第21話 【雑談】緊急で動画をまわしています 3

 

 リストに書かれている質問は全て答え終わった。そろそろ一時間。六本木ダンジョンの話をして、配信終了かな。とりあえず、これ以上答えられない事はリスナーさんには伝えよう。


「リンドヴルムさん。質問は以上ですね」


 リンドヴルムさんはすぐに返事はせず、最終確認をするように真剣な表情で質問の紙を凝視する。

 それから少ししてから私に微笑みかけてからカメラへ視線を移す。


「はい。今日話せる質問は終わりましたし、後はこれからの予定を話して終わりですね」


 私にワンクッション置かなくて良いのに。リンドヴルムさんの笑顔は心臓に悪い。急いでコメント欄へ視線を移す。


『了解』

『お』

『予定!』

『なんだ』

『何と戦うの?』


 コメント欄はリスナーさんの期待しているようなコメントで溢れていた。それを見ているとリンドヴルムさんがリスナーさんに受け入れられているようで少し安心する。

 変わってはいるけど、人に対して悪意がないことは伝わったみたいだな。


「何と戦うの? 真白がミノタウロスとですね。ふふっ。暫くは真白のレベル上げで耐久配信をします。耐久と言っていますが何日かに分ける予定です」


 リンドヴルムさんの言葉を聞きながらコメント欄を見ていると、私が戦うのが意外だったのか、私が戦うのか尋ねるコメントが一気に流れ始める。


『真白ちゃんがミノタウロスと戦うってま?』

『真白ちゃん。まだ1年だぞ』

『一年目ミノタウロスはありえん』

『今からオークに変えても問題ないぞ』


 リンドヴルムさんが戦わないことに残念がるコメントよりも私を気遣うコメントが多い、リンドヴルムさんを全面に出さなければいけないと思っていたので、少しだけ気が楽になった気がする。


「ありがとうございます。頑張ります」


『無理しないで下さいね』

『そもそもなんでレベリングなの?』

『討伐って言っていないのおかしくね?』

『相変わらずもったいぶる言い方』

『何を隠してるんだ?』


「相変わらず。真白のリスナーは察しがいいですね。真白と一緒に行きたいダンジョンがあるんです」


 六本木はゲームじゃないのに。それでもここで私が言うのも違う気がするし、リンドヴルムさんとリスナーさんのやり取りを見守ろう。

 そっと柳井先生達を見ると同じように思っているのか苦い顔をしていた。


『何するの』

『どこ行くの?』

『もしかして高難度ダンジョン』

『浅草より上だよな』

『池袋?』

『舞浜?』


 六本木が封鎖されているからか六本木と言うコメントは流れてこない。リンドヴルムさんはどう思っているんだろう。タブレットでリンドヴルムさんの表情を見ると興味ありげな表情をしていた。


「あり得ない事なんですね。僕と真白が行くのは六本木です」


『まじかよ』

『六本木?』

『六本木は封鎖されてるよ』

『真白ちゃん、入れるの?』

『新人を六本木ダンジョンに入れるの?』


 リンドヴルムさんが軽く言っているからか疑心暗鬼なコメントが多い。ただこの配信は魔衛庁が確認していると話しているし、ちゃんと説明すれば大丈夫だろう。


「真白が六本木に入れるの? はい。僕も真白も六本木ダンジョンの奪還の許可は頂いています。ただだからといって今すぐに真白を六本木ダンジョンに連れていけませんからね。そのためのレベリングです」


