムさんは気にせず微笑んでいた。


「ふふっ、真白は緊張しすぎです。ミノタウロスを倒すだけですよ」


 倒すだけではない。他人事だから好き放題言っているな。余裕な表情がムカつくが、これからミノタウロス。冷静にならなきゃ。小さく息を吐く。


「だけじゃないですよ」

「だけですよ。真白なら問題なく倒せます。なんなら賭けてもいいですよ」

「賭けてもって……適当に言わないで下さい」


 こっちは真剣なんだ。本当に人ごとなんだから。


「適当じゃないですよ。ふふっ。そうですね。真白がミノタウロスに勝ったら、僕にパフェをご馳走してください」

「えっ?」

「ズコットケーキでも良いですよ。両方とも果物がたくさんで美味しそうですからね」


 なんで? なんで私が勝ったらリンドヴルムさんにスイーツをご馳走をするの? 可笑しくない?


「私が食べるならまだしも」

「そしたら、真白の分も買ってもらいます」

「私の分を私に買って貰うって何ですか! ってそうじゃなくて。普通は勝った方が食べられるんですよ」

「間違ってないですよ。僕が賭けに勝つからです。真白は負けませんから」


 はっきりと言いきった。なんで私の事なのにそんな自信満々なんだ。


「真白はどうしますか。真白の負けに賭けますか?」

「賭けません。私だって負けたくはないです」

「それでしたら、賭けが成立しないですね」


 リンドヴルムさんが目を細めながら微笑む。なんかうまく乗せられた気がするけれど、勝つしかない。


「勝つから良いんです」

「ふふっ。でしたら配信を始めますよ。準備はいいですか」

「はい。お願いします」


 小さく深呼吸をしてから返事をするとリンドヴルムさんが配信スタートのボタンを押す。配信開始だ。

 スマホを見ていると、すぐに私とリンドヴルムさんが画面に映った。


「おはようございます。今日もありがとうございます。羊川真白です」


 うん。声はいつも通り出る。リンドヴルムさんと話していたからか、さっきよりも緊張がほどけている気がする。


「おはようございます。真白の可愛い竜のリンドヴルムです。今日は真白の専属トレーナーとして頑張ります」


『おはよ!』

『可愛い竜は乗っ取りをしない(定期)』

『相変わらず情報が多い』

『真白ちゃん。気をつけてね!』

『トレーナー?』


 あっ。リンドヴルムさんの言葉に気付いたリスナーさんがいた。そのコメントが流れるとリンドヴルムさんは待ってましたと言わんばかりの表情で口を開く。


「今日戦うのは真白一人です。僕はトレーナーとして後方から見守っています」


 ゴーシールシャとアシュヴァシールシャとオーガの出現など不測の事態が起きたらその時はリンドヴルムさんに頼るかもしれないけど、基本的には私一人で戦う。

 六本木ダンジョンも控えているし、私自身が戦えるようになるのも大事だからだ。


 私も強くなった方が良いし、納得はしている。初戦ミノタウロス以外は。


『知ってた』

『リンドヴルム。邪魔するなよ』

『当たり前なのかwwwリンドヴルムが戦って真白ちゃんが魔力を貰うと思ってた』

『それはさせんだろ』

『ソロで討伐している新人だぞ』

『やっぱ竜王にもキャリーさせないのか』

『リンドヴルム。残念だったな』


 リンドヴルムさんの戦いを期待するリスナーさんが多いと思っていたからその反応は予想外だった。思ったよりも好意的なコメントが流れる。同接数も二百万人のまま減る様子はない。これから新人のミノタウロス討伐配信だけど良いのかな。


「多分思ったよりもサクサクは行かないと思うので無理することは」


『真白ちゃん戸惑っていて草』

『普通はミノタウロス討伐でここまで盛り上がらんしな』

『新人が六本木ダンジョン奪還に挑戦するためのレベリングだぜ。気になるだろ』

『むしろミノタウロス相手にサクサク行ったら怖いw』

『成長コンテンツ!』

『なんだかんだ言ってリンドヴルムがいるから安心して見てられる』

『安心して見られる格上と戦う配信ってレア』

『初戦ミノタウロス』


 過去のアーカイブで私が弱いことは多分知っているだろうし、きっとこれから一ヵ月でどこまで強くなったか見届けたいんだ。うん。それならリスナーさん達の期待に添えるように頑張ろう。


「頑張ります」


『頑張って下さい』

『無理すんなよ』

『いてらー』


 よし。そろそろ奥へ進もう。リンドヴルムさんへ視線を送るとリンドヴルムさんが微笑みながら私に声をかける。


「ふふっ。ねっ。真白はいつも通りが良いんですよ。それに真白は僕のご主人様なんですよ。ほら、もう少し自信を持って」

「い、いい、いつも通り」


 いつも通りで良い。いつも通り。いつも通りでってなんだっけ。


『いつも通りがゲシュタルト崩壊』

『トレーナーデバフかけんな』

『トレーナーは腕組んで後方で見守っていろ』

『いつも通りは火で燃やすんですよ』

『火だな』


「ひ、ひひひですね」

「ええ。火で燃やすんです。ゴブリンよりも的が大きいので良く燃えますよ」

「ミノタウロスですよ」

「ええ。ミノタウロスもゴブリンも変わりませんよ」


 そう言うとリンドヴルムさんがダンジョンの奥へ進み始める。それはリンドヴルムさんが強いからと言っても聞いてくれないんだろうな。

 小さく深呼吸をしてから、リンドヴルムさんについてダンジョンの奥へと向かった。

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