第22話 真白と兄
杉村さんが見ていた限りでは配信内容に問題はないとの事で、配信が終わると今日はすぐに帰宅となった。
今日も疲れていたのでスーパーに寄ってお弁当を買って家に帰る。
二日連続お弁当になっちゃったし、明日はちゃんとご飯を作ろう。そう思いながらもソファーでテレビを見ていた。
もちろんここは一時的にリンドヴルムさんのベットだし、リンドヴルムさんが休むかどうかの確認はしている。なので問題はない。
そもそも最初、今日はもう寝ちゃおうと思ってもいた。けどリンドヴルムさんがこれからさっきの配信の確認をすると言ったので、念のため待機している。
私が配信部屋に行って一緒に作業しようとしても、邪魔するだけだから。
私が出来るのは確認と許可だけ。必要になったらすぐに動けるよう、起きていられる限りは大人しくソファーで待機している。
本当にリンドヴルムさんにおんぶに抱っこだな。明日はちゃんとびわを探しに行こう。さっき黄色の果実ですとみかんをカゴに入れたリンドヴルムさんを思い出しながら考える。びわ。どこなら売っているかな。
ってそう思ってしまう所が住み着かれている理由なんだろうな。勝手に住み着いているのはあっち。わかっているのにそう簡単に割り切るのは難しい。
寧ろ段々と追い出し辛くなって来ている気がする。リンドヴルムさんは確かに言動がおかしい。と言うか気味が悪い所がある。だけどきっとそれはリンドヴルムさんが魔物だからとどこかで仕方ないと思い始めている自分がいる。
もし人だったら……これは思わない方が良いな。
考えるの辞めるように再びテレビに視線を移す。ニュースのテロップを読もうとした瞬間、突然家の電話が鳴った。先生かな? 急いで電話に向かい受話器を取る。
「もしもし。羊川です」
「真白?
素っ気ない男の人の声が聞こえた。蒼斗。お兄ちゃんだ。
まわりの同級生からはさわやかとか王子様とか良く言われていたけど、少し意地悪で優しい普通のお兄ちゃん。
あーけど、うちはお父さんが早めに死んじゃったので、お父さんの代わりでもあるかな。
冒険者になるって話した時は上京と配信環境を整えるのを手伝ってくれたし、配信者に強い税理士さんも紹介して貰ったし。……少し意地悪で優しくて何でも知っているお兄ちゃんだな。
それにしてもお兄ちゃんが急にどうしたんだろ……ってリンドヴルムさんの事だ。きっと今日の配信でお兄ちゃんの耳にも入ったんだろうな。
「もしかして、配信見た?」
「見た。ってか、普通見るだろ」
「だよね」
わかるけど家族から見たって直接聞くと恥ずかしい。誤魔化すように笑うとお兄ちゃんから「笑っている場合じゃないだろう」と言われてしまった。それくらいわかっているよ。
「家族が見てるって恥ずかしいじゃん」
「なんでお前はそんな暢気なんだ。恥ずかしいって話している場合じゃないだろう。大丈夫か? なんか、すげーやばそうな男だけど」
「意外と紳士的だよ。動画編集をしてくれるし、家事も協力してくれる」
カニバリズムや配偶者欄と所々不穏な事を言っているが、それ以外は至って普通。
これならお兄ちゃんも安心してくれるかな? そう思ったのに、お兄ちゃんは何も言わない。
ん? なんでだろう?
「どうしたの?」
「お前このままじゃ配偶者欄を取られるぞ」
「え? なんで」
「いや。なんでってこっちがなんでだよ。心配していた俺がバカらしいな。母さんには問題なかったって言っておくよ」
呆れられているみたいだった。何かあったらあったで問題なくせに。ただお母さんに配偶者の話とかされちゃうと困る。
「え? 変な事いわないでよ。お母さんには私から言う」
「そう? わかった。まっ。いいけど。ちなみに今実家に電話しても誰も出ないぞ」
「え?」
実家に誰もいない? お母さんがいるはずなんだけどな?