 その言葉をきっかけにコメントが一気に流れる。


『ガードマンさん、配信切っていない』

『よし』

『ま?』

『うおおおお』

『盛り上がってきた』

『人の反撃じゃあああ』


 伝わって良かった。それにしても予想以上の反応だ。

 喜んでいるリスナーさん達のコメントを見ると私も頑張ろうと思う。やっぱり明るいニュースは嬉しい。


「予定ですと一ヶ月後ですね。一ヶ月かけて真白にはコカトリスと互角になって貰います」


『コカトリスと互角?』

『真白ちゃん。まだ1年だぞ』

『一年目!大事だから何回も言うぞ』

『ありえん』

『1年目の冒険者がコカトリスと互角ってありえんぞ』

『スパルタ過ぎん?』


「僕は真白が出来ない事をしませんよ」


 余計な事を言うなと言わんばかりにはっきりと言い切った。戦うのは私、なんだけどな。その自信はどこから出てくるんだ。突っ込みたいが、余計な事はしたくない。

 諦めながらコメントを見る。


『新人冒険者を育てて封鎖ダンジョンの攻略』

『ヤバない?』

『リンドヴルム救世主じゃん』

『人の味方って考えて良いのか?』

『何か見返り狙っていそう』

『ここまで人の味方になってくれると何か裏がありそうですね』


 まさかだ。この場面で不穏な空気が流れると思わなかった。

 リンドヴルムさんは相変わらず何考えているかわからない笑顔をしているしな。正直私がフォローし辛い。


「人の味方じゃないです。僕は真白だけの味方ですよ。見返り……出来れば欲しいものならありますね」


 欲しいもの。目的はないと昨日言っていたよね。そう不穏な事を言わないで欲しい。


『いっそ清々しい』

『リンドヴルムにとって人は真白か、真白以外なんだろうな』

『欲しいもの?』

『世界?』

『日本?』

『言える事?』

『何?』


「そうですね。配信が止まる内容ではないと思いますが、確認しますね」


 そう言うとリンドヴルムさんは待機画面とミュートにして、杉村さんの方へ視線を移動した。杉村さんも予想外の展開に緊張しているようだった。


 リンドヴルムさんは杉村さんと視線があうと申し訳なさそうな表情で口を開いた。


「すみません。興がのって事前に確認していない事まで喋りすぎてしまいました。真白の配偶者欄が欲しいと言っても良いですか?」


 私の配偶者欄。その言葉に乾いた笑顔が出そうになった。

 あり得ないけど、リンドヴルムさんならわかるなと思ってしまった。一応私に恋しているって言っていたし。


「大きな影響はありませんので、問題はありません。ただ、羊川さんの問題でもありますから、羊川さんに確認してください」


 杉村さんは絞り出されるような声で言った。私とリンドヴルムさんの問題。だよね。正直杉村さんも困るだろう。


「真白。言っても良いですか?」

「言うだけなら良いですよ。絶対配偶者欄をあげませんけど」


 確かに魔物が欲しがるものの中ではかなり安全な部類だと思う。私の配偶者欄と聞いて大半のリスナーさんは安心するだろう。


 私の返事を聞くと、リンドヴルムさんはスマホの操作を始める。するとすぐに私が見ているタブレットが待機画面からリンドヴルムさんに変わる。


「みなさん。お待たせしました。許可が取れましたので発表します。僕が欲しいのは真白の配偶者欄です」


 リンドヴルムさんはカメラに向かって手を振ると明るい声色で言った。

 その瞬間、コメント欄が止まる。だがそれは一瞬ですぐに勢いよく流れ始めた。


『おい』

『やめろ』

『雑談が一気にホラー配信』

『記憶の件からもうホラーや』

『お前はペットだろ』

『いや、そもそも同居竜!』

『プロポーズ?』

『配偶者欄と言っているから多分違う』

『そもそもなんで配偶者欄なの?』


 確かに。リンドヴルムさんの言い方が事務的過ぎる。昨日は恋と言っていたから、結婚したいのかなと思ったが、冷静に考えると違和感がある。

 リスナーさんのコメントに答えるだろうし、このまま様子を見ていた方が良いな。


「なんで配偶者欄なの? 簡単ですよ。僕と配偶者になれば、真白が既婚者になって他の男が近づきません」

「私に他の男の人が近づかない?」


 予想外の言葉だった。思わずリンドヴルムさんに尋ねるとリンドヴルムさんは相変わらず笑顔で「はい」と言う。

 え? 訳がわからない。確かに竜のリンドヴルムさんにロマンティックな言葉を求めるのは可笑しいと思う。

 リンドヴルムさんへの気持ちが更に覚めた気がする。良いことだ。


『既婚者にしたい』

『なかなかのパワーワード』

『男よけって事?』

『指輪より効果的だな』

『なんか結婚したいって言うよりも配偶者欄を埋めたいみたい』


 このコメントがしっくりきた。他の誰かとの結婚を阻止している? なんのために?


