3.浅草ダンジョン

第23話 魔物と早朝


 こういう時の時間の流れはいつもよりも早いんだよな。


 浅草ダンジョンの入り口前で私は時計を見ながら思った。七時四十五分。さっき時計を見た時から五分くらいしか経っていないと思ったのに、もう十五分経っていたのか。残り十五分もあっという間かもしれないな。


 十五分後……八時になったらミノタウロス討伐が始まる。


 八時。朝の八時。改めて考えるとやっぱり早い。最初聞いた時は聞き間違いだと思ったほどだ。


 けど仕方ないか。リンドヴルムさんが日本橋以外のダンジョンに入った時にどうなるかわからないし、もし冒険者さんに影響が出たら問題だ。

 だからか魔衛庁からの要請で、今日の配信は浅草ダンジョンを貸しきって行う事になった。

 ただ私達がずっと浅草ダンジョンを占有しているわけにはいかないので、貸し切り時間は比較的人の少ない朝の八時から十一時の三時間。

 と言っても最後の一時間は影響がないか確認する時間なので、実質二時間。二時間でミノタウロスを探して討伐しないといけない。結構なハードスケジュールだ。


「羊川」


 考えている途中で私を呼ぶ柳井先生の声が聞こえた。急いで振り向くと先生が私達の方へ向かってきていた。私達も先生の元へ向かう。


「先生」

「手続きが終わったよ。もうダンジョンに入っても構わない」

「はい。ありがとうございます」


 どうやら浅草ダンジョンの封鎖手続きが終わったようだ。

 まだ十分以上あるけど、もしかしたらダンジョンに入っている冒険者がいないから、もう許可が出たのかな? スムーズにいくのは嬉しいけど、ミノタウロスの討伐が早まるので少し複雑だ。


「お礼を言うのは私の方だ。君が八時と了承してくれたからかなりスムーズに進んでいる。もう少し長く取れそうだが、リンドヴルム。本当に二時間で良いんだな。三十分くらいなら上に掛け合える」


 柳井先生が確認するようにリンドヴルムさんへ話しかける。


「はい。僕達が占有しすぎるのも良くはないですからね。今日倒すのはミノタウロスを二十五体。二時間あれば問題ないですよ」


 リンドヴルムさんがいつも通り余裕の表情で答えた。戦うのは私なのにな。二十五体。問題はありありだ。

 柳井先生もそう思ってくれているのか、リンドヴルムさんの言葉にため息をついた。


 ミノタウロスはキングゴブリンと同じくらいの力を持った魔物だ。キングゴブリンと違うのは変異種ではないこと。だから浅草ダンジョンで結構生息している。

 キングゴブリンよりも遭遇しやすい。確かに二時間あれば時間は充分かもしれないが、一番の問題は私の実力だ。移動時間を考えると三分以内で倒さないといけない。

 倒せるか倒せないかなのに。


「二十五体で問題ないか。まぁいい。羊川。無理はするなよ」


 苦い表情をして柳井先生が言った。先生も同じ事を言いたいんだろうな。

 ミノタウロス二十五体。どうなるかわからないけど、慎重に戦おう。


「はい。慎重に頑張ります」

「君は充分頑張っているよ。何かあったらリンドヴルムに助けを求めるんだ。リンドヴルムを頼っても誰も君を責めない」


 先生が私の頭を撫でた。先生の不意打ちのような優しさは少し照れてしまうけど、嬉しい。


「はい」


 照れ臭さを誤魔化しながら返事をすると先生が微笑む。先生が私の頭から手を離そうとしたら突然、私の頭にもう一つ手が伸びた。


「僕がいるんですよ。真白に無理はさせませんよ」


 そう言いながらリンドヴルムさんの手が私の頭を撫でている先生の手を取り除くように触れようとする。

 触れそうになった瞬間、先生がリンドヴルムさんのその手を弾くように私の頭から手を離す。


「二十五体討伐すると言っている時点で貴様は信用できない」


 先生が鋭い視線を送りながら、少し低い声で言った。


「そんな無理な事を言っていませんよ。そもそもミノタウロスの推奨レベルは火が二十。今の真白にとって格下の相手です」


 間違っていないが、そう言う数字だけの話はしないで欲しい。私にとってミノタウロスは未知の魔物だ。


「リンドヴルムさん。格下じゃないです」

「羊川にとって有利であろうと、初めて対峙する魔物には変わらない。幾ら格下でも先手を取られたら危険だ」

「確かにあなたの言うとおり最初の数体は戸惑うかもしれませんが、慣れればゴブリンみたいになりますよ」

「……口が減らないな。まぁ良い。羊川を頼んだ。歯痒いが頼れるのは貴様だけだからな」


 柳井先生は諦めたように苦い顔で言った。そんな先生とは対照的にリンドヴルムさんは変わらずに微笑んでいた。


「もちろんですよ。浅草にいる魔物はミノタウロスだけではないですし、今の真白ならケンタウロスはなんとかなるかもしれませんが、ゴーシールシャとアシュヴァシールシャにオーガもいますからね。真白。何かあったら僕の背に隠れて下さいね」


 誇らしげにリンドヴルムさんが言った。なんか嫌だけどそうは言っていられない。

 ゴーシールシャとアシュヴァシールシャとオーガは変異種。それもかなりのレベルだ。変異種ではないケンタウロスでさえ推奨レベルが体二十か風十五。火でなんとか出来ないし、間違いなく格上の相手だ。


「はい。お願いします」


 私が戦えるのはミノタウロスだけ。格上の相手ばかりだからか、名前を聞くと心臓がバクバクしそうになる。小さく深呼吸をしてから柳井先生へ声をかける。


「柳井先生。行ってきます」

「行ってらっしゃい。君の帰りを待っているよ」


 先生に手を振り、転移石の方へ向かい、触れる。頭の中に現れた『地下1階』の文字を選ぶと、一瞬暗くなり目の前にはいつもと少しだけ違う森林が広がっていた。

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