第12話 魔物と同居


「はい。何か足りないことがありましたか?」


 私が聞くのは可笑しいとは思う。だけど私はリンドヴルムさんと危害を加えない事と嘘をつかない事を約束した。

 これ以上はないはずなんだけどな。なんだろうとリンドヴルムさんを見ているとリンドヴルムさんは少し考えてから私の表情を窺うようにじっと見てゆっくりと口を開いた。


「僕の仕事についてですね」


 この家の事。あぁ家事の分担か。それだけだったら、もう疲れたし明日にまわしたい。夜ご飯はさっきスーパーでお弁当を買ってきたし、急いで決めなくていいでしょ。


「家事の分担でしたら、明日考えます」

「はい。そうでしたね」


 嬉しそうに微笑む。なんか変な言い方だな。


「ん? そうでした?」

「やっぱり真白は優しいですね」

「優しい?」

「都合の良いペットを手に入れたら、普通は命令するようですよ」


 命令。嫌な言い方だ。確かに私も命令をしているけど、それは自分の身を守るためだし、自分で出来る事まで命令はしたくない。


「自分で出来ますよ」

「そうですね。でも僕が家事をすれば楽ができますよ」

「こき使うのは嫌ですよ。ただ一緒に住むなら協力して下さいね」


 少しくらいはしてくれないとな。そう言うとリンドヴルムさんは嬉しそうに笑った。


「はい。なんでも」

「なんでもって、だから命令は嫌です。家事は意外と大変なんですよ。炊事洗濯掃除に簡単になんでもって言わないでください」

「ふふっ。真白の記憶を見ていますから知ってますよ。得意料理は卵焼きです」


 私の記憶を見たのかもしれないけど、なんか軽すぎない? 不安だな。火傷しちゃいそう。とりあえず料理はまだ早いな。


「あーもう。危ないので、料理は慣れるまでさせませんからね! 明日の朝は私が作ります」


 私の言葉にリンドヴルムさんがふわりと笑った。何だろう? 言葉を待つように見つめているとすぐに口を開く。


「もし僕が出来る事があったらなんでも言ってくださいね」

「だからそうなんでもと言うのは」

「良いんですよ。真白が僕を無下に扱わないのは知っていますから」


 記憶を見たからだと思うけど、そうさらっと知っていますと言うのがなんか少しむかつく。


「そんな事」

「あるから。僕はあなたに懐いているんですよ」


 私の言葉を遮って言った。ふわりと笑う姿にときめきそうになり、そっと視線をそらす。


「だからないです」

「ありますよ。ふふっ。でしたらそろそろ夜ご飯にしましょうか。電子レンジの使い方は知っていますので、今日の夜ご飯は僕が用意しますね」

「……お願いします」


 リンドヴルムさんから視線を外しながら返事をする。リンドヴルムさんは立ち上がり、台所の方へ向かう。台所に置いていたレジ袋からお弁当を出すと嬉しそうに電子レンジの操作を始めた。

 竜と言うよりも犬みたいだと思ったのはリンドヴルムさんに言わないでおこう。


 ***


 リンドヴルムさんは相変わらず人みたいだ。私の記憶を見ていたとは言え、箸使いは完璧だったし、夜ご飯を食べ終わった後もゴミの仕分けは完璧だ。


「真白。パソコンを使ってもいいですか?」


 片付けている様子を見ていると終わったのか、私に近づきながら言った。パソコン? 突然どうしたんだろう。


「構いませんが。何をするんですか?」

「今日の配信内容の確認をします。後は切り抜きと質問フォームを作りたいですね」


 内容の確認? 切り抜き? なんでだろ。さっきは今日の配信は人に見せてはいけないからと非公開にしていた。


「構いませんが、配信は非公開じゃないんですか?」

「もし配信していて途中で停止になったら手続きが大変ですし、魔衛庁から許可が取れた部分だけ公開します。魔衛庁に確認して貰う前に、僕の方でも映ってはいけないものがないかチェックします」


 それならリンドヴルムさんに見て貰った方が良いかな。私は魔衛庁が良いならそれで構わないって思っちゃうし。


「でしたらお願いします」

「はい。後は……そうだ。動画に関してお願いがあります」

「お願い? とりあえず言ってください」

「真白の配信を切り抜き禁止にしても構いませんか?」

「切り抜きを禁止ですか?」


 今は私の切り抜き動画はないが、これからはあるだろうな。

 特にリンドヴルムさんがスライムから人になった瞬間とか。動画を非公開にしているから、今の所上がってはいないみたいだが、きっと動画を公開したと途端に出てくるはずだ。

 普通ならそれで宣伝になるから良いことなんだけど、何か考えがあるのかな?