「配偶者欄を埋めたい? その通りですよ。他の男の名前が入るかもしれない場所ですよ。出来れば僕の名前でブロックしていた方が安心です」


『最低』

『配偶者欄ってブロックするものなの?』

『出来れば配偶者欄を自分の名前で埋めたい』

『ないわ』

『うわ』


 リンドヴルムさんが言っている意味が全くわからない。いや、言いたいことがわかるけど、頭が理解する事を拒否をしているようだった。


「大事ですよ。近づいた男を既婚者への不貞行為と言う大義名分の元、断罪出来ますし」


『配偶者欄の不正利用』

『マジもんのヤンデレだ』

『ひっ』

『欲しいものと言うか、真白に近づくんじゃねぇぞって言いたいみたい』


「真白に近付くんじゃねぇぞ。ふふ。確かにそうかもしれませんな。僕の大切な真白を拐かそうとしないで下さいね」


 カメラをじっと見つめながら微笑んだ。要は私とリンドヴルムさんの生活に誰も入るなって事か。

 ……巻き込めるわけがない。


「私は誰も好きにならないので、安心してください」


 あなたには恋をしない。と言うかしたくない。そんな気持ちを込めて言うと。リンドヴルムさんが嬉しそうに微笑んだ。


「はい。それで充分です」


 誰も好きにならない。それはリンドヴルムさんに対してもだとは気付いていないのかな。でもこれで良いならそれで良い。冒険者で手一杯なので、恋人とかも考える余裕もない。問題はない。


『良いのか?』

『良いんじゃないの』

『それで良いの?』

『良いんだよ』

『そろそろ配信終了だったな』


 うん。リンドヴルムさんがどう思っているかは知らないけど、そう言うのならこれで良い。


『真白ちゃんの彼氏。きっと配信見ながら泣いているよ』


 ん? 私の彼氏? そんな人はいないよ。と言うかそんな余裕もないし。


『見ているか!俺はお前の味方だ』

『俺もだ』

『彼氏。きっと良いことある』


 どうしよう。リスナーさん達が幻の彼氏を励ましてる。もしかして私は二百万人の前で彼氏はいないと言わなきゃいけないの? 恥ずかしい。


「安心して下さい。ちゃんと僕の他に配偶者の候補が居ないことは記憶を見て確認済みです。ねっ。真白」


 その瞬間コメントが止まる。少ししてから『ごめん』『ごめんなさい』と謝罪の言葉が流れた。とてもいたたまれない。


「いえ。あの。その。気にしないで下さい」


 笑って誤魔化すしかなかった。柳井先生の方を見るとなんとも苦い顔をしていた。


『何とも言えない空気』

『真白ちゃん、好みのタイプ晒しあげられたあげく、彼氏一生出来ないって宣言されたようなもんだしな』

『っらい』

『ガードマンさん、配信を切ってもええんやで』

『元々終了だしな』

『今切れても恨むやついないでしょ』

『これからの予定も聞いたし』


 コメント欄がお通夜状態で、杉村さんも少し困惑していた。

 ってこのままだと私に彼氏がいないから配信終了? 嫌すぎる。


「ふふ。では今度の土曜日。ミノタウロス耐久でお待ちしております」


 リンドヴルムさんが勝手に締めの挨拶しているし、このままじゃ本当に終わりそう。


『了解』

『明後日じゃん』

『ミノタウロスファイト!』

『応援なら任せろ!』


 コメントも終了する雰囲気だ。これ以上伸ばしても話題はないし、寧ろリンドヴルムさんが何か口を滑らす可能性もあるし、ここで配信を終わらせるのは妥当かもしれない。彼氏の話題は切り抜きでカットして貰おう。

 

「皆さん。今日もありがとうございました」


 私が言い終えるとミュートにして待機画面にする。待機画面に『お疲れ様』や『おつ』と言う言葉が流れているのを見ながら、リンドヴルムさんが配信を切った。


 無事に終わったのかはわからない。それでもリスナーの皆さんにリンドヴルムさんの事を少しでも話せたことは安心した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る