第11話 魔物と恋
私に恋をした。
リンドヴルムさんのその言葉が信じられなかった。そもそも魔物は恋をするのだろうか? さっき魔物の感情は単純だと言っていた。
それに言葉を伝える方法を知らなかったはずなのに、恋と断言している。うさんくさいな。
「恋、ですか?」
「はい。僕のこの気持ちを人は恋と呼んでいるようです」
私の記憶から当てはめたとしてもおかしい。私はリンドヴルムさんが恋と断言出来る程、恋をしたことがない。テレビを見てこの人は格好良いなとかそれくらいだし、キリヤさんは……憧れだ。
「私はそんなに恋をした事は」
「真白の読んだ恋愛漫画にドラマ、映画も参考にしてます」
くすくすと笑いながら話した。私の記憶。思っている以上に細かい部分まで、見られているようだ。
ここまで完璧に好みを創りあげているし記憶を見ているのは本当だと思う。けど恋はおかしい。
「そう言われても、恋をしたとは思えないです」
「確かに魔物が恋なんて、おかしいですからね」
「そこだけじゃ……って自分で恋を否定するんですか?」
「ええ、魔物の繁殖は戦力目当てですよ。顔も性格も関係ない。近くにいる同種族なら良い。単純です。それに僕のように変異種は子を為すことは出来ませんし、恋なんてする意味がないんですよ」
どこか他人事だな。ただ間違いなく言えるのは恋をしたと言う魔物の言葉ではない。更にリンドヴルムさんの恋をしたんですと言う言葉が軽くなったのは確かだった。
「私に何か隠していませんか?」
絶対何か裏がある。もし私の眷属ならば答えてくれるはずだ。
「いいえ。隠していませんよ。僕は真白に恋をしました。これが全てです」
なんで言い切れるんだろう。本当なのかな? けどやっぱりうさんくさいし、やっぱり紋が偽物とか? リンドヴルムさんの右手の紋にさりげなく手を近づける。私の手に呼応すうるようにほのかに光った。
「嘘ではないですよ。どうやら。僕と真白の恋心には差があるみたいですね」
リンドヴルムさんの声が聞こえたので、急いでリンドヴルムさんの方を見る。私と目が合うとふわりと優しく笑い、そのまま続けた。
「真白とずっと一緒にいたい。それが僕の恋です。それ以上の事を望みませんので、もし真白と一緒にいることが出来るのでしたら、誠心誠意尽くします。都合の良い竜だとでも思って下さい。そもそもこれがある以上は真白の命令通りにしか動けませんね」
リンドヴルムさんが右手の甲を見せる。命令通り。そう言われてもな。ここまでリンドヴルムさんの計画通りに進んでいそうだし、やっぱ信用ならない。
「本当に命令通りに動くんですか?」
「この紋を解除されるかもしれないのに、手を差し出したお利口なペットですよ。そこは信じてください」
そう言えばあの時あっさり私に手を出していた。この言い方だと何か理由があったのかな? 右手を見つめながら考えているとリンドヴルムさんが言葉を続ける。
「真白の眷属を解除されたくなかった。だけどご主人様の命令には逆らえませんでしたので、諦めて手を差し出したんです」
「そう、でしたか。あなたが私の眷属なのは本当なんですね」
「本当ですよ。そうじゃなければ、魔衛庁が簡単に許可を出しませんよ」
人の姿になってから私の命令通りに動いている。ガードマンさんの言葉が頭に浮かんだ。やっぱり眷属なのかな?
「もし眷属でしたら、紋を解除出来るはずなんですけどね」
一番気になっているのがそこだ。そもそも心を通わせた実感もない。この魔物も何考えているかわからないから信用しがたい。
「そこはわかりませんよ。ただ僕との眷属はそう簡単に解かない方が良いですよ」
「ん? 何かあるんですか?」
「もし紋が消えたら、僕はそのまま真白をダンジョンに連れ去る予定です」
とても良い笑顔だった。
ってダンジョンに? 連れ去る? リンドヴルムさんは変わらずに微笑んでるし、聞き間違いかもしれない。
「今私をダンジョンに連れ去ると聞こえたのですが」
「はい。僕は真白と一緒にいれれば、住む場所に拘りませんので」
変わらない笑顔で飄々と言う。その言葉に急に背筋ひんやりした。紋が解けなかったのが最善とは思わなかった。
「ダ、ダンジョンは嫌です!」
「知ってます。だから、極力ここに住めるように努力しているんですよ。真白には出来る限りいつも通り過ごして欲しいですからね」
余裕の表情だった。その笑顔でリンドヴルムさんから逃げ切るのは無理なくらい察する。キングゴブリンを瞬殺した竜王。私なんかが敵うわけがない。
リンドヴルムさんとの同居を妥協すればこの家で過ごせる。なら諦めた方が良いのかもしれない。
偽物か本物かはまだわからないが、この紋が付いている限りはリンドヴルムさんは私に危害を加えない。それだけは確かだ。
「わかりました。あなたの話を信じます」
諦めるようにリンドヴルムさんへ伝えると、私とは正反対にリンドヴルムさんの表情が一気に明るくなった。
私はめちゃくちゃ気が重いけどな。ダンジョン暮らしよりはマシと思うしかない。それでもリンドヴルムさんがうさんくさすぎて、不安要素がある。
「リンドヴルムさん。何か企んでいる事はありますか?」
話せるだけ話そう。気休め程度にはなる……かもしれない。
「企んでいることですか?」
「はい。私と一緒にいたいと言っていましたが、私を利用して何かしようとしていたりとか」
「ないですよ」
はっきりと言い切った。私と一緒にいたいだけ。未だにその言葉の意味がわからないが、それは少しずつ確認していくか。後はどこまで話を聞いてくれるかだ。
「でしたらここに住んでも構いませんが、その前にお願いしたい事があります」
「はい。なんでも言ってくださいね」
なんでも。と言っても都合の悪いことははぐらかされるんだろうな。ため息を小さくついてから話した。
「私に危害を加えないで下さい」
「はい」
「私に嘘をついたり誤魔化したりするのもだめですからね」
「真白に誠実でいます。真白とこの紋に誓います」
そう言いながらリンドヴルムさんは自分の手に刻まれた紋を私に見せて微笑む。まるで騎士のようで、すぐに私の心臓をつかんでこようとする。
「わかりました。絶対に守って下さい」
なるべくリンドヴルムさんの事を気にしないように答える。紋に誓っていうのならきっと安心だろう。確認したいことは全て確認出来たからか少し緊張が解けた。だからか自然とため息が出た。
それからリンドヴルムさんの方向を見ると怪訝な表情をしていた。
ん? なんだろう?
「真白。確認ですが、これで終わりですよね」
え? なんだ。他にないでしょ。
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