「僕を貶めたい輩も現れてきますよ。悪意のある部分だけ切り抜かれても困りものですからね」

「そう、ですね」


 そうだった。リンドヴルムさんはダンジョンから連れてきた魔物。もしそこでリンドヴルムさんをダンジョンに帰すよう言われたらきっと私もダンジョン行きになるな。


 ……色々と考えることが多い。ただ一緒に住むだけで終わるわけではないのか。難しいな。


「切り抜きは僕が作るので気にしないで下さい。作ったら確認をお願いしますね」

「私が? 魔衛庁に確認してもらうんじゃないんですか?」

「魔衛庁から非公開にするよう言われた所はちゃんとカットしますので。まずは僕の切り抜いた動画で真白が不快にならないか確認して下さい」


 私が不快にならないように紳士的だな。とりあえず一旦任せてみるか。


「はい。わかりました」

「ではパソコンを借りますね。もちろん勝手に物を買ったりしないので安心して下さいね」


 途中までいい人だったのにな。なんで最後にそう言うことを言っちゃうんだろう。


「そう言うから信頼出来なくなるんですよ」

「真白に安心して欲しいのですが、逆効果になるときもあるんですね。真白が困るような事はしませんので安心してください。それでは僕はこれから編集作業を始めますね」

「作業? もうそろそろ九時ですよ」

「竜なのでそこまで寝なくても問題ないですよ。それに魔衛庁は明日呼ばれるかもしれませんし、早いほうが良いですよ」

「そうですが。それでも無理するのは良くないです。眠くなったらちゃんと寝て下さいね。ベッドは……」


 って、ないじゃん。実家は遠いし、お兄ちゃんも独り暮らしだから布団なんて持っていないだろうし。どうしよう。


「でしたら居間のソファーを借りますね」

「すみません。布団はなるべく早く用意します」

「いえ、お気遣いなく。ソファーも心地良いですよ。土の上とは段違いです」


 基準が違う。とりあえずすぐに布団は調達出来ないし、今日は仕方ないか。


「なら良いですが、私はお風呂にはいって寝ますから。リンドヴルムさんもちゃんと寝て下さいね」

「はい」

「後、お風呂は覗かないで下さいね」

「ん? お風呂? はい。確認は明日で問題ないですよ」

「確認?」

「切り抜きが出来たからってお風呂で寛いでいる真白を呼び出しませんよ」


 あぁ、動画の確認か。そう言われてしまうとなんか自分が自惚れているみたいに思ってくる。


 全く意識されていなかった。私の様子を窺っているのかじっと見るリンドヴルムさんの様子になんかだんだんと恥ずかしくなってきた。


「それは助かります」


 そう言うと急いでお風呂に入った。

 リンドヴルムさんは覗かないとは言っていたけど、やっぱり気になって今日は簡単にシャワーだけにしたが、やっぱり気にしないで良かったようで、何もなかった。

 何事もなさ過ぎて脱衣所から出た時には明日からはゆっくり入ろうと思っていたほどだ。


 リンドヴルムさんは何をしているんだろう。少しだけムカついきて、寝室に向かう途中に扉が開いていた作業部屋をそっと覗く。

 そこには私の事なんか気にせず。真剣な表情で今日の動画を見つめるリンドヴルムさんの姿があった。


「真白? どうされましたか」


 すぐに私に気付いていたみたいで、椅子をまわし私の方を見た。先ほどまでとは違い柔らかい表情だった。

 なんでこっちが振り回されているんだ。リンドヴルムさんの手のひらの上で転がされているようだ。

 このままじゃ良くない。心を落ち着かせるように小さく息を吐き、リンドヴルムさんへ声をかける。


「お風呂を出たので。リンドヴルムさんもお風呂に入って下さいね」

「竜なので数日くらいお風呂に入らなくても」

「人の姿をするなら、毎日ちゃんと入ってください」

「はい」

「疲れたら寝なきゃダメですからね。私はもう寝ます。扉は」

「開けたままにして下さい。閉じ込められた気分になってしまって、落ち着かないみたいで」

「そうでしたか」


 私のベッドに入るなと続けようとしたが、途中で言葉に詰まる。

 なんか言いたくないな。自分が自意識過剰に思えてくるから。話は終わりだ。おやすみと言って寝室に行こうとしたら、その前にリンドヴルムさんの声が聞こえた。


「真白」

「はい」


 なんだろう? 視線をうつすと少し不安げな表情をしていた。


「おやすみなさい。また明日」

「はい。おやすみなさい」


 そのまま私が返すと満足したような表情をすると、再びパソコンへと向かい作業を再開した。なんだったんだろう。

 そのまま隣にある寝室に入る。今日の出来事が全て夢だったら良いのに。そう願いながら布団に入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る