「母さん。東京に引っ越す事になったから、物件を見に俺んちにきている」
「お母さんが? え? 何かあったの?」
「特になんも。強いて言えば真白も変なのに取り憑かれたし、東京に来た方がなんかあった時に動きやすいって話になった」
それって私が原因じゃん。
「えっ。ごめん。私のせいじゃん。お母さんに引っ越しさせちゃって」
「気にするな。母さんが東京に来れば俺達も家に帰りやすくなるし、丁度良いきっかけだ」
「でも、あの家はお父さんとの思い出の家だよ」
私もお兄ちゃんも出ていってしまったが。あの家はお父さんが遺してくれた大切な家。
思い出もたくさんあるし、簡単に手放して良いのかな。
「出てったヤツが何言っているんだ。ならこれからは最低でも月一で家に顔出せ。母さんもそっちのが喜ぶ。リンドヴルムも連れてきて良いから」
「リンドヴルムさんも?」
「どうせ来るなって行っても来るんだろ」
「どうなんだろう。けど目を離すわけにはいかないし、魔衛庁に確認してみる」
魔衛庁に確認しないといけないな。すっかり忘れていたから、お兄ちゃんに感謝しないと。ってそんな事を言ったらまた呆れられるだろうな。言うの止めておこう。
「いや。あいつ留守番してろっていっても来るだろ。諦めて連れて来い。あっ、うちに来る時気をつけろよ。このままだと母さんに彼氏とか言われそうだからな」
「それは大丈夫。そんな事させない」
「ってこんな話をするつもりはなかったんだけどな。とりあえず真白が何もないなら良いや。何かあったら連絡してくれ」
「わかった」
「またな」
「うん。じゃあね」
通話が切れたのを確認して受話器を置く。
「どうしたんですか? 僕の名前が聞こえた気がしたので」
声の方向を見るとリンドヴルムさんが配信部屋の扉から覗いていた。僕の名前。リンドヴルムさんの名前が出てきたから気になったんだ。確かに私も突然自分の名前が聞こえたら気になるな。
「お母さんが東京に引っ越すことになったんです」
「お母さまが? 引っ越しの男手ですか?」
「いえ、お母さんが東京に来たらたまに家に顔を出すと言う話になりまして、リンドヴルムさんはどうしましょう」
「もちろんご一緒したいです。あっ。真白のご家族にお会いするのでしたら、スーツを買いに行きたいですね」
スーツを来て真白に世話になっているとか言ったら、本当にお母さんから恋人だと思われてしまう。それはまずい。
「そう言うのは良いですから。……あっ、だからと言って服を買わないって訳ではないですよ。必要な服があったら買いますので言ってくださいね」
無駄遣いはダメだけど、必要な物は買うつもりだ。今だってリンドヴルムさんはスーパーのとりあえずサイズが入った服を着ている。本人は良いって言っているけど、気にはなる。
「肌を隠せれば良いので、十分ですよ」
基準! そう言われると無理やり服を渡すのもおかしい。話題に出しても結局こんな感じにはぐらかされている気がするな。
「そうですか。……まぁお金がないわけではないので、遠慮はしないで下さいよ。服以外にも他に欲しいものがあったら言って下さい。買いますから。遠慮する必要はないですからね」
言ってくれる事を信じよう。魔物の考えは人と違うからわからないし。
「はい。ありがとうございます。ふふっ。お母様にお会いした時に真白に可愛がって貰っていますとちゃんと報告しますね」
「しないで下さいよ。恥ずかしい。あっ、お母さんに会う時はスーツ禁止です。スーツは買いませんからね」
「はい」
気をつけないと配偶者欄を取られる。先ほどのお兄ちゃんの言葉の通りにならないようにしないと。ふわりと笑う綺麗なリンドヴルムさんの顔を見ながら、私は心に誓った。